08


電車を降りてからあの二人がどんな会話をしたのか分からないけれど俺は有頂天だった。
降車後すぐに白石さんからメッセージが来たからだ。


『白布くんが迷惑じゃなければ、ちょっとだけ良いですか?』


「……も・ち・ろ・ん…」


喜んで。というのは自分の中だけに留めて送信。

ああ太一に報告しなきゃ。明日でいいかな。…一応協力してくれているし太一もそろそろ電車を降りた頃。電話でもしてみるか。

と思っているとすぐに白石さんからのメッセージ。横に及川が居るのに俺への返信をするという事は、及川と白石さんの間に何かある説は消えた…か?
そう思いながら画面を見やると。


『明日は学校何時に終わる?』





「今日からァ!?」
「うるさっ。昨日言っただろ」
「勉強教える事になったーとしか聞いてない!週末かと思ってたわ」


部室で太一に会うや否や早速その話になったが、どうやら今日の放課後からという事を伝え忘れていたらしい。それにしても少し声が大きいので控えてもらわないと、


「何々?賢二郎が放課後デート?」


…ほら来た。天童さんは道端に落ちた財布を見つけたかのような嬉々とした表情で話しかけてきた。(現実にそんな事が起きたとして、そのままネコババするかどうかはさておき。)


「…デートじゃないです、勉強するだけです」
「二人で!?いいの太一、賢二郎をどこぞの馬の骨かも分からない女に取られて!」
「悔しいけど仕方ないッスわ」
「お前なあ…」


太一は天童さんを敵に回すと厄介なのを知っているので、適当に乗っかってくる。

白石さんはどこの馬の骨かも知れないような人じゃない、青城高校バレー部マネージャーの2年生だ。…あ、俺、この情報しか知らないや。


「ホラあの子ですよ。青城のマネージャー」
「オッ?決勝の時に喋ってた子?」
「はい」
「結構可愛かった子ジャンね?」
「そうそう」


太一がどんどん白石さんの情報をバラしていく。こいつにも黙っておけば良かったか。


「やったじゃん賢二郎!!初カノ?ちゃんと避妊するんダヨ?問題起こしたら試合に出れなくなっちゃう」
「…やめてください。付き合ってませんし、彼女に失礼じゃないですか?」


二人にそう言い放ち部室を出たものの、やっぱり彼らは簡単にその話題を諦めなかったらしい。
「賢二郎めっちゃ怒ってる」「今のは天童さんですよ」という会話がずっと背後から聞こえていた。

朝練を終えてからは、テスト期間に入った校舎内の浮き足立つ空気を浴びながらも淡々と授業を受けた。
白鳥沢を受験した時、いやその前から毎日家で机に向かう習慣は付いていたので授業に取り残されることはない。それに、自分だけでなく周りの勉強に対する意識レベルも高いという状況が余計に俺のやる気を引き出していた。

だから授業だって特別な気合いを入れて受ける事もなく、いつも通りに昼休みを迎えた。


「賢二郎〜ごめんじゃん?許して」


隣のクラスに入ると、太一が手を合わせて謝ってきた。朝練で俺の機嫌が少し悪かったから。


「シバく。いくら天童さんでも好きな子あんな風に言われるのは嫌だ」
「もう部室で余計な事言わねえから。少なくとも天童さんが居る時は!」


こいつあんまり反省してないな。
しかし俺も午前の授業を経て気持ちは収まっている。なぜならもうすぐ、放課後には白石さんとの勉強会なのだ。


「んーで、ドコで勉強すんの」
「北仙台」
「すみれちゃんの乗り換え駅?」
「そう。つーかいつまで下で呼ぶんだよ」
「逆にいつから呼ぶんだよ」


いつからって言われても、まだ電車の中と試合会場でしか会った事無いのに。トータル何時間くらいだろう?


「…もうちょい親しくなったら」
「もうちょいっていつ!今日だよな?な、賢二郎お願い今日って言って」


肩を揺さぶられながら昼ごはんを食べて、その後は昼休憩を丸ごと使って太一と勉強をした。

本当は今日も明日も明後日も放課後を共にする予定だったから、昼休憩の間に太一の不明点を解決しなければならない。
部活中は絶対に白石さんとの勉強会の話題を出さない事を条件に、根気強く教えてやった。





そして、待ちに待った放課後。
鞄の中にはちゃんと数学の教科書、ノート、個人的に買った参考書やら新品のルーズリーフやら何やら必要と思われるものをすべて詰め込んで学校を出た。


『30分後くらいに着きます』
『私もそれぐらい!』


画面を見た瞬間、思わず笑みがこぼれる。返事を打とうとしていたら自転車に轢かれそうになったので、歩きスマホの加害者・被害者にならない為にも大人しく鞄にしまった。

北仙台駅、目印として駅を出たところにあるチェーン店を指定して待っていた。
好きな女の子との待ち合わせ。口元がむずむずする。これは緊張感か高揚感か。


「しーらーぶーくん」
「!!あ…」


振り返ると、青城の制服を身にまとったとても可愛い女の子…つまり白石さんが俺に向かって手を振りながら歩いてきた。

それだけでも充分だが、照れくさそうに笑いながら、というオプション付き。これ、一時間いくらとかお金発生しないよな?巻き上げられないよな?


「ゴメンね。白布くん自分の勉強もあるのに」
「いいよ…教えるのは慣れてるし」
「うわあ頼もしい」


と、言っても太一に教えてるんだけど。


「ミスドいこ!カフェオレおかわりできるから…あ、ドーナツ好き?お礼に奢る」
「うぇ、いいよ」
「良くない良くない」


そんな普通の高校生の会話をしながら(もともと普通の高校生だけど)白石さんの歩く先へと着いて行った。

女の子と一緒に、店頭に並べられたたくさんのドーナツを眺めながらアレがいいコレが美味しそうという独り言を横で聞く。…悪くない。


「決められないなあ…」
「気になるの全部買っちゃったら?」
「だめ、太るもん」


少しくらい太ったって俺は気にしないんだけど…って俺の意見なんか聞いてないか。

白石さんはチョコレートのドーナツを悩んでいるらしく、ダブルチョコレートかそれともゴールデンチョコレートかポンデダブルショコラなのか…で頭を抱えていた。
が、結局ダブルチョコレートにしたようだ。


「白布くんはどれ?」
「フレンチクルーラー」
「即答だあ」
「なんか好き」
「じゃあ席とっといて」
「え?でもお金…」
「私のオゴリ!だから。ねっ」


笑顔で「ねっ」と言われたら、大人しく従うしか無いでしょう。


08.いつかの話よりも、今