20161222



12月22日、俺がひとつ歳をとる日。
この微妙な日付のためかクリスマスと一緒に祝われることも多く、「プレゼントはクリスマスとまとめて渡すね」などと親族から言われるのも毎度の事。

だからと言ってないがしろにされている訳じゃないから、この時期に産まれたことについては何も思わない。俺なんかよりも、クリスマス当日に産まれた人は大変だろうなあとぼんやり考えていた。

しかも誕生日やクリスマスに関わらず毎年バレーの練習に明け暮れていて、「そういえばもうすぐ誕生日か」「あ、クリスマスなのか」「ああもう年が明けるのか」程度の感覚。


でも今年初めて彼女ができて、俺は秋の彼女の誕生日にかろうじてプレゼントを渡すことが出来て、ということは彼女も俺に何かをくれるかも知れない。そわそわする。


「おっ。影山誕生日じゃん!おめでと」


部活終わりに声をかけてくれたのは菅原さん。
部室にかけられたカレンダーには西谷さんの手で部員全員の誕生日が書き込まれていて、今日の欄には「影山バースデー」と書かれている。


「あー…ありがとうございます」
「今から暇?肉まん買ってやんべ!」
「えっと、いや」


彼女が待ってるんで、と言おうとしたけど照れくさくて言えず。
しかし菅原さんは気付いてくれて「あーそうか、だよなーコノヤロウ」と肘で突いてくるだけに留めてくれた。
ちなみに日向と田中さんと西谷さんは、カメラを構えて俺の後ろを付いてこようとしたのを主将に止められていた。


「飛雄!お疲れっ」
「おお」


校門の前で待つすみれと合流。
まだぎりぎり終業式を迎えておらず、すみれはいつも勉強したり友達に付き合ってもらったりしながら俺の部活が終わるのを待っている。

今日は一人だったようで、一人の時は体育館の中まで見に来ればいいと言っているのに入ってこないのだ。あまり知らない人から注目されたくないらしい。


「…中で待てばいいのに。寒いだろ」
「大丈夫」


そう言うすみれはスカートから素足を出しているので、全く大丈夫には見えないが。


「あ!脚太いって思ってるでしょ!」
「何でだよ」
「見てたから」
「寒くねえのかなって思ってただけ」
「ちょっと寒いけど…」


と、言いながら隣にひっついて歩き出す。
俺は自分からベタベタするのが苦手だが彼女から来られるのは大歓迎という、我ながら面倒くさい性格。
だから少し歩きにくいけど、腕を組んで歩くのを拒否しなかった。


「あったか〜」
「運動した後だからな」
「そうか…そうか」
「………」
「そうだよね、うん」


すみれからは日付が変わった瞬間に「誕生日おめでとう」とLINEが入っていたが、プレゼントなるものが用意されているかどうかは分からなかった。

でも今、いつもより落ち着かないすみれの姿を見て気づいてしまった。あ、何か用意してるんだ、と。タイミングを伺っているな、と。


「あの、あ、あのさ」
「ん」
「…誰かに…プレゼントとか…もらった?」


そんなわけで、さも「何事もありませんよ」という風を装って聞いてくるのが可愛くてつい意地悪をしたくなる。


「…くれるって言ってくれた人は居る」
「え!」


まあ、それは菅原さんだけど。
しかも肉まんで、断ってきたのだけど。


「も、もらったの?」
「どう思う?」
「う…え…え?」
「ボゲ。もらってねえよ」
「へっ」


なんだあ、と胸をなでおろす姿を横目に俺は満足した。この顔が見たかったのだ。


初めてバレーボール以外のものに頭の中を一杯にされたのは、今年の夏休み前。

隣のクラスのすみれは、月島目当ての友達と一緒にインターハイ予選の試合を見に来ていた。烏野の少ない応援の中に若い女子高生が居るのは目立っていたのでよく覚えている。

その時は「あいつら誰だ」としか思っていなくて、それから良くその友達に連れられて体育館に練習を見に来ているのを目にするようになり、とうとう話しかけられ、告白を受けたのだった。

その日から俺は彼女で頭がいっぱいだ。
正確にはバレーで頭がいっぱいだけど、バレーの事を考えてない時はすみれの事を考えているという感じ。


「あの、これ渡そうと思って待ってた」


いったん俺から離れて鞄の中を漁るすみれ。
その顔には「どんな反応されるかな」「喜んでくれるかな」と書かれている。


「誕生日おめでと」
「……ありがと」


渡されたのは小さめの包みで、俺の手のひらには収まるくらいのもの。


「開けたい」
「は、恥ずかしいから帰ってからにして」
「…じゃあ何が入ってるか知りたい」


それを言うのも恥ずかしそうにしているので、相当あれこれ考え抜いた結果のプレゼントなのだと思えた。


「時計だよ…腕時計」
「!? う、腕時計って」
「勘違いしないで高価なのじゃないから、スポーツ中に付けられるやつだから!」


フランクミュラーとかロレックスじゃないから!と訴えられて今度は俺が胸をなでおろした。そんな高価なもの貰っても返せないから。


「走ってる時に使えるかなって…」
「…使う。今夜から」
「あ、あのでもデザインとか気に入らなかったら無理して付けなくても」
「渡しといてそれは無いだろ。絶対使う」
「う、うん」


だから今は鞄に仕舞っていいかと聞くと頷いたので、間違って落っこちないように一番底の方へ入れた。
今、こんなにも平静を装っているが多分一人だったとしたら俺は叫んでいる。「くっそ嬉しいいいい!」


「…ていうか、今夜も走るんだね」
「そうだな。毎日」
「……いつかゆっくりできる?」


いつかゆっくり一緒に過ごすことができる?と、すみれは聞きたいのだ。
俺はいつも忙しない。部活がない日も第一に考えるのはバレーの事、すみれが隣に居るとしても時間になれば俺は走りに行く。

その度に少し寂しそうだけど、すぐに「寂しい顔をしたらだめだ」と葛藤する表情へと変わっていくのだった。


「…無理だな。慣れてくれ」


正直、ほんとうに無理な話だった。


「そ…そうだよね」
「たぶん一生やめないから」
「………」
「結婚とかしても、子供が泣いてても走るかも…いやそれは無いか…でも、だから慣れてくれねえと」
「……けっ、!?」


びっくりしたすみれが飛び退いた。
その声に俺もびっくりして、何か変な事でも言ったかなと考える。


「結婚て、子供って…」
「ああ、うん。え、結婚しねえの?」
「!!?」


別れるなんて想像できないもんだから、このまま付き合い続けて結婚して子供もできて、子供と一緒にバレーやりたかったんだけど。
すみれはそこまで考えてなかったのか?俺だけが考えていたのか恥ずかしい、と思っているとすすり泣きが聞こえてきた。


「……お?おい泣くなよ」
「泣くわ!馬鹿!泣くわっ」
「そりゃ勝手に結婚とか、悪かったけど…」
「ちがう!ほんと馬鹿」
「いてっ」


先程飛び退いて離れたかと思いきや、今度はもう一度ひっついてきて軽く肘鉄を食らった。


「痛えこの、骨折れたらどうすんだボゲェ」
「そんなヤワじゃないくせに!」
「俺にもやらせろ」
「だめ無理ちょっ力の差!差が!」


逃げようとするすみれの腕を掴むと、ブレザーもセーターも着込んでいるくせに片手で事足りるほど細かった。馬鹿かこいつ、こんなに差があるのに肘鉄なんかするわけないだろ。

そのまま腕を引っ張るとバランスを崩して、俺の胸に簡単に収まった。

俺が下を向くとちょうどよく彼女の丸い額が。となればそこにちゅっと唇を当ててしまうのは仕方の無いことなので、だんだん額が恥ずかしさで紅くなっていくのは無視して何度かキスしてしまった。


「絶対逃がさねえからな」
「…は、恥ずか、しいっつーの!」
「痛ッてえ!」


額を押し付けたまま今度は俺のみぞおちにグーパンを連打するすみれ、グーパンを食らわしてきているのに「可愛い」という感情しか浮かばない俺はきっとおかしい。

そして同じような幸せな出来事が二日後のクリスマスイブにも起こるかも知れないなんて、今は考えないようにした。
少しでもそのことを考えてしまうと「バレーボール」か「彼女」の二つしか無い俺の頭はすみれでいっぱいになり、バレーを侵略してしまうからだ。


Happy Birthday 1222