with Yaku



今日は付き合って1年目の記念日であり、クリスマスだ。

私と衛輔は去年のクリスマスに互いの気持ちを伝えあい、付き合うことになった。
幸いにもこれまで大きな喧嘩をしていないのは、周りの面子に恵まれているせいかもしれない。


「お疲れ様でしたー!」


リエーフくんの大きな声が体育館に響き、今日の練習の終わりを告げる。
クリスマスとはいえ春高バレーを控えた私たちは休む暇などなく、いつも通りの練習を終えたところ。いつもと違うのは、みんな少し浮ついている事だ。


「んじゃ俺、ハニーが待ってるんで〜」
「見苦しいよクロ」
「おいバラすな!言うだけタダだろが!」


ハニーなんて存在しない黒尾くんは研磨くんを小突きながら、これまたいつも通りに帰っていった。部室の前で待つ私に「楽しんでネ」と手を振る事も忘れずに。

みんなで集まってクリスマス会とかするのもいいね、と話をしていたんだけどそれは流れた。

虎くんやリエーフくんは家族で過ごすと言うし、私が衛輔と居たいのだろうとなんとなく皆分かっているらしい。ありがたくて、恥ずかしい。


「おつ!行こッ」


練習が終わったところだというのに元気よく部室から出てきた衛輔は、片手を差し出し私の手を取った。
最初のほうこそ照れくさくて手なんか繋げなかったけど、1年経てば慣れたもの。


「はあーさみィ」
「手袋あるよ、使う?」
「いらね!鍋つかみみたいなやつだろ。手ぇ繋げないじゃん」
「…よくそんな恥ずかしい事言えるねえ」


確かに私の手袋は女の子がよく使っている、衛輔流に言うと「鍋つかみスタイル」。正式名称、何て言うんですか。


「じゃあ反対の手につける?私こっち使うから、左手にはめたら」
「んなバカップルみたいな事出来ねえよ」


…「手が繋げないから手袋はしない」というのは、彼の言うバカップルの基準からは外れているらしい。
仕方なく右手はポケットに入れ、左手は衛輔の手のぬくもりで耐えしのぐ事にした。


「で、何する?もう夕方だけど」
「ケーキ食べたぁい」
「ケーキはうちの親がでかいの買ってっから!帰ってから食お」
「わー」
「すみれが甘いもん好きなの覚えてたみたい」


夜久家には何度かお邪魔していて、彼のお母さんとも仲良くなれたのでケーキを用意してくれてるらしい。今夜はちゃんとうちの親の許しを得て、夜久家にお泊りなのだ。


「…いざ当日になると浮かばないなあ」
「同じく」
「イルミネーション観る?」
「お!賛成」


そんな感じの行き当たりばったりで、あまりリサーチしていない私たちはとりあえず表参道へ行ってみた。
なぜ表参道かと言うと、スマホでぱぱっと調べたら綺麗そうだったから。


「…さすがに人が多いね」
「イブだからな」


みんな考える事は同じだねと笑いながら、私たちもイルミネーションを楽しんだ。
衛輔はこう言うのを見ると結構「おお〜」とリアクションしてくれるので、一緒に来ると私も楽しい気分になる。


「きれーだなぁ」
「写メ写メ」
「ん」


互いにパシャパシャ写真を撮って、ああでもないこうでもないと撮れた写真を見せ合う。
そこでせっかくなので一緒に撮ろうという事になった。


「うー 自撮り難しい…セルカ棒買おうかな」
「手が短いからな」
「どっちもね」
「俺のが若干長い!貸して」


スマホを衛輔に渡すと一生懸命腕を伸ばしてスマホをかかげ、できるだけ二人とも写るように身体を寄せあう。

私たちは恋人らしい事は一通り経験済みだけど、こういう時はまだドキドキするんだよなあ。
バレー部の中では背が低いとはいえ私よりは高いし、身体つきもしっかりしてるし力も強くて頼れる人だ。


「ちゃんと笑えよ。変顔になってんぞ」
「あ、気が抜けてた」
「もっかいー」


衛輔の手で再びシャッターが押され、まあまあ良い感じの写真を撮る事ができた。待ち受けにしよ。


「後で送って。待ち受けにする」
「あ、私も今それ思ってた」
「そ?じゃあお揃いだ」
「…それはバカップルじゃないんだ」
「なんで?二人の写真待ち受けにするとかフツーじゃん。付き合ってんだから」


ううん、やっぱり衛輔の基準は分からない。
けど女子にとっては、こんな事を言ってもらえるのはとんでもない幸せなんじゃないだろうか。

結局その場で写真を送り、一緒に待ち受け画面を同じ写真に変えた。
それを見ながら思わずにやついていると、「きもい」と突っ込みを受けた。可愛い彼女に向かって「きもい」って。


ぐるりとイルミネーションを見ていると、そろそろ帰ってこいと言う衛輔ママからの電話が入った。

私たちの帰りを待って夕食を我慢しているらしいので、慌てて帰りの電車に乗り込む。
イブの電車はさっきよりもぎゅうぎゅう詰めで、つり革につかまる衛輔の腕にしがみついて電車の揺れに耐えた。





駅に着き、家までの静かな道を歩きながらまた手をつなぐ。

この辺りの人たちは家で過ごしている人が多いらしく、道沿いのマンションの部屋はほとんど電気がついていた。
いい匂いもするし、テレビの音や笑い声なんかも聞こえてくる。


「今年も終わるなあ」


ぽつりと彼が言った。
ただ言っただけなんだろうけど、それって本当に色々終わりそうな言い方だ。


「まだ終わってないし、これから始まる事のほうが大きいじゃん」
「春高バレー」
「それ!」
「始まって欲しいような、欲しくないような…って感じだ」


始まってしまえばきっと、あっという間に時間が過ぎてしまうのが嫌なのだと言う。
彼にとってバレーをしている時は時間が止まっているようにも感じるし、瞬く間に過ぎていく感覚もあるのだと。

例え見事優勝したとしてもそこでその大会は終わりで、間も無く高校を卒業しこのメンバーでのバレーは終わる。それが嫌なんだと思う。


「でも、早くやりてえー」


この気持ちも本心だと思う。


「私も早く観たいなあ」
「他人事じゃねえぞマネージャー」
「分かってるし!」
「分かってない。すみれはいっつも他人事みたいな事言ってる」


私の手を握る衛輔の手に、一層の力がこもった。


「費やしてきた時間は同じだろ」
「…うん?」
「だからすみれも音駒の一員。マネージャーはオマケじゃない。居なくても良いようなマネージャーなら皆、こんな風に接しない。おっけー?」


お説教のようにも説得のようにも聞こえるこの台詞は衛輔にとっては当たり前の事で、確かに私はどこか他人事のように言ったかも知れない。

「他人事」というと聞こえが悪いけど、選手とマネージャーという境界を気にしていた節はある。
そのちょっとした認識の相違にも彼は気づいてしまうのだ、恐ろしい事に。いや、素晴らしい事に。


「……うん」
「分かったら腹いっぱいケーキ食ってさっさと寝る事〜明日も練習だからな」
「…はい。」
「着いた」


衛輔の素敵な演説を聞いているところで、ちょうど夜久邸に到着。

ドアノブに手をかけようとする衛輔を、少しだけ引っ張って引き止める。
「なに、」と言いながら私の方を振り返ると彼は要望を把握した。


「ん」


素早く近づいてちゅっとキスして、私が満足したのを確認すると衛輔が頭をぽんぽん撫でた。そして、悪戯っぽく続ける。


「…明日早いから今日はナシな」
「分かってるよう…」
「あれ、分かってんの」
「…もしかして春高終わるまでナシ?」
「それは俺が無理」
「私も無理」


どちらからともなくぷっと吹き出して再びキスすると衛輔がごほんと喉を鳴らし、「ただいま!」と改めてドアノブを回した。

今夜は大量のごはんと大量のケーキを食べて、大人しく彼の腕枕で寝るとしよう。


夜久衛輔と、イルミネーションを見にいくクリスマス