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隣の席の白石さんはチアリーディング部だ。バレー部で言うレギュラーや準レギュラー、ベンチなどと同じようにチアリーディング部にもメインメンバーと補欠みたいなのがあるらしい。

ちなみに白石さんは、補欠だ。
1年のときも同じクラスだったけれど、体育祭の時に知ったが正直運動神経が良くない。おまけにリズム感も動きのキレも無く、層の暑い梟谷のチアリーディング部では恐らく活躍の場が無い。
今日も体育の授業で盛大な擦り傷を作った白石さんが、保健室から戻ってきた。


「…大丈夫?」
「う、うん。座るときにさあ…膝を曲げるのが痛いんだよね…」


彼女は膝小僧に大きめの絆創膏を貼っていた。血がにじんでいる。その他にも腕に擦り傷が見受けられた。
本日の女子の体育は走り幅跳びだったらしく、運動音痴の白石さんにとっては全身どこでも怪我をする可能性のある種目だった。


「骨とか折れてなくて良かったね」
「うん。折れたら大会出れなくなっちゃうし」


大会、とはチアリーディングの大会。一応バレーの強豪である梟谷はその他の部活も盛んである。
しかし失礼だけど白石さんはその「大会」とやらに出場できる力を持っているのだろうか。


「いつ?」
「大会は夏。メンバーの選考が月末!」


ああきっとまたメンバーから外されるんだろうなと思った。本当に本当に白石さんはダンスが下手くそだ。目も当てられないほどに。
本人も自覚していて、それを諦めずに練習しているところは非常に評価できる。

何故こんなに彼女について詳しいのかと言うと、いつも白石さんはバレー部が練習を行う体育館の裏で一人、自主練習をしているからだ。
そして1年の夏、その姿を初めて見た時から、下手なパフォーマンスをひたすら練習する白石さんに惚れている。もちろん誰にも、本人にもこの気持ちはバレていない。


「月末か。もうすぐだね」
「だね。1年生も沢山入ってきたから賑やかで楽しいよ」


俺の問いかけに対し、あまり回答になっていない返事が返ってくるのはいつもの事だ。でも白石さんはいつもにこにこしているので、隣の席にいると和む。
この子にチアリーディングの実力があればバレーの試合でも応援パフォーマンスをしてくれるのだろう。そうすれば、俺の雄姿を見せる事ができるのに。なんて肘をつきながら毎日考えていた。

そして毎日、白石さんはチアリーディング部の活動が終わったあとも残り、体育館の裏で練習をしていた。





「あかーーし!あかあああーし」
「聞こえてます」


1週間後、いつものように放課後の部活。いつものように木兎さんの大声が飛び交う。
同じにこにこ顔でも木兎さんと白石さんとでは全く違うなと思いつつ、呼ばれたので仕方なく木兎さんのところへ。


「赤葦!」
「この距離なんでもう普通のトーンでお願いします」
「怪我人!」
「保健室行かせるなりテーピングするなり指示してください」
「違う女の子!そこ!外!」


木兎さんの指差すほうに体育館の入り口があるので、ひょこっと顔を出して見るとなんと白石さんが座り込んでいた。
新しい傷を作って。


「あのジャージの色、2年のだから赤葦の知り合いかと思ったんだけどなぁ?」
「木兎さん。珍しく良い仕事ですよ」
「おっ?」
「すぐ戻ります」
「りょうかーーい!」


赤葦に褒められたぞおおぉぉぉとか言いながら木兎さんは上機嫌で体育館内のコートへ戻っていった。これで今日の練習は木兎さんにとって実のあるものになるはず。

さて、出血部分を押さえながら座り込んでいるこの想い人には一体何があったのだろうか。


「白石さん?」
「…あ!赤葦くんお疲れ」
「どうしたのそれ」
「転んじゃって…」


やっちまった〜!みたいな顔して言ってるけど相当痛そうだ。


「白石さんは怪我が絶えないね」
「お恥ずかしい…」
「すごい心配なんだけど」
「やだなぁそんな親みたいな」


彼氏みたいな、じゃないのか。彼氏じゃないけど。彼氏ヅラすんなよって事か。
とにかく血が止まっているのか分からないので持っていたタオルを傷口に当てた。


「えっ うわ ちょ、」
「ごめん俺の汗拭いたやつだけど」
「いや、」
「嫌だろうけど血が」
「違う違う!汚れちゃうよ!なんか適当に拭くから」
「タオルあんの?」


その答えは知っている。
白石さんは今日の昼休み、「ああ〜タオル忘れてきた」と呟いていたからだ。なので白石さんは答えに困り、結果、黙って止血される事に決めたらしい。


「ごめんね…」
「こっちこそごめん。綺麗なタオル持ってなくて」
「洗って返す!」
「いいよそんな…」


と、断ろうとしたけれど。
洗濯して返してもらう時に、新たな会話ができるという事に気付いた。


「……じゃあ、お願いします」
「うん」


午後の部活を始めて約1時間半。
それなりの汗を吸ったタオルで、好きな子の傷口を拭いてしまった。タオルが羨ましいな。

無事に血は止まったようで(傷口は相変わらず、皮がめくれて痛々しい)白石さんは立ち上がった。今日は練習を切り上げるようだ。


「気をつけて帰ってよ。傷増やしたら意味ないよ」
「はは…ありがとう」
「?」


なんだか元気が無いように見える。でも「元気無いね」なんて聞けるほどの仲かと言われると、そうでは無い。ただ席が隣同士で、ただ片想いをしているだけの相手だ。
だから今日はそれ以上の声をかけず、白石さんの背中を見送ることにした。


「赤葦!遅いぞ赤葦ィ」
「すみません」


そういえば、木兎さんには「すぐに戻る」って言っていたのだった。
適当に練習しておいてくれればいいものを、俺が戻るのを待っていたようだ。他の誰も彼にトスを上げようとしないから、かも知れないが。


「じゃあいきますね」


ボールを手に木兎さんに声をかけると、いつもより3倍くらいの声で木兎さんが叫んだ。


「うわあぁぁあかーーし!出血か!?大丈夫か?誰か!赤葦が!!エマージェンシーコール!!」
「…うるさいです木兎さん」
「うるさくもなるぞ!お前に怪我されたら誰が困ると思ってるんだ!俺だ!」
「俺のじゃないですよ、これは」
「ほお?」


白石さんの傷口を処理した時に、彼女の血がジャージについていた。まだ渇いていない。


「さっきの子。怪我してたでしょう」
「おお!手当てしてやったのか?優しいな赤葦」
「同じクラスなので」
「あの子いつもあそこで踊ってねえ?」


まずい。白石さんは木兎さんの注目も浴びていたようだ。
そりゃそうだ、バレー部が利用する体育館裏でいつもいつも練習しているのだから他の部員が彼女の事を知っていてもおかしくない。


「言っちゃ悪いけど下手くそだな!」


この人に悪気は無い。悪気は全く無い。
そして白石さんが下手なのは事実だ。


「まあ、そうですね」
「俺らの試合の時は踊ってないよな?」
「補欠らしいので」
「なるほどな〜顔がいいだけじゃ駄目なのね」
「……木兎さん?」


白石さんの事を「顔がいい」と言ったのか?

白石さんは確かに、俺の片想いフィルターを外したとしても可愛い部類に入ると思う。いつも笑顔だから華やかな印象があるし、誰かの悪口を言ったり弱音を吐いたりしない子だ。

そう言うのを自分だけが知っているとてっきり思い込んでいたんだが、冷静に考えればそうだ、他の部員だって自主練習する彼女の姿を見かけた事はあるはずだ。


「あんな子が応援してくれるとパワーアップ間違い無いんだけどな!赤葦、もっと上手くなってレギュラー取れって言っといて」
「…覚えてたら、言いますね」


木兎さんに狙われたのではたまらない。
この人の、試合をする時の眩しさには敵わない。複雑だが、それでも俺が白石さんを影ながら応援することには変わり無い。

そういえばそろそろ大会に向けてのメンバー選考が行われるんじゃなかったか。明日、怪我の様子を聞くついでに聞いてみよう。
01.エマージェンシーコール