02


次の日、彼女は学校に来なかった。

怪我がよほど酷かったのだろうか。朝のホームルームで担任は白石さんを「体調不良で欠席」と言っていた。
気になるけれど、どうせ席は隣で話す機会はいくらでもある。毎日あれだけ身体を動かしていればバテる日もあるだろう。呑気に考えながら、授業を受けた。





そして昼休み、1学期の保健委員である俺は月に一度の委員会に出席した。
面倒くさいけど、学級委員をやらされるよりはマシだ。だから委員を決める時にあえて保健委員に立候補した。しかも1学期に委員を務めておけば、2学期と3学期は免れる可能性が高い。

委員会では委員長が、暑くなるにつれて教室の換気が〜、空調を〜、設定温度は〜、といった内容を話すのをぼんやり聞いていた(だって、同じことが書かれているプリントを既に配られているから)
そして最後に委員長は一言。


「欠席したクラスメートのサポートをしてあげましょう」


なんとなく立候補した委員会だけど、保健委員の仕事、真面目に取り組んでみようか。なんて柄にもなく軽いノリが頭をよぎる。
しかしどうやって欠席している白石さんのサポートをしろというのか、登校してきたら体調を気にしてあげれば良いのか。

そんな事を考えながら食堂の自販機へ歩いていると、食堂横の広いスペースを使ってチアリーディング部がミーティングをしていた。
白石さんは休んでいるのが分かってはいても、その中に彼女の姿が無いかどうかを少し探してみる。

しかしすぐに居ない事に気付いた。ここに集まっているのは「選抜されたメンバー」だったのだ。


「1年生、誰かバトン経験ある人?」
「やってました」
「一応ちょっとだけ…」


バトントワリングなんて白石さんが出来るはずは無い。
これは馬鹿にしているのではなく、やはりバトンの練習をする白石さんの姿を過去に見たことがあるからだ。それはそれは下手くそだった。

入ったばかりの1年生がメンバーに選ばれ、彼女は選ばれなかった。これはバレー部にだって言える事。3年の先輩を差し置いて俺は副主将で、正セッターなのだから。

でもなんだか、いつもあそこで練習していた白石さんの気持ちを考えると胸がちくりと痛くなった。
もしかして、これが原因で昨日、元気が無かったのか。これが原因で、今日休んでいるのか。
どうにかして話したいが連絡先なんて知らないし、どうすれば良いのやら。





「赤葦、ちょいちょい」
「はい」


放課後、木兎さんに呼ばれてついて行くと、そこは体育館の外。
今日は誰もいないこの場所で木兎さんは更に先へ進み、俺も続いて歩く。どこに連れて行く気だ。


「なんですか」
「これなーんだっ?」


毎度ながら俺とは正反対のテンションで地面を指差した。
また何か珍しい形の石があるだの何だの言い出すのかと思い見下ろすと、そこにはスマホが一台落ちていた。いや、「置き去りになっていた」が正しいか。


「…誰かのスマホですね。」
「それぐらい俺でも分かります!」
「はあ」
「これあの子のだよ、ほら昨日のヘタッピの」


白石さんのスマホという事か?いくら何でもこんなところにスマホを忘れて行くほど間抜けだとは思えないが、念のため手に取ってみる。
すると見覚えのあるスヌーピーのカバーがついていた。いつも隣の席でこれを触っている子がいる。


「…白石さんのスマホカバーですね」
「なっ」
「どうして木兎さん、これが彼女のだって分かったんです?」
「昨日ここを通ったら、これ触ってた」


目ざとい人だ。
しかし、これを手に入れたからといって白石さんの家を知らないし届けようが無い。次に登校してきたときに渡すか、それとも…と、突然そのスマホに着信がきた。
画面には「おかあさん」と出ている。


「出てみたら?拾い主を探してるのかも」
「……」


木兎さんにしてはまともな言い分だったので、俺は指をスライドさせてその電話に出た。


「はい」
『!?あっ あれ 出た もしもし、すみません』
「はい」
『あの、…拾ってくださった方でしょうか』
「白石さん?」
『!!?』


つー、つー。
切れた。


「切れました」
「切られてやんの!」
「そりゃあ驚くでしょう、相手は声の主が俺だなんて分からないんですよ」
「じゃあ名乗ろうぜ」


なぜ、拾い主が自分の名前を知っているのかと焦ったようだ。
切られてしまってので、こちらからかけ直す事にした。(不用心な事にロックがかかっておらず、誰でも操作可能になっている)


『…はい?』
「ごめん。赤葦だけど」
『あかっ…!?』


つー、つー。
切れた。


「切れました」
「赤葦!おまえ嫌われてんじゃねーの!」
「好かれてるかは分かりませんけど嫌われてるとは思いません」
「あ、かかってきた!取れ取れ赤葦」


この人の近くで会話したくないなあと思いながら、気付かれないようにため息をついて再び指をスライド。


「赤葦です」
『赤葦くん?ゴメン、白石です』
「体育館の傍に落ちてたよ、これ。今見つけた」
『ああぁ…そこだったのか…』


白石さんは安堵の息を漏らした。
こんなロックのかかってない個人情報丸出しのスマホ、誰かに拾われたら最悪だろう。


「届けようか?」
『……え』


半分は、純粋に良心から。
もう半分は下心。
すると木兎さんが明らかに不満そうな声でぶつぶつ言った。


「赤葦スパイク練は」
「ちょっと静かにしてください」
「あかーーし!」
『けど悪いし…今度で…あ、でも中は見ないで、』
「見てほしくないなら、早く手元に欲しいんじゃないの」
『………』
「最寄り駅どこ?」
「あかーーしクーン」
「すみませんけど俺、保健委員なんで」


初めて保健委員である事に感謝をした。
欠席したクラスメートのフォロー、そして落し物を届けに行くのは決して悪い事ではない。模範的生徒だ。

木兎さんには無理やり今日だけ帰らせてもらう事を許してもらい、白石さんの住む町の駅へと電車に揺られた。





そこは俺の住むところから二駅ほどしか離れておらず、俺自身もたまに降りては利用するショッピングセンターとか大きな本屋があるところだった。

家まで行こうかと言ったのだが、それは悪いからと駅まで出てきてくれるらしい。
目印として、その本屋の前に立っていると白石さんがやってきた。


「…こんにちは」
「こんにちは。はい」


早速忘れ物を差し出すと、白石さんは遠慮がちに手を出してそれを受け取った。


「わざわざごめん」
「いいよ」
「練習中だったよね…」
「まあね」
「今度で良かったのに。大事な練習でしょ」
「…まあ、ね」
「副主将だもんね」


白石さんは俺の事を褒めているようで、そうでは無かった。
これは自虐だ。笑っているのにいつものきらきらした笑顔ではなく、「無理にでも笑っていないと泣いてしまいそう」と言ったとても弱々しい笑顔。
俺は気づいた。何故なら白石さんの事をいつも一番によく見ているのは俺だから。


「今、時間ある?」
「…え?でも私今日…」
「誰にも言わないよ。体調不良で休んだのに出歩いてるなんて」


白石さんの目が驚きで揺れた。


「ばれてるの?仮病使ってるって」


やっぱり、そうだったんだ。
ますますこのまま帰れなくなった。


「他の人は気付いてないだろうけど」
「…ホントに?」
「俺しか知らない。だから、ちょっと時間くれないかな」


少し強引かも知れないがどうしても話を聞きたくて、たとえ彼女が話してくれなくてもそばに居たくて、俺は白石さんの腕を握った。傷だらけの腕を。

握った時、女の子なら普通すべすべしているはずの肌は擦り傷のかさぶたで、ざらざらしていた。
02.保健委員の仕事