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放課後、練習が終わってから駅前の本屋に寄る事にした。

白石さんの最寄駅にも大きな本屋があるけれど、いったん俺が電車を降りなければならないという事で彼女に却下された。

俺はすでに白石さんの少し頑固なところに気付きつつあり、そこもまた魅力だなあと感じている。

きっとバレー部の誰も、こんなに白石さんが頑固で喧嘩の時には意地っ張りだなんて知らないんだろうなと考えるだけで優越感に浸れた。


「どれが分かりやすそう?」


白石さんが数冊手に取りながら言った。
俺はこういう本を使わずに、練習しながら覚えていったのであまり良いアドバイスが出来そうにない。


「…絵が沢山載ってるほうが良いような気がする」
「確かに!じゃあこっちかな」


ちょっとだけ適当なアドバイスをしてしまったが、白石さんは右手に持った方を購入する事に決めたようだ。


「それは戻す?」


左手の二冊は元あった場所へ戻さなければならない。
白石さんからは少し高い位置にあったので、二冊とも受け取り代わりに棚へと戻してあげた。


「じゃあ行こうか」
「……あ、う、うん」
「何?」


少しだけ意識が飛んでいたような様子だったので聞いてみると、白石さんは小刻みに首を振る。なんだなんだ。


「背高いなあって思って…」
「……?ああ、身長?」
「うん」


俺は一般的には高いほう。バレーボールの選手としては決して恵まれてはいない。
しかし白石さんは高く見積もって160センチほど。確かに20センチも違えばそう感じるのも無理はないか。

俺はただそんなことを考えているだけだったが、白石さんがなかなかスポーツのコーナーから離れない。
まだ迷っているのかと思い「どうしたの?」と声をかけてみた。


「わっ…いま顔見ないで」
「え」
「赤葦くんがかっこいいから…もう…ニヤけるの我慢できない」


バレーボールの本で顔を隠しながら言うので表情は見えなかった。

しかし、赤くなった小さい耳が本の横から覗いてる。…この本、邪魔だ。取り払いたい。


「ね、本どけて」
「無理っ!ちょっとレジ行ってくる、」
「駄目」


顔の前で本を持っているその腕を掴む。…二の腕、めちゃくちゃ柔らかい。


「赤葦く、ちょっ…駄目だって」
「何が?見せてくれるまで通さないから」


そのスポーツ本コーナーはちょうど角になっていて、俺は白石さんの真ん前に立ちはだかり通り道をふさいだ。

絶対にその可愛い顔を見てやりたいし、他の誰かに見せたくない。レジになんか行かせない。俺がその顔を見る前に、他の男に見せるもんか。


「…意地悪だ」
「俺は意地悪だよ。知らなかったの?」
「知らなかった…」
「嫌いになる?」


やばいなあ苛めたくなってしまう、しかし止まらない。

追い詰めるように少しだけ近づいていくと、彼女はおずおずと本を下に降ろした。

ハの字に下がった眉、長いまつげ、黒い瞳が現れて、真っ赤なちいさい鼻まで露わになる。そして、口だけ隠した状態で言った。


「………ならない…すき」


意地悪するつもりだったのに、俺のほうが頭がくらくらしてしまうとは。





「赤葦くんはセッターだよね」
「うん。知ってる?セッター」


買ったばかりの本を開くため適当にお店に入り、座ることにした。
俺自身バレーボールについての本がどのように書かれているのか興味があったし、まあしかし8割がた「もう少し一緒にいたい」というのが本音だ。


「ワールドカップとかテレビで観てたから、なんとなく知ってる。リベロとか」
「そうそう」
「全員がアタックするわけじゃ無いんだねー」
「だね」
「赤葦くんもする?これ」


これ、と言いながら白石さんは恐らくスパイクのフォームをしてみせた。
そんな柔らかい腕で放たれるスパイクなんか絶対に相手コートには落ちないだろうなと苦笑するのを堪えつつ、「たまにね」と答える。


「赤葦くん何でも出来るの!?サーブもアタックもセッターも?」
「何でもってわけでは……」


あまり俺のことを買い被らないでもらいたいのだが。実際俺はそこまで凄くない。その事実を白石さんに知られて幻滅されるのがただただ怖い。


「赤葦くん、変なこと聞いていい?」
「? うん」
「私のこと、夏休みから好きだったってホント…?」


しかし、付き合いたてのこんな浮かれた状態で「幻滅されたらどうしよう」と心配するのはまだ早いようだった。

白石さんは去年の夏休みに俺の心を鷲掴みにし、そのまま今に至っている。本当だよと答えると、嬉しそうに頬を染めた。


「もっと早く言えば良かった」
「うん…でも俺は今で良かったかも」
「え…どうして?」


だって去年の俺は白石さんへの気持ちを抱えると同時に、バレー部スタメンの座をかけてひたすらに練習していたから。告白するなら胸を張れるようになってからと決めていた。

結局スタメンになれてから、チャンスは何度かあったけれど度胸がなくて言えなかったのだが。


「赤葦くんて完璧主義?」
「…もしかしたらそうかも知れない」
「どうしよう」
「何が?」
「私、全然完璧じゃないや」


そう言いながら頬をかく姿はすでに、俺から見れば完璧であった。

さらさらのストレートというわけでは無いが柔らかそうな髪、長いまつ毛、あまり高いとはいえない鼻も薄い唇も「完璧」以外のどんな言葉で説明できるのか浮かばない。


「心配しなくていいと思うよ」
「え?」
「白石さんは完璧だから」
「え!!」
「少なくとも俺から見れば、だけど」


いやきっとほかの人から見ても魅力的なんだろう。
だからこの子の意識が俺から離れてしまわないように、頑張らなければならないのは俺のほう。


「…私、完璧じゃないよ?運動ヘタだし」
「そこを好きになったんだけどね」
「頑固だし…」
「知ってる」
「怒ったら、口悪くなるよ…」
「ふっ、それも知ってる」


喧嘩をした時のことを思い出して、思わず笑ってしまった。
それについて彼女はむむむと眉をひそめて、「忘れてよ」と懇願した。そんなの無理だ。こうして話題に出る度に、そんな可愛い顔を見ることが出来るのに。


「それもぜんぶ完璧だよ」


その中でも一番完璧なものは、照れくさくて口が裂けても言えないが。これから先の一生、伝えることは無いのかもしれない。

どんな時にも真っ直ぐで、なにかに躓きそうになった時にも負けないで、隣の席の俺を「少しでも長く教室にいたい」と思わせることの出来るまぶしい笑顔が一番好き。


いつだったか俺のミッションは、落ち込んだ彼女の笑顔を取り戻すことだったけれど。これからの俺のミッションは、その笑顔が二度とくもらないようにする事なのだ。
席が離れてもクラスが離れても、たとえ大学が別になっても、となりで一生太陽みたいな笑顔と過ごすために。

25.Thanks all ,
the mission complete!!