with Shirabu



今日はクリスマスイブ。
バレー部はいつも通り練習なので練習が終わってから賢二郎にプレゼントをあげようと思い、包みを鞄の中に忍ばせていた。

何食わぬ顔で登校し、練習を終えてからのサプライズプレゼントで賢二郎の驚き感動する顔を見てやろうという寸法だ。

しかしそれは計画倒れした。


「……さんじゅうはちど」


イブの朝、目がさめると猛烈な頭痛に襲われた。合わせて身体はだるくて重くて頭がぼんやりする…風邪を引いたのだ。

頑張って家を出ようにも身体が動かないし、行ったところでバレー部のみんなに移してしまってはたまらない。
泣く泣く家で寝て過ごす羽目になった。


『ごめん風邪引いた。今日はお休みします』


と、賢二郎にメッセージを送る。

付き合ってはいるけど賢二郎はドライな人なので、クリスマスがどうとか記念日が何だとか騒ぐ男女を見ると「イベントばっかり気にするのって、どうなんだろうな」とボヤいていた。

だから私がイブの日に休んだからといって何も思わないかもしれない。
その証拠に、彼からの返事はこんな感じ。


『今すぐ電源切って寝ろ』


…いや、正論ですけれども。
自分が情けなくなって指示どおりスマホの電源を落とし、薬を飲んで一眠りすることにした。





それから目が覚めて、ふと時計を見れば昼の2時。
朝、母親に出されたバナナと薬が効いたらしく頭痛は少しおさまっていた。

熱を計ると37度。病院なんか行かなくたって市販の薬でここまで下がるなんて、喜ばしいのか恐ろしいのか分からない。もちろん長引くようなら病院には行くけれど。


今日は確か、午前中で部活は終わりだったはず。
賢二郎はもう家に着いたかな?または自主練で残っていたり、みんなとご飯を食べに行ってるかも。

スマホは全く反応を見せないので、彼からの連絡は来ていないみたいだけど…って、電源切ってるんだった。

電源をオンにして、一言LINEしてみようかと思いながら起動を待つ。と、いきなり賢二郎からの着信が来た。


「もしもし?」
『やっと出た。お前なんで電波ないの?何回も電話したんだけど』


出た瞬間に賢二郎は不機嫌モードでまくしたてた。
なんで電波ないのって、あなたが電源切って寝ろって言ったからなんですが。


「ご、ごめん寝てた」
『熱は?』
「下がった。あ、まだ微熱だけど」
『そう。いま一人?』


賢二郎の電話越しには駅の改札を通る音が聞こえた。


「うん。平日だから親は仕事だし」
『今から行く。それまで寝ろ。じゃ』


プツッ、と電話が一方的に切られた。
彼はいつもあまり人の話を聞かない傾向があるので、これはもう慣れたのだが。

賢二郎が今から来る?家に?それまで寝ておけと?無理だ。慌てて洗面所に行くと私の顔は腫れぼったくて、歯も磨いてないし髪の毛はぐっしゃぐしゃ。

熱のせいで汗をかいた部屋着もたぶん、良いにおいとは言えない。こんな状況で来られても困る。困る。困る!


ごめんなさい賢二郎、寝ておけと言う言いつけは守れません。私は急いで洗顔と歯磨きを始めた。





20分後、家のインターホンが鳴った。

とりあえずは髪の毛にヘアコロンを一振りし、マシな部屋着に着替えて出迎える事ができる。こうして慌てて支度をしていると逆に元気になってしまった。


「いらっしゃ」
「馬鹿か。これ」


私が「いらっしゃい」を言い終わる前に賢二郎がずいっとコンビニの袋を突き出してきた。「馬鹿か」という暴言付きで。


「なにこれ」
「ポカリとヨーグルト。ガムは俺の」
「おお……」
「…上がっていい?しんどいなら帰るけど」
「あ、大丈夫!上がって」


そうすると、やっと賢二郎は「お邪魔します」と家の中に入った。
さっきまで片付けたり着替えたりしていた自分の部屋まで案内し、賢二郎にクッションを渡して隣に座る。


「座んな。寝ろ」
「え…せっかく来てくれてるのに」
「来てるだけだから。病人は寝てください」
「…つめたい。」
「は?」
「うっ、いや…はい。寝ます」


来てくれたのは嬉しいし、ポカリやヨーグルトまで買ってきてくれるなんて感動ものだけど、何だか賢二郎から恐ろしいオーラが放たれている気がしてならない。


口は悪いがバレーも勉強も真面目な彼は体調管理も怠らないし、もしかして風邪をひいてマネージャーとしての仕事に穴を開けた私に怒っているのか…。

やばい。
そうかも知れない。
寒いのにスカートが短くて風邪の素だの、寒いのにアイスなんか食べて体に悪いだの言われてたもんなあ。


「………賢二郎。」
「ん」
「…喉かわいた。」
「あ?あー……ん。」


買ってくれたポカリが机の上に置いてあるので私は手が届かず、くつろいでいた賢二郎が手を伸ばして取ってくれた。
が、それは私の手には渡されずに賢二郎の手によって開けられる。


「あり?」
「一口飲む」
「ああ…どうぞ」


賢二郎のポケットマネーで買われたポカリだから、彼自身が飲むのは特に文句の付けどころは無い。
賢二郎は一口と言わず、ごくりごくりと3回ほど豪快な音を響かせてポカリを飲んだ。


「はい」
「ありがと…」


起き上がり手を伸ばして受け取ろうとすると、私の手に触れる直前で賢二郎が手を止めた。
そのおかげで私の手は宙で空振り。


「……やっぱ駄目」
「はい?」


賢二郎はまたもやキャップを開けてぐびっとポカリを飲んでしまった。

いくらなんでも飲みすぎだろ、そんなに怒ってるのかと私も呆れそうになった時。
突然賢二郎に胸ぐらをつかまれて引き寄せられ、キスされた。


「………?……ん!?」


賢二郎とのキスくらい経験はあります、ありますとも。しかし唇と唇の間から何か冷たいものが入り込んでくる。

びっくりして顔を離そうとすると賢二郎の手が私の後頭部を押さえ込み、離れない。これはまさか、ポカリを口移しされているのか。


「……ッけほ、賢二郎、何」
「ムカつく。」
「ええ!?」
「風邪なんか引きやがって」
「…ごめん。」
「まあいくら気を付けても風邪引くときは引くんだし、仕方ないけど…ちょっと…いや非常にムカつく」


どうやら賢二郎を非常にムカつかせてしまったらしい私だが、口の間からこぼれたポカリをティッシュで拭くのが先だった。
賢二郎も自分の制服にポカリが垂れてしまったらしく「げっ」と言いながら拭いていた。

この詰めの甘さが賢二郎の可愛いところだ。(本人に言ったら不機嫌になるので言わない事にしている)


「…すみれから休むってLINEきた時、正直すっげえイラついた」
「う…ていうか今もお怒りですよね」
「当たり前だろ。クリスマスに風邪とかマジで馬鹿じゃねーの」
「はいもうその通りで……。えっ?」


てっきり私が自己管理不足のせいで練習を休んだ事に腹を立てているのかと思いきや。

勿論それも怒っている要因の一つだろうけど、彼の口から「クリスマス」という言葉が出てくるとは思っていなかった。


「…今日がクリスマスって知ってたの?」
「馬鹿にしてんのか」
「違う違う、だって賢二郎いつも言ってるじゃん…イベント事に左右されるのは好きじゃないって…」


私がそう言うと、賢二郎は眉をしかめて黙り込んだ。
そんな事言ったかなあ、と過去の自分を振り返っているようだ。そして何度か瞬きをした。


「………。そうだっけ」


どうやら思い出したらしいが、しらばっくれる事にしたらしい。


「いま絶対思い出したよね」
「それはそれ。昔の俺はそうだったかも知れないけど。今日の俺はクリスマスにお前と会うのを楽しみにしてた俺。分かったか病人」
「……!!」
「喜んでんじゃねえよ」
「よ…喜ばずにはいられないんですけど」


賢二郎が無表情ながらも、嫌味っぽいながらも「クリスマスに会うのを楽しみにしてた」などと言うなんてこの世の誰も予想できなかっただろう。

世界がひっくり返ってもそんな台詞は聞けないと、全人類が諦めていた事だ。


「だって賢二郎…私と会うの楽しみとか、言ってくれた事無いじゃん」
「いちいち口に出す事じゃないから」
「言わなさすぎ!」
「言わなきゃ分からないほど馬鹿なの?」
「……」


分かりにくすぎる愛情表現にひと通り感動したところで、私はプレゼントの存在を思い出した。
穴埋めデートをするにしても後日になってしまうし、プレゼントだけでも当日に渡したい。


「けんじろ、私の鞄とって」


ドアの横に用意して置いていた鞄を取ってもらい、その中から今日の部活終わりに渡す予定だったものを取り出した。
賢二郎はその様子を、少しだけ目を丸くして見ていた。


「ほんとは学校で、サプライズで渡したかったんだけど」
「マジで?…俺に?」
「他に誰がいるの」
「…ありがとう」


こういう時は素直に礼を言う賢二郎は、それでも照れた顔を簡単には見せてくれなくて下を向いたままプレゼントを受け取った。
「開けていい?」と言われるので頷くと、包装紙が破れないように丁寧に開いていく。


「……うわ。やべ」


中から現れたのは、季節外れだと思われるかもしれないけれど水筒だ。

でもただの水筒ではなくて、ネットで話題になっている日本で売ってないブランドの。
熱いものは熱いまま、炭酸は炭酸のまま、冷たいものはもちろん冷たいまま保つ事が出来るのだ。

これを雑誌か何かで見た時に、賢二郎は「これすごい便利そう」と言っていたのでチョイスしてみたが、どうやら大成功。


「これわざわざネットで?」
「うん。って私まだ未成年だから、色々お母さんに協力してもらったけど」
「マジか…やべー…やば、やっべえ」
「どしたの、珍しくボキャブラリーが…」


少ないね、と言おうとしたところ突然賢二郎がベッドに上がり、座り込んだ私をがばっと抱きしめた。


「……嬉しい」
「ちょ、ちょっ、風邪!風邪引いてますけど!移りますけど!」
「どうでもいいわ。マジでどうでもいい。ムカつくけどどうでもいい」
「えええ?」


困惑する私に体重を預けると、いとも簡単にベッドに組み敷かれる。もしもし賢二郎さん、少し興奮してらっしゃるご様子で。


「…俺、何も用意してないよ。一緒にどこか回って選ぼうと思ってた」
「いいよ、むしろ賢二郎がそこまで思ってたなんてビックリだし…ていうか、私が風邪引いたからいけないんだし」
「まだしんどい?」
「……あんまり」
「よかった」


と、言いながら賢二郎は上半身を私の身体に重ねてきて、つまり上からぎゅっとハグされている状態になった。

とてつもなく嬉しくてドキドキするけど…重い。仮にも病人なのを忘れていらっしゃるのか。


「…けんじろ、重い」
「愛の重さ。」
「誰が上手い事言えと」
「…風邪引くなよ馬鹿野郎」
「ごめんってば…」
「……悪いと思ってる?」
「思ってる」
「じゃあ今日は俺の命令聞いてゆっくり寝ろ。で明日ちゃんと来い。分かったか」
「分かりました」


すると身体が軽くなったので賢二郎が起き上がるのか、と思ったら今度はそのままキスしてきた。

びっくりして肩を押すけれどビクともしない。病人の女と運動部の男子では当たり前の事だが。


「…け、賢二郎?ゆっくり寝ろって言わなかった?」
「その前に俺の命令聞けって言ったろ」
「え」
「寝るのは後にして。」
「ええっ」
「悪いけどもう無理だから」


そう言いながら賢二郎は火照った私の首元にかぶりつき、せっかく来る前に着替えた部屋着は全く意味のない物になってしまった。

私は思ったのだった、「歯磨きしといて良かった、洗いたての部屋着に着替えておいて良かった」と。

そしてお約束のように、翌日は彼のほうが体調を崩しお見舞いに行くはめになった。


白布賢二郎に、看病されるのかと思いきや あまりゆっくりできないクリスマス
ちなみに賢二郎にあげたのはHydro Flaskってやつ。