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音駒との練習試合を終え、合流した白石さんと俺は駅までの道のりを遠回りに歩いた。
まっすぐ歩いて行くとすぐに電車だし、例のごとくバレー部連中に見つかるかもしれないから。

いつもならそれも仕方ないと思えるのだが今日は違う。心の中に固く結んだ決意を、他の誰にも見られたくない。


「今日もすごかったね梟谷!」
「うん。木兎さんの調子が良かった」
「あははっ また木兎さん」


白石さんは梟谷の勝ちっぷりが気持ち良かったらしく、あそこが良かったあの人が良かったと色々な感想を述べた。

その声をきちんと聞いているのに頭の中には入って来ず、どのタイミングでいつ伝えるべきかと必死に考えを巡らせる。


「…難しい顔してどうしたの?」


相づちが少ない事に気付かれたのか、白石さんがいつの間にか俺の顔を覗き込んでいた。
今そんなに見られたら台詞が何も浮かばない。


「いや…あ、聞きたい事があるんだけど」
「うん?」
「うちの顧問のところに行ってたって話」
「……あー」


苦笑いで答える白石さんだが、今日それについて話してくれると言ったのを思い出した。

ちょっとした別の用事で顧問の先生に会いに行ったのか、それとも?あまり期待していると良くない事が起きると分かっていても、ついつい「もしかして」と思ってしまう。

この数日間、白石さんがマネージャーとして一緒に居てくれるのを何度想像したことだろう。


「そう。本当はね、あの時言おうと思ってたんだけど…」
「あの時?」
「月曜日の放課後に会ったとき」


月曜日の放課後。
俺は過去の記憶をたどる。

するとこの上なく恥ずかしくて情けない事を思い出した。
告白される白石さんの声を聞いてしまい、頭の中がめちゃくちゃになった直後。そっけない態度を取ってしまった時だ。


「でもあの日は赤葦くん忙しそうで、タイミング逃しちゃった」
「……ゴメン」
「んーん。でね、実はマネージャーやってみようかなって…」
「えっ!?」


がしゃん!と足元で音がした。
驚いた俺の視界が狭くなり、公園の入り口になっているフェンスが脚に当たった音だ。


「いッて」
「だ、大丈夫?」
「き…気にしないで続けて…」


当たりどころが悪かったらしく結構な痛みが襲う。最近、自分の不注意で怪我してばっかりだ。
必死で何食わぬ顔を作り、そのまま誰もいない公園に入っていったん歩くのを止めることにした。


「そんなにビックリしなくていいのに。赤葦くんが誘ってくれたんでしょ」


そういえば白石さんが夏のチアの大会メンバーに選ばれず落ち込んでいた時、バレー部に来ないかと声をかけたのだった。
1ヶ月弱ほどしか経っていないのに、色んなことがあって忘れていた。主に自分起因だけれども。


「確かに誘ったけど…あれは白石さんがどん底まで落ちてたから元気出してもらえたらって…」
「どん底って!どん底だったけど」
「……俺が誘ったからって無理にマネージャーなんかしなくて良いよ。夏は暑いし休みも減るし先輩はうるさいし」


違う、こんな事を言いたいんじゃない。
なぜ俺はバレー部のデメリットばかりをプレゼンテーションしてるんだ。
嬉しくてたまらない、是非やってほしいと言うべきなのに。


「…赤葦くんは私にマネージャーして欲しいの?して欲しくないの?」


ほら、白石さんが少し怒り始めた。


「ごめん。なって欲しいです」
「…ほんとうに?」
「白石さんが来てくれるなら皆きっと大歓迎だしね」
「赤葦くんは?」
「………?」


その質問の意図がすぐには分からず、横に並ぶ白石さんの顔を伺う。
と、真っ直ぐこちらを見上げてきた。


「赤葦くんは歓迎してくれないの?」


その目はこれまで俺が彼女に話しかけた時、自分の気持ちを隠し他人を盾にしてきた事を見透かしているかに見えた。

応援に来てくれたら皆が喜ぶよ、マネージャーになってくれれば皆が歓迎するよと、まるで他人の気持ちを代弁しているかのような俺の過去の台詞たち。
本当は全て、これらは自分のものだ。


「……してる。歓迎」
「ほんとに?」
「本当。だって今の俺、信じられないくらい嬉しいから」


嬉しくてどきどきしてるから。
始めはそりゃあ下心もあったけど、白石さんの笑顔を取り戻したい一心で軽い気持ちでバレー部に誘ってみた。

でも、あまり興味は無かったのかなと思っていた。
そんな中、二度にわたって練習試合を観に来てくれて、俺は自分の勝手で白石さんを傷付けたのにマネージャーを申し出てくれるなんて。


「…大歓迎だよ」
「皆が、じゃなくて?」
「俺が」
「や、なんか恥ずかしー」


白石さんが顔をそらした。

その時俺は、ここで逃してはならないと本能で感じた。

これからマネージャーになってくれるのだとしても、今ここを逃してしまうと一生後悔するぞ、二度とこの機はやってこないぞと。


「白石さん」
「んっ?」
「次は俺が話をする番」
「うん…?でも私まだ、」


白石さんは何かを言おうとしていたけれどすでに脳からの指令は俺の身体に伝わりきっていて、両手で彼女の手を取り、力を込めて握りしめた。


「……赤葦くん、どうしたの」
「去年のこと覚えてる?」
「去年……?」
「俺はずっと覚えてる」
「………あの…あの日?」


あの日、という言い方だったが恐らく間違いない。それは俺が高校に入り、上級生に埋もれる自分が情けなく怖くて体育館から逃げた時の事。


「夏休みの部活の日…」
「そう」
「……赤葦くんに、足捻ってんのにこれ以上練習するなって怒られた日だ」
「そうとも言うね」


あの日からずっと白石さんに惹かれていて、それどころか白石さんで胸がいっぱいで、きみがあそこに居なければ今頃こうして練習試合すら出られていなかった。


「はっきり覚えてるよ」


白石さんが言った。
覚えてくれているならば話が早い。これまでの感謝と、今この胸に溢れきっている気持ちを伝える時だ。

俺がついに告白しようと息を吸い込んだと同時に、白石さんも口を開いた。


「だって、あの日から赤葦くんの事が好きだから」


まさに同じ言葉を発する予定だった俺の口は、想定外の事態に対応できずそのまま開いたままだった。
21.システム・オール・クリア