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それは自分の代わりに白石さんが喋ったのか、無意識のうちに自分が喋っていたのか、その判断ができないほどに同じ言葉だった。

あの夏の日から、好きだったという言葉。

過去この言葉を何度頭の中で繰り返したか分からないし、あの日の事を何度思い返したかも分からない。
何十回も何百回もあの時のことばかり考えて、それが自分の体を動かすパワーに代わっていたのだから。


「……ちょっと待って…」


だからこそ、俺の頭は混乱した。
そんな事は起こりえないと思っていたのと、反対に何度も夢見た事でもあるからだ。


「待つよ。いつまでも」


白石さんは瞬きもしていないのかと言うほど俺から視線を離さずに、ひどく落ち着いていた。
どうしてこんなに冷静で居られるのかが不思議であり、更に焦りを生んだ。


「…白石さんの好きな人は俺じゃないって思ってた」
「どうして?」
「それは……」


あの時、岡崎からの告白を受けていたのを陰で聞いていたから。

まさかそんな事は言えないので沈黙するしかなかった。俺が続きを話さないのを悟ると、白石さんが話し始めた。


「私は去年からずっと、赤葦くんのことが好きで好きで仕方なかった。かっこよくて優しくて、でも優しいだけじゃなくて叱ってくれて、日に日に好きになってたよ」
「…待って。それ以上は駄目」


これ以上そんなことを言われてしまったら俺は自分を見失って、気持ちを言えなくなってしまう。

ずっと好きだった女の子に告白しようと心に決めていたのに先に言われてしまったこの戸惑いと、彼女も自分の事が好きだったという事実への高揚が俺の理性を支配する。その前に言うべきだ。


「赤葦くん?」


その声に反応して視線を上げると、白石さんは笑ってた。


「赤葦くんの気持ち、聞かせてください」


息を呑んだ。口が渇く。身体中の水分を白石さんに吸収されているかのような感覚。
不思議と心地よく、俺の口からはするりと言葉が発せられた。


「好きだよ」


口が渇いているとは思えないほど流れるように声が出て、白石さんはそれを聞いて目を閉じた。
まるで、頭の中で繰り返すように。そして目を閉じたまま、嬉しそうにこう続ける。


「…うん。もっと」


だから俺は彼女の言う通り、彼女の気の済むまで、俺自身の気の済むまで1年間溜め込んでいた気持ちを吐き出した。


「去年の夏休み、あそこで会ったよね」
「うん」
「俺、あの時体育館から逃げてたんだ。練習がしんどくて、やってもやっても上級生には敵わなくて、あそこから逃げたところに白石さんが居た」


話しているうちにあの時の光景が蘇る。
暑い夏の日、太陽の光を浴びながら一人で残って練習していたその姿。捻った足の痛みに歪んだ顔が、気付けば強い気持ちを宿した瞳が輝いていた姿。


「すごくかっこ良かった」
「かっこいい?…私?」
「変だよね。でもかっこ良かったんだ。輝いてた。あの時白石さんに会わなかったら今の俺は無いと思う」
「そんな事は…」


目が合って、しばらく見つめ合ったのち白石さんが赤くなって目を逸らした。

今までこんな時は俺の方が逃げていたが、今度は追う側だ。絶対に今日は逃げないし、逃がさない。


その気持ちが前面に出てしまった俺が取る行動とは、彼女の腕を引き寄せて自分の身体の中に収める事だった。


「……!?あ、あかっ」
「俺は白石さんが思うようなかっこいい奴じゃないし、優しいなんてもっての外でずるい奴だよ」
「………」
「…今もこうやって勝手に抱き締めてる」


初めて女の子を抱き締めるというのに、まさか相手の了承無しで行動を起こすとは予想だにしていなかった。

手を広げ「おいで」と相手を呼び寄せて、胸に飛び込んで来てくれるようなシチュエーションばかり妄想していた。
現実はこうも上手くいかなくて、こうも自分の理性を抑えられないなんて。

そして自分の予想できないことがこんなにも容易く、連続で起こるなんて。


「じゃあ、こうしよ」


そう言いながら白石さんが、汗をかいてシャツがへばり付いた俺の背中に手を回してきた。


「…私も勝手に抱き締めちゃった。これでお互い様」


ちょうど俺の鼻の位置に彼女の頭があって、どんなシャンプーを使ってるんだろうと思わせる甘い香りが広がっていた。その香りは現実から意識を遠ざける効果があるのかと言うほど。

さっき俺は自分で自分をずるい男だと言ったけれども、撤回しよう。


「…白石さんも、結構ずるいよね」
「そう。ずるい女です」
「ずるい」
「幻滅した?」


やっと互いに身体を離して、改めて顔を見合わせると白石さんが過去最高に素晴らしい女性に写って見えたもんだから思わずよろけそうになった。
幻滅なんてするわけがない。


「幻滅なんかしないよ」
「本当?」
「……もう…、大好き」


もはやここが太陽の下、公園であるとか誰かの目に触れているかも知れないとか、そんな事は頭の中から消えている。
俺がゆっくり両手を広げると、自分から抱き締める前に大好きな人が胸に飛び込んできた。

22.1年越しのエクスプロード