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「そういう事ネ」


木葉さんは体育館に入るや否や、3年生の女性二人からマネージャーの仕事をレクチャーされる白石さんを見て言った。

あくまで独り言として放ったようだが意識は確実に俺に向けられていて、その証拠に木葉さんのほうを振り返るとしっかり目が合った。


「な?顧問のところ行ってるの見たって言ったろ」
「べつに疑ってないですよ…」
「実にイイね、マネちゃんが増えるのは実に素晴らしい事だ。音駒連中の顔が見てみたい」


木葉さんはご機嫌の様子で、「今朝寝違えたわー」と言い首のストレッチから始めた。

もっと絡まれるかと思ったが、そう言えばマネージャーが増えるというのは純粋にメリットでしかないのだ。
もし白石さんが入らなかった場合、3年生が引退するとマネージャーが居なくなってしまうのだから。


「あかーしあかーし」
「はい」
「あの子なんか元気になってねえ?」


白石さんのほうをちらちらと見ながら木兎さんが囁いた。


「そう見えますか?」


口元が緩むのを必死に我慢して答えると、木兎さんはそんな俺には気付かずに大きく頷く。


「見える見える。何かこう…何ていうの?きらきらしてんの」
「同感ですね」
「おお!お前が俺に同調するなんて珍しい」
「でも本当の事ですから」


彼女がどうしてきらきらしているのか、その原因はきっと俺。いくら自意識過剰だと思われようとも今日だけはきっと俺が原因だ。

白石さんは白福さんとも雀田さんとも会うのが初めてでは無いので既に打ち解けており、楽しそうにしていた。





「マネージャーできそう?」


教室に移動しながら聞いてみると、白石さんは頷いた。


「うん。でもルール勉強しなきゃ」
「そうだね…まあ、それは後々でもいいんじゃない」
「や!覚える」


白石さんはバレーボールのルールを知らない。さすがに「コートの中にボールが落ちると失点」という事くらいは知っていたが、知らない事のほうが多いからと勉強する気のようだった。

俺としては同じ部活のマネージャーになってくれるだけで万々歳だったのに、これはさらに嬉しくてありがたい事だ。


「今日の放課後の部活終わったら、本屋さん寄ろうかな」
「ルールブックでも買うの?」
「うん」
「一緒に行く」
「うん!嫌でも連れてくつもりだった」


白石さんは今日も罪を重ねる一方で、その発言のひとつひとつが俺の心臓を大きく揺らす。

だから今朝は仕返ししてやろうと思い、こちらからも強気で返した。


「嫌でもついて行くつもりだったよ」


今の俺にできる精一杯の仕返しだったがそれは成功したらしい。白石さんが顔を赤く染めて反対方向つまり窓の外を向いた。

俺から顔が見えないように逃げているのかと思ったが、窓には白石さんが唇をかんでにやけるのを我慢している、可愛い表情が写っていた。


「おはよー!お?」


二人一緒に教室に入ってきたのを見て、青山さんは目を丸くした。あれ、まだ伝えていないのだろうか。


「あ、そういえばマネージャーやるって決めたんだよね!赤葦、どうよすみれの働きぶりは」
「上々だよ」
「エラッソーに!」
「冗談。まだ1日目だから」


俺がそう言うと、納得したように青山さんが「ああ」と言った。

そのまま白石さんの前の席を陣取って、朝のホームルーム開始まで白石さんとあれこれ話している。たいてい宿題の話とか青山さんの彼氏の話とか、テレビの話とか。

今日はその中でもバスケ部主将である彼氏の話がメインのようだ。


「聞いてくれるー?昨日タケルにさあ!」
「また太ったって言われたの?」
「そう!」
「さやは細いほうなのに」


どうやら彼氏に体型を指摘されたらしいが青山さんは決して太っていない、モデルのような身体つきだ。
心の中で彼氏の「タケルさん」へ反論してあげながら隣の会話を聞いていく。


「タケルは細いのが好きなんだよ。まあ例え私が10キロ増えたとしても逃がさん!」
「大好きじゃん」
「はあ…結局惚れたもん負けだよね」


そこは大いに同意できてしまい、俺は無意識のうちにうんと相づちを打っていた。


「なに赤葦、心当たりのありそうな顔して」
「んん…まあ」
「赤葦もさ、彼女が太ったり痩せたりするの敏感そうだよね。やっぱり太いの嫌?」


この人は俺が白石さんの事を気に入っているのを勘付いているくせにこんな事を聞く。いや、勘付いているからこそか。
でも俺たちはすでに昨日心が通じ合った仲だというのを、君はまだ聞いていないみたいだ。


「俺は好きな子が5キロ10キロ増えたところで気にしないよ」
「紳士か。」
「20キロ増えたらさすがに気にするかな」


と、青山さんに気付かれないように白石さんの様子を伺ってみる。
すると明らかに冷や汗をかき、白石さんが苦笑いしながら言った。


「…気を付けるね」
「え?」


青山さんがすごい勢いで白石さんと俺を交互に見た。ポニーテールが左右に揺れまくる。


「ちょ?え?赤葦、と、すみれ」


そこで、きんこんかんこーんとチャイムが鳴った。

青山さんはまだ頭を揺らせながら思考を整理しようとしていたが、やっと理解したようで何かを言おうとした時に本来その席に座るべきクラスメートが戻ってきた。


「…あんたら…?」


いまだ驚きを隠せない青山さんに「声に出さないで」という意味を込めて首を振ってみせると、物分りのいい彼女は口を押さえながら親指を立てて去っていった。





そして昼休み。
きっとこの時間になれば二人揃って青山さんからの呼び出しを食らうのだろうと思って心の準備をしていたが、先に別の人物から呼び出しがあった。


「赤葦、たーべよ」


サッカー部の岡崎亮が声をかけてきたのだ。

隣で白石さんが強張るのを感じた。
俺の中では彼は害のない人間だと思っているが、つい先週岡崎を振った白石さんからすると気まずいのだろう。

青山さんも白石さんの席に来たので、俺は誘いを受けて彼と一緒に屋上へ行く事とした。


「はあー…白石…可愛くなってるじゃん」


屋上までの道のりを歩きながら岡崎が言った。何だこいつまだ白石さんに気があったのか?


「赤葦コワイ。大丈夫だってば」
「…あ、そう」
「俺の事は気にしないでいいから。ってのを言おうと思って」
「……そう。」
「反応うすくね?」
「いや正直ビビってるよ。岡崎がかっこよすぎてビビってる」
「だろ?付き合う?」
「いいね」


そんな冗談を言いながら屋上へ到着し、なんとなく俺たちが付き合い始めたのだなと気付いた事を告げられた。

そして俺が白石さんの事を前から好きでいた事も、何故だか彼は知っていた。


「…こわっ。何で分かったの」
「白石のほう見てたら赤葦が嫌でも目に入んの。お前ら隣の席だから」
「悪かったね」
「それな〜」


そのまま昼ごはんを食べながら話を聞いていくと、白石さんの事をかわいいなと思いながら見ていたところ隣の席にいる俺も彼女を見ていることに気付いたとの事。

そして、白石さんも俺のほうを見る回数が多い事に気付いた時にはすでに岡崎は白石さんに心奪われていた。


「…どう?俺の赤裸々な恋バナ」
「なかなか感動した」
「言ったな?小説になったら買えよ?」
「小説家になんの?」
「まっさっか。夢はでっかくセリエA!」


岡崎はサッカー部の中でも体格が良くスピードもあり、ドリブルが上手い。体育で自分が吹っ飛ばされたのを思い出したら笑えてきた。


「あのタックルがあれば大丈夫だよ」
「言うねー!けどあれペナルティエリアだったからな。公式戦だったら大ブーイングだわ」


でもそこでペナルティキックを止めることができたゴールキーパーはたちまちヒーロー。

白石さんについての話が終わった後は、岡崎のサッカー論を聞く時間となり昼休みが終わった。
24.惚れたほうの負け