with Goshiki



五色工は同じ部活のひとつ下の後輩であり、一応は私の彼氏である。

なぜ「一応」と付けたのかというと、あまり恋人のように接してくれないから。

彼は「1年生」として「先輩」である私に接しているような、そんな感じ?だから今日がクリスマスだからといって特段何かをしてきたり、言ってくることも無いんだろうなと分かっていた。
分かってはいたが。


「すみれチャン今日はクリスマスだよ〜」


天童さんは、引退した後も暇を見つけてはバレー部の練習に顔を出し後輩たちの育成に尽力してくれている。

…と言うのは表面上の話で、きっと引退してから寂しいのかなと思ったり。または後輩イジリができなくて暇なのか。


「工から何か貰った?」
「………」
「アリャ。」
「…工が私へのプレゼントを事前に用意できるような優等生だと思いますか」
「思わなーい☆」
「はあ…」


部活中にこんな事を考えるのは良くないと思いつつも、工からは何も無いだろうと分かりつつも、私はプレゼントを用意していた。

彼が形に残るものを好むかどうか分からないので、奮発してオージュアのトリートメントを選んでみたのだ。工は男の子のくせに髪の毛がさらさらで、その髪を触るのが気持ちいいから。

私のためにももっと気持ちのいい髪になれという意味を込めて。

わざわざネットで取り寄せて、ちゃんと自分でラッピングして華やかにしてみたのだ。


「まァまだ夕方だよ。きっと練習が終わったらデッカい花束持ってきてくれるヨ」
「…可能性ありそうで怖いです」
「でもでも?すみれチャンは?そんな工が?」
「………好きですけどお」
「ブッヒャー!」
「覚ィ!遊ぶなら帰れ!」
「…ウース」


自分が呼んだくせに好き勝手したら怒るんだからァー、と天童さんは監督に聞こえないよう愚痴っている。

私も苦笑いしているのを監督に悟られないよう堪えつつ、本来この体育館に居る目的であるマネージャー業を再開した。


工はまあ、私が言うのも何だけど上手だ。
パワフルで、怖いもの知らずで、自信家なプレイヤー。でもチームメイトからの駄目出しがあればきちんと聞くという素直な一面も持つ、白鳥沢の有望株。


「もう一回お願いします!」


と、賢二郎にトスを頼むのは今日何度目だろうか。牛島さんから直々にエースの名を引き継いだ工はそのプレッシャーと誇りを胸に頑張っている。


「…工はたくましくなったね〜」
「そうでしょうか」
「感じないの?」
「頑張ってるなあとは思いますけど…」
「……そ?過保護は程々にね」


過保護?私が?むしろ一般的なカップルよりは放置気味だと思うんだけどな。





「お疲れさま」


練習が終わり工にタオルを渡すと、「ありがとうございます」と受け取るや否や思いきり顔を拭いていた。


「天童さんは帰ったんですか」
「あ、ウン…用事があるんだって」


用事というのは天童さんいわく、「ファンにクリスマスデートに誘われてるから」という内容だったので割愛した。

工は珍しく何かを考え込みながら汗を拭き続けているので、もしかして天童さんに用事でもあったのかと思い「呼んでくる?」と聞いてみた。
が、首を横に振る。


「……いいです」
「そう?何か聞きたいことでもあったの」
「なにも…」
「??つとむー元気ないよ」
「クリスマスの話してましたよね?」
「へ、」


確かにクリスマスの話だった。
けれど工はクリスマスの存在を忘れているものと思っていて、クリスマスの話というよりは工の話をしていたんだけど。

工は少し怒った時や機嫌の悪い時は、むううと片頬を膨らませる癖がある。しかし今はそんな事はなく、ただ単に工が静かだ。


「………どうしたの?」
「…べつに。ただそういう話って、一番に俺にしてもらえるモンだと思ってただけです」


…つまり結構怒ってる?

工は汗を拭き終えると、ぺこりと会釈をして部室に向かってしまった。

天童さんに嫉妬している、というわけだ。
そしてクリスマスを覚えていた。

私は少し彼の事を見くびっていたらしい。





私も着替えて一足先に部室棟の前で待っていると、体育館のほうから瀬見さんがやって来た。


「おつー」
「あ、お疲れさまです」
「これ工に渡しといてくんね?」


差し出されたのは、いかにもクリスマス用の装飾が施された小さな包みだった。


「…瀬見さんから?工に?ですか」
「犯罪者を見るような目はやめろ。3年から後輩に配ってんの」
「なるほど」
「でもすみれのはナシな?工が怒るから止めようって話になった」


けらけらと笑う瀬見さんのほうこそ、後輩へのプレゼントを用意する前に彼女の一人や二人作ればいいと思うのだが。
それは大きなお世話なので言わないでおこう。


「じゃー楽しめよ、もう夕方だけど」
「ありがとうございます…」


瀬見さんはひらひらと手を振りながらその場を後にした。
天童さんといい瀬見さんといい、クリスマスだの何だの言うくせにちゃんと部活に顔を出してくれるあたり本当に凄いな。

と、思っていると背後に人の気配。振り向くとそこには工が立っていた。


「居るんなら声かけてよ…、?」


様子が変だなと思ったら、めちゃくちゃ仏頂面だ。その表情のまま長い脚で一歩ずつ近づいてくる。


「どしたの」
「何で瀬見さんにもらってるんですか?」
「え」
「何で先に俺のじゃなくて、瀬見さんからのプレゼントもらってるんですか」
「つ…、え?」


この子どうやら勘違いしている。
瀬見さんから受け取ったのは個人的な私へのプレゼントではなく、3年生一同から工へのプレゼントだと言うのに。

しかし工の勢いに押されて言葉が出ないでいると、工が我に返ったようだ。


「…す、すみません」
「いや私のほうこそ…」
「でもそれ、ちょっと嫌です」


嫌です、と言いながら苦々しげに視線をやったのは私が持っているこの包みだ。


「…これ、瀬見さんが工に渡してって言うから預かっただけだよ」
「へっ?」
「3年生が後輩たちに配ってるんだって」
「……マジですか…」
「マジですよ」


包みを渡すと、工は両手で受け取り上から下から横からとそれを観察した後、はあぁと大きく安堵の息をついた。


「…ゴメンナサイ。」
「いや確かに勘違いするよね」
「俺、てっきり…すみれさんはクリスマスの事とか忘れてるのかと思ってました。全然言ってくれないから」


工がぼそぼそ話し始めた。


「でも天童さんとは楽しそうにクリスマスで盛り上がってるし」
「いや…あれは…」


工の話で盛り上がっていたんだけど、結局は誤解を招いてしまった事に変わりない。


「…だから正直嫌でした!ごめんなさいっ」
「そんな謝らなくても」
「謝ります!俺がこんなちっちゃい男だからいけないんです!もっとすみれさんの事、グワッと護ってガツンと頼れるような男にならなきゃいけませんから!」


恥ずかしくも素晴らしい志を宣言してくれた工は、自分の発した台詞が結構大胆であった事に気付くと赤面した。
続けてごほんと喉を鳴らすと、さらに顔を赤らめて続ける。


「…で、あの、その、今日は…く、くり、」
「クリスマス…イブ?」
「そう!クリスマスイブ!ですから、俺は…すみれさんの…彼氏ですから、ですね、えっと…うう〜」


工が頑張って話している姿を見るとなんだかドキドキしてきた。

クリスマスというイベントを私との間の特別な事だと認識してくれていただけでも有り難いのに、まさかそれ以上の事が起こりそうだから。


「つまり!プレゼントを用意してきました」
「わ……!ほんとに」
「だから瀬見さんのコレがすみれさん宛だったらどうしようかと思ってましたけど…俺が一番に渡したかったんで」


と、言いながら瀬見さん含む3年生からのプレゼントの包みを鞄にしまい、代わりに別の包みが現れた。まさか、まさか。


「俺からです!」


工が恥ずかしさを隠すかのように目をぎゅっと瞑りながらプレゼントを差し出してきた。

そんなに目を閉じて下を向いたって、あなたのほうが背が高いんだから照れた顔が私の目線から丸見えだ。
でもそんなのどうでも良くて、むしろ嬉しくて、受け取る前に工に飛びついてしまった。


「わっ」
「つとむー!好き」
「えっ、あ、ありが…いや俺のほうがたぶん好きなんで…」
「私のほうが好きだよ」
「お、俺です!」
「私!」
「俺ですっ」


永遠に終わらない押し問答になりそうだったが、工に抱きついている私の鼻にとても良いにおいが漂ってきた。
いつもの工の髪の毛の香りだ。


「…工の髪はいっつも良いにおいがする」


くんくんとにおいを求めつつ、練習後だというのに失われていない艶を発する髪を撫でてみる。
汗をかくほど良いにおいが放たれる!みたいな、CMで人気のものを使っているんだろうか?


「…俺、女の子に何かあげた事とか無くて、プレゼントすごく迷ったんですけど」
「うん?」
「すみれさんがいつも褒めてくれるので、その…におい?とか、サラサラだーとか。だから同じ匂いにしたくて」


同じにおいにしたくて?
工がそんな色っぽい言葉を口にした事にびっくりして、私は瞬きの数が増した。


「だからプレゼントは、俺とおそろいの匂いです」
「…ヘアケア用品?ってこと?」
「です。」
「わ!実は私も…工は髪の毛にこだわってるのかと思って、ちょっと良いトリートメントにしたんだ」
「えっ!マジですか」


まさか互いに髪に関するものをプレゼントに選ぶとは高校生らしくないけど。

しかも、工がわざわざ「プレゼントはおそろいの匂い」だなんて小洒落た事を。でも工とのおそろいは大歓迎だ。


「なんかゴメン、私があげたやつは気が向いたら使ってくれたら良いから」
「いや!絶対使います」
「でも…」


そしたらお揃いじゃ無くなっちゃうよ、と言おうとすると工は私のあげた包みを「開けても良いですか」とリボンを解こうとした。

ちょっと恥ずかしいけど頷いて、工はオージュア好きかなあ、そもそも知ってるのかなとハラハラしながらその様子を見守る。

ついにリボンが解かれ包みを開くと、工は目を見開いた。


「……!オージュアだ!」
「あ、知ってる?知ってる!?」
「知ってるも何も!!」


あまり男の子は知らないブランドかと思っていたので(実際私も、こんなに高価なものがあるなんてネットで調べるまでは知らなかった)工の反応にテンションが上がった。

…が、そこからもっと驚くべき事実が。


「俺が使ってるやつです!」
「………え。」
「すみれさん知ってたんですか?」
「し、知らな…たまたま良さそうだし、良い値段するしオシャレだし、良いトリートメントなのかなって思って」
「わーー!すっげえ!テンション上がる」


工のテンションは最高潮の盛り上がりのようだが、私は混乱した。私があげたものはすでに工が毎日使っているもので、という事は。


「え、じゃあこれ…これ同じやつ?」


私が工から貰ったものも同じもの、という事だ。


「そうです同じです!俺たち同じの買って、同じのプレゼントしてるんです!なんか運命じゃないですか?」


ところが工は素晴らしきかなプラス思考で喜んでいた。
俺のも開けてくださいと言うので、私は彼から貰った包みを開いて中を取り出す。

…うん。どこからどう見ても同じ商品だ。


「俺こっち使います!すみれさんがくれたほう!だからすみれさんは今日からそれ使ってくださいねッ」
「う、うん」
「これで明日からお揃いです」


工が照れくさそうに笑った。
子どもみたいな笑顔なのに、その顔一面に「大好きです」と書かれているような気がして恥ずかしくも嬉しい。


「…私も好き。」
「えっ?」
「なんか、好きって言われてる気がした」
「な……えっ」
「ご…ゴメン自意識過剰だった?」


今度は私が自分の言動に恥ずかしくなり、工の胸に顔を埋めて隠れた。
すると工は腕を私の背中に回してきて、ぎゅっと力任せに抱きしめられた。


「…どうして分かったんですか?すっげえ好きだって思いながら見てました」


工に抱きしめられる力が強すぎて、工の言葉の魔力が強すぎて、私の身体も心も破裂寸前。

この絶妙な苦しさから無事に生きて帰れたら、明日から私たちはおそろいの匂いだ。

五色工に、やきもちを妬かれるクリスマス(あなたのこと、後輩だと思って甘く見てました。)