with Nishinoya



冬休み、高校生の私にとっては稼ぎ時。

と言うと女子高生が怪しい商売をしているように聞こえてしまうけど、うちの家はケーキ屋を営んでいる。
これでも地元ではけっこう贔屓にされていて、クリスマスシーズンはたくさんの予約が入るのだ。


私は夏休みや冬休みなど、店番をする代わりにちょっとしたお小遣いを貰えるので今日も店頭に立っていた。


クリスマス本番、イブの夕方。
予約されていたケーキたちはどんどんそれぞれの家族の元へ、または恋人たちの元へ旅立っていった。


「はあ…イイナー」
「いいなーって、あんたも彼氏がいるなら無理して手伝わなくていいのに」
「いないからココに居るんです!」


お母さんは私に彼氏なんか居ないのを知ってるくせにこんなことを言う。

年頃の私が彼氏の一人や二人出来たことがないのを心配してるのかも知れないけど、大きなお世話だ。
彼氏なんか居ないけど、ちゃんと好きな人くらいいる。お母さんには内緒だけどサ。


同じクラスの西谷くんはバレー部に所属していて、なんと来月には全国大会への出場が決定しているらしい。

私は彼がそんなに凄い人だなんて知る前から、ずっとずっと西谷くんのことを好きでいる。

誰にでも同じように接し、駄目だと思えば心の底から叱りとばし、楽しい時には腹の底から笑う天真爛漫なところが凄く素敵。
友達の誰に言っても「西谷?無い。」で終わらせられるけど。まあライバルは少ないに越したことは無い。

と、思いを馳せているとお店のドアが開いた。


「いらっしゃいま……」
「わーー!ケーキがいっぱいだ!」


大きな声で入ってきたのはオレンジ色の髪をした中学生?の男の子。
ショーウインドウに並ぶケーキや棚に飾られたクリスマスの飾りつけを、目をきらきらさせて眺めている。

同じく何名かの男の子が入ってきて、最後に入った人を見た瞬間に息が止まった。


「にッ……」
「よっ!白石」


西谷くんがお店に入ってきたのだ。
よく見るとみんな、上着の下には同じジャージを着ている。オレンジ色の彼も高校生で、うちのバレー部らしかった。


「ノヤッさんの知り合いですか?」
「クラスメート!」
「お!俺、1年の日向翔陽です!バレー部です!春高控えてます!」
「ぶはっ、お前よっぽど嬉しいのな」


よく見れば同級生の田中くんも居て、話を聞けば練習帰りにクリスマスイブであるという話になり、ケーキを買おうと一致団結したらしい。

それでうちの店に来てくれるなんて、西谷くんが。これだけで私にとってはイブの日に店番をする対価を得た気になった。


「すげー!ホールケーキ食べてえぇ」
「あ、ごめん…これは売り切れてて、もうすぐ予約の人が取りに来るやつで」
「がーん!」
「どれか買えるやつあんのか?」


うわ、西谷くんが目の前に来た。彼の目は私のことなど見ておらず、並んでいるケーキを見ているんだけど。


「えと、バラ売りのやつは…大丈夫」
「フーン…よし。翔陽!影山!先輩が好きなの1個ずつ買ってやろう!」
「ノヤッさぁぁぁん!」
「あざす…!」
「ちょ、俺は?ノヤッさん俺は?」
「龍はまあアレだ、来年だ」
「んッ遠い!」


西谷くんは後輩に慕われることで快感を感じるタイプの人らしい。
1年だというオレンジの日向くんと、仮面ライダーに変身しそうな感じの背が高くてかっこいい子にケーキを選ばせた。


「あの!オススメなんですか?」


日向くんが顔をひょこっと上げて尋ねてきた。かわいい。西谷くんが世話を焼きたがるのも頷ける。


「一応うちはシュークリームがおすすめって親が言ってるよ。地元のフリマガとかに何回か載ってて」
「フリマガ!雑誌?小さな巨人みてえ…ッ」
「??」
「白石が一番好きなのどれ?」


どきどき。西谷くんが質問してきた。

まさか私が選んだものを買うつもりじゃなかろうか。
それなら私はザッハトルテが一番好きで、けれどこの人が買って食べてくれるなら、私がデコレーションを手伝ったロールケーキを選んでほしい。
でもなんか照れくさい。


「ザッハトルテかなあ」
「横文字はよく分かんねーな!なんか美味そうだからロールケーキにする」


神様!

何故か分からないけどロールケーキをチョイスしてくれた。万歳しそうになった時、奥からお母さんが出てきた。


「いらっしゃ……、あら夕ちゃん?」
「あー!ちわっす」
「?え、なに、なに?」


なんでお母さんが西谷くんを馴れ馴れしく「夕ちゃん」なんて呼んでるんだ!娘の片想いの相手に色目を使う気か!と私の頭は大混乱。


「夕ちゃんね〜ママさんバレーにたまに来てくれてるのよね」


そう。お母さんはママさんバレーの一員だ。
それはもちろん知っていたけどそこに西谷くんが参加していたなんて全く知らなかった。


「部活の帰り?来てくれるなんて思わなかったわぁ」
「いや学校近いんで!クリスマスっぽいこと他に出来ねえから」
「全国行くんだもんねえ」


お母さんのほうが西谷くんと会話が弾んでいる。悔しい。母親を一人の女として認識してしまった。


「すみれ、早く包んであげて」
「あ、うん……」


日向くんはシュークリーム、仮面ライダー風の子は「じゃあ俺も」と同じくシュークリームにするらしい。田中くんは自腹で何か選んでた。
あとは西谷くんのロールケーキとドライアイスを入れて、封をする。


「はい」
「おお!さんきゅ!」
「…よ、良かったら感想聞かせて」
「分かった!」


西谷くんは大きな口を顔全面に広げて笑うと、後輩と田中くんを引き連れて出て行った。
去り際に仮面ライダーもぺこりとお辞儀をしていった。


お母さんは鼻歌を歌いながら、これから受け取りに来られるケーキの用意を始めた。
そして、ふと顔を上げて私のほうを向く。


「夕ちゃんは何選んでった?」
「…ロールケーキ」
「やっぱり」
「やっぱりって?」


お母さんがご機嫌そうにふふふと笑う。気持ち悪いな。


「私がケーキ屋やっててすみれの親だって知った時、夕ちゃんに聞かれたの」
「何を?」
「すみれも何か作ってるの?って」


更にふふふとご機嫌な笑いが続く。私は逆に静かになる。だって、普通そうなるでしょ?


「で、ロールケーキの飾り付けだけは小さい時から好きでやってるのよ〜って」
「………」
「あっはははは!その顔!」
「…おっ…おか……」
「夕ちゃんがあんたの彼氏になってくれたらなぁ」


整理しよう。西谷くんは私のお母さんが所属するママさんバレーの練習に参加し、お母さんと知り合った。
そしてそれがクラスメートの親であると知り、更にケーキ屋である事を知った。


…で、私も店頭に並ぶケーキ作りに携わっているかを聞いて、私はロールケーキの飾り付けが昔から楽しくて手伝ってて、それで…それを知った西谷くんはシュークリームやザッハトルテではなくて、ロールケーキを……


「……もー!お母さん!」
「え、何?」
「西谷くんのこと夕ちゃんって呼ばないで!」
「えー?なんで」


私が呼べるようになるまでは!と付け加えると、お母さんはまた爆笑したのだった。


西谷夕はロールケーキが好きなのか?それを作った私が好きなのか?と頭を悩ませるクリスマス