with Akaashiクリスマスとは恋人と一緒に過ごすのか、それとも家族とともに過ごすのか正解は人それぞれだと思う。
でも恋人でも家族でもなく部活の先輩とクリスマスパーティーを開催するってどういう事だ。
12月25日、深夜0時過ぎ。
今ごろサンタクロースは各国の子供たちの家を回り枕元にプレゼントを配っているころ。
電気を消した暗い部屋のベッドの中でスマホを握りしめ、なかなか眠らない私のような16歳にはサンタさんなどやって来ない。
…サンタさんは来ないが、電話が来た。
スマホがぱっと明るく光り、画面には恋人の名前。さきほどまで木兎さんの家でクリスマスパーティーをしていた男の名前。
「……はい。」
『怒ってる?』
「はい。」
『ごめん。でも部活の集まりは断れないから』
部活って。
木兎さんの家で部活をしてたんなら何も言わないけど、開催されたのはバレーの練習ではなくパーティーだ。
…先輩の誘いを無下に断れないのはよく分かる。私だってこんな可愛くないこと言いたくない。
でもクリスマスって、プレゼントとかは無くても一緒にケーキぐらい食べられると思ってたのに。
『すみれ、寝た?』
私が喋らないので寝たのかと判断したらしい。寝るわけないじゃんか。
「起きてる」
『よかった。いま家ついた』
「……そう、おやすみ」
『え、寝るの?』
「家ついたんでしょ?寝れば。寝るから」
『すみれの家だよ』
私はコンマ数秒固まり、がばっと飛び起きた。
こんな寒空の下私の家までやって来た?自転車で移動できる距離とはいえ少し遠い。
期待と不信感を胸に、カーテンの隙間からそろそろと顔を出すと。
『降りてきて』
家の前には確かに恋人の姿があり、私に向かって手を振っていた。
◇
「…さむ」
こんな夜中に外を出歩くなんて、初詣の時くらいしか無い。そっと玄関を閉めて、手袋をはめて京治くんの待つ路上へ歩いた。
「メリークリスマス」
彼はいつも通りの、満面の笑みとは言いがたい笑顔で言った。つまり、いつも通りの顔でなんの悪びれた感じも無く。
少々いらっとした私も同じように言った。
「メリークリスマス。」
「…全然楽しそうじゃないね」
「そりゃあ私だって楽しいと思ってたよ。クリスマスって楽しいもんだと思ってたよ」
「怒んないで、ほら」
京治くんが手を差し出してきた。
もちろんやすやすとそれに応じる気は出てこなくて棒立ちになっていると、彼の方から一歩前へ歩み寄る。
それに対し、私は一歩後退する。
その追いかけっこが数歩続き、家の前にある花壇につまづいたところでそれは終わった。
「あぶなっ」
京治くんがよろけた私の腕を掴んで、かろうじて体勢を立て直す。
…けれどその手は離れなくて、離れるどころかどんどん京治くんの胸の中へと引っ張られていくではないか。私は足を踏ん張った。
「………」
「なんで拒否してんの」
「…いや、なんか、いまハグされたら丸め込まれそうで」
「バレてたか。でももう遅い」
当然ながら京治くんの力には敵わず、ぐっと引っ張られると大きな胸の中に私の体がおさまった。
今夜は寒いから彼はやわらかいダウンを着ていて、その触り心地がまた気持ちいい。
「………ずるいよもう」
「ずるい?」
「ギュッてしたら私の機嫌が直るって思ってるでしょ」
「思ってるよ。直らない?」
「…今日はそんな簡単にはいかない」
私がむすっとして言ったのが分かったらしく、京治くんがくすりと笑うのが聞こえた。
何でこうも彼は、何もかも彼自身の思い通りにしてしまうんだ。
最早このやわらかいダウンの感触や、ダウンを通して京治くんの温度を感じている事で、私の怒りは冷めつつある。
「…謝って」
でも簡単に許すのも悔しくて、謝罪の言葉を求めるとまた京治くんの笑う声が聞こえた。
「ごめん」
「足りない」
「ごめんね」
「まだ!」
「悪かったよ」
「もっと」
「好きだよ」
「………」
これが赤葦京治という男の手口なのに、同じ手に何度もはまってしまいそうになる私。
「………許…ッさない!まだ」
「ちぇ」
「今日はトクベツだったんだからね…」
「トクベツだよ。だから来たんじゃん」
「…パーティーの後回しだけど」
「いや断れないよ実際。…でも悪かったとは思ってる。ごめんね」
優しい声で、耳もとでごめんねって言われたらもうこれ以上何も言えない。
それを分かっていてこの男は、私の機嫌がななめの時には優しく抱きしめてこんな風に謝ってくる。これで全てが丸くおさまると思っている。そして、おさまってしまうのだ。
「…許すけどぉぉ」
「さすが心が広くて助かるよ。そんなすみれにはプレゼントあげる」
すると私を抱いたままごそごそとポケットを漁り始めた。
プレゼントって、プレゼント?つまり贈り物という意味のプレゼント?私に。
「じゃん。」
頬にぺちっと当てられたそれは、何やら紙だった。ただのぺらぺらの紙、ではなくて少しだけ堅いような。
それをよくよく見てみると、どうやら以前私がぽろりと口にしたもの。
「………でぃ!ず!にー!?」
「しー、静かに」
行きたいなあと言っていたテーマパークのチケットがそこには2枚用意されていた。
思わず大きな声が出てしまった私の口を手で覆い、京治くんが人差し指を彼自身の口元へ当てる。
「ど、ど、どうして」
「行きたいって言ってたじゃん」
「でも…でも…どんな悪事働いてこんないいもの手に入れたの」
「どういう意味それ」
くくっと笑いながら京治くんがチケットを2枚とも私の手から抜き取ると、もう一度自分の財布へと仕舞った(たぶん、そのまま私に渡しておくと紛失の恐れがあると思われている)
続いて携帯電話を取り出してカレンダーを開く。
「いつ行く?」
「え、あー…え?ホントに行くの?」
「行かないの?」
行かないの?って真顔で聞かれても。
これまで私は何度か京治くんに行きたいと伝えていたけれど、そもそもバレーの練習が忙しいのと、「人が多い、行っても何も乗れなさそう」などと言って全く行きたい素振りを見せなかった。
その都度私が「京治くんと行く事に意味があるの!」と説得しても駄目だったのだ。
「行くなら31日かな」
大晦日の午後と元旦。そこだけは練習が無いということは前から知っていた。
しかし練習が無いからといって全くボールに触らないとは思えないので、ロードワークや筋トレやイメトレなんかに精を出すものだと思っていた。
「でも大会前だよ、それに大晦日って絶対人多いよ…行ってもパレードとか見れないかも…」
カウントダウンが行われるような大規模テーマパークに大晦日に行くなんて、どれだけの人が居るのだろう?
これまで何度もその理由で断られてきたのに、と不思議に思っていると京治くんがしれっと言った。
「すみれと行く事に意味があるんじゃん」
…その台詞、私がこれまで何度も訴えてきた事なんだけど。
「それ私がいつも言ってた事じゃん…」
「うん。言われすぎて洗脳されたかも」
「洗脳って何。嫌々なら行かなくていいもん」
ちょっとムカついて京治くんから離れようとすると、堪えきれなかった様子でぷっと吹き出された。
なに笑ってんだ!
私の顔がぴくりと動いたことに気づくと、京治くんは私を逃すまいと一層の力を込めて抱きしめた。…こうされたら私の怒りがおさまる事を知られてるから。
「もう、すぐ怒る」
「…怒らしてんのは京治くんだし」
「ゴメン。怒った顔好きなんだよ俺」
「何それおかしい」
「おかしくないと思うけど。すみれの怒った顔が可愛いんだから仕方ない」
「………」
「はい仲直り」
く…く…くやしい。けど嬉しい。
大きな手でわしゃわしゃ頭を撫でられて髪がぼさぼさになったままの私の顔をじっと見て、「うん やっぱり可愛い」と呟く。
それに私が赤面した隙を狙って素早くキスしてくる。寒いのに、唇あったかいな。
「…こんな頭ぼさぼさなのにカワイイの私」
「可愛いよ。3割増しで。」
「…………」
「はいはい怒らない」
と、言いながら怒った顔が好きな彼は嬉しそうに笑って、また頭をぐしゃぐしゃにされてもう一度キスした。
すっぴんで、お風呂上がりで、頭はぐっちゃぐちゃで、部屋着姿の私でも可愛いと言ってくれる人なんかもう居ない気がする。
自転車に乗り家路につく彼を見送りながら、大晦日のデートは髪の毛をぼさぼさにして行くかどうか頭を悩ませたのだった。
赤葦京治に、手のひらで転がされるクリスマス
木兎バージョンと繋がってます。