with Bokuto拝啓
クリスマスを二人きりで過ごすなんて、もちろん期待はしておりませんでした。あなたは練習が忙しい。よく分かっているつもりです。「バレーと私、どっちが大切なの?」という野暮な質問をする気もありません。だけど約束したではありませんか、夜、少しの時間なら作ることが出来るから会って駅までゆっくり歩こうよ、と。私はとても楽しみにして、校門のところであなたを待っていました。しかしあなたは現れなかった。なぜなら私との約束なんか忘れてしまい、部員の皆様とパーティを開いていたのですから。怒っていませんよ、ええ怒ってなどいません。ただただあなたに失望しました。しばらく連絡してこないでください。
敬具
「…っていうメールが来たんだけど赤葦どうすればいい?」
スマホを俺の顔面に押し付けながら木兎さんが言った。
長々と台詞調で書かれているこの文章からは怒りしか伝わってこないので、「怒ってるみたいですし謝るべきでは?」と助言をしてみる。
「でも怒ってないって書いてあるぞ?」
やはり木兎さんは、文の最後に書かれていた「怒ってはいない」という部分を信じきっていた。そんなわけ無いでしょう。
「わざわざ怒っていないと言う女性ほど怒ってるもんです」
「ええ?赤葦経験者なの」
「なんとなくです。俺の彼女は、怒ってる時は怒ってるって言ってくれますけどね」
「ええー分かりやすくて良いなあ」
かくいう俺もクリスマス、木兎さんの開催するクリスマスパーティに参加して彼女を放置した事で、ちょっと機嫌を損ねられてしまったんだけど。
俺は自分が悪かったかなあと思っているし、ちゃんと謝って埋め合わせをして事なきを得た。
しかし木兎さんはそうは行かない。そんな気が回らないのだ、この人は。
そもそも先に彼女さんと約束していたのを忘れていたなんて救えない。
「でも連絡してくんなって書いてあるんだぞ?どうやって謝ったらいい?」
「謝りたいという気持ちが強いなら、連絡すべきでしょう」
「ン〜〜」
いつまで経っても木兎さんと画面との睨めっこが終わらない。
部室には既に俺と木兎さんしか残っておらず、この問題が解決するまでは彼の頭は白石さんで一杯になってしまうだろう。
他人の仲直りに一役買うようなキャラじゃ無いけれど、ひとまず詳細を聞いてみる事にした。
「そのメールはいつ来たんですか?」
「パーティの最中」
「…3日間も放置してるんですか?」
「だって連絡してくるなって…」
なんだか白石さんが可哀想で仕方がなくなってきた。
俺も白石さんも木兎さんの素直なところは知っているが、ここまで頑固というか馬鹿だとは思わなかった。
「謝りましょう」
「やっぱり?」
「当然です」
「…だよなあ。駄目だよな」
「最低の男です。謝りましょう」
「赤葦きつい」
木兎さんと白石さんは、誰がどう見ても相思相愛だ。本人たち以外はそう思っている。
でも木兎さんが異様なまでに頭が空っぽで、…いや純粋で、白石さんも天邪鬼なものだから喧嘩になれば関係修復までに時間がかかる。
それを俺たちは一生懸命に仲介し、元の鞘に収める。この働きにいくぶんかの報酬をもらいたいくらいだ。
やっとスマホの返信欄に文字を打ち込み始めた木兎さんを横目に、もうしばらくは解放されそうに無いので何か飲み物を買ってくる事にした。
「ちょっと自販機行ってきます」
「へーい」
「許可するまで返信しないで下さいね」
「え?」
「送る前に文面チェックします」
「おお!頼もしい」
戻るまでにマシな返信を考えていてくれれば良いのだが、と思いながら部室を出る。
すぐ横に自販機があるので向かっていると、ちょうど自販機の横に人影があった。その人物を俺はよく知っている。
「白石さん」
「うげ!赤葦」
「木兎さんなら部室に居ますけど」
「………」
恐らく部活の終わるタイミングを見計らって、冬休みだというのに白石さんが登校していた。そして寒空の下、この自販機から発せられる熱に頼って立っていたらしい。
そんな意地らしいところも、まぁ尊敬できるところではあるけれど。言わせてもらおう、バカですか?と。
「気持ちは分かりますよ?悪いのは木兎さんですよ?それは大前提です。でも木兎さん相手に意地を張っても変わらないです」
「…オトナだなあ」
「まあ、あなたの彼氏よりはね」
もう直接対決してもらうのが近道だろうと思い、白石さんを部室まで案内する事にした。すこし汚いけれど我慢してもらう。
「戻りました」
「おーおかえ……すみれ!?」
「…お邪魔します。」
白石さんが部室に入り、靴を脱いで上がってもらう。
俺は隅のほうに座って、自分の彼女のほうに「木兎さんがまた喧嘩してる」と送ると「頑張って〜」と許可が降りたので、しばらく見守る事にした。
「何で連絡くれないの」
「え、だって連絡してくんなって」
「だからって無視とか!ひどい!クリスマスだよ?もう過ぎたけど!一人で校門で待ってたけど!なかなか来ないから体育館覗いたら誰もいないし!部室の鍵は閉まってる!あんたのスマホは電源切れてるし!木葉に電話して初めて置いてかれたんだって気づいたわ!最低!」
そこまで言い切って、ぜえぜえと肩を揺らして白石さんはその場に膝から崩れ落ちた。木兎さんが助けを求めるように俺のほうを見る。こっち見るな。
「……悪かったよ」
「本当にそう思ってる?」
「次からはちゃんとお前もパーティ呼ぶから!」
ああ、駄目だ。
「………そ…こ…じゃ…ない!」
「うわっ!」
白石さんが手の届く範囲にあるものを持っては投げ、持っては投げ始めた。
まあタオルとか空のペットボトルとか雑誌とかだから軽いっちゃ軽いんだが、女性が泣き叫びながら物を投げつけまくる姿はあまりよろしくない光景だ。
「落ち着いてください白石さん。木兎さんちゃんと謝ってください」
「謝ったろ!」
「白石さんはパーティに呼んで欲しかったわけじゃないです。木兎さんと二人で過ごしたかったんです」
「…何で赤葦にそんな事が分かるんだよ。お前ら陰で何かあんのか!」
こんなに、こんなに俺は自分の時間を犠牲にして頑張っているというのに、白石さんとの浮気を疑われているというのか。
「は?赤葦なんか全ッ然タイプじゃないし!」
そして、無駄に傷ついた。
「…白石さん。正直に言っちゃってください。あんなメール送ったら逆効果です」
「くうう…」
「なんだなんだ、メールは嘘か?」
「木兎さん、ちゃんと聞いて下さいね」
そう伝えるとやっと静かに頷いて、木兎さんは正座をした。何でも形から入ろうとする彼の「ちゃんと話を聞くスタイル」だ。
白石さんもすこし落ち着いたようなのでその場に座り、さきほど怒りに任せてぶちまけた事を冷静に伝え始めた。
「…イブの日、練習終わったら会おうって言ってたじゃんか」
「うん……」
「でも光太郎は忘れてたじゃんか」
「…うん」
「もうすごくショックで怒りが吹っ飛んだよ。でもすぐに頭が爆発しそーなくらいイライラして、あのメールした」
木兎さんはきちんと話を聞いていたが、白石さんが怒りまたは悲しみで震え始めて言葉が途切れた。木兎さんもさすがに慌てて機嫌を伺い始めたようだ。
「……怒ってる?」
「怒るに決まってるよね?私は菩薩か何かですか?パーティもいいと思うよ、でも私たち恋人じゃん!付き合って初めてのクリスマスだよ。好きな人と一緒にいたいのって当たり前じゃんか。ねえ赤葦そうだよね!?」
「えっ?そ、そう…おっしゃる通りです」
まさか自分も木兎さんの家のパーティを優先したせいで彼女に怒られたとは言えず、とりあえず肯定した。
「…光太郎は私のことどう思ってんの?好きなの?どうでもいいの?」
「どうでもよくねえよ!好きだ!」
「…なのに私との約束忘れて、バレー部のみんなとパーティしたの?」
「それは…ごめん」
「どうやって償ってくれる?」
この木兎さんの致命的な過ちを、どのように償うかという質問。
この難問の模範解答は俺でも思い浮かばない。正解を出せるのは石田純一くらいじゃないか。
「…じゃあ…分かった。決めた」
木兎さんは何かを決意し、拳を強く握りしめた。
「春高優勝したら、プロポーズする!」
「………えっ」
俺は思った。
絶対にそこじゃない。
そうじゃないだろう、と。
冷や冷やしながら白石さんの顔を見ると…なんと「プロポーズ」という言葉にすんなり反応し、ちゃっかり頬が紅潮しているではないか。
相手が木兎さんじゃなければ「この女、ちょろい」と思われるだろう。俺でも感じる。
「…な…何言ってんの」
「間違えた!優勝したらじゃなくて…」
「こ、光太郎?」
木兎さんが白石さんの手を握り、ぐっと顔を近づけて再び声高らかに宣言した。
「優勝は決定!更に!プロポーズだ!」
「……こーたろ…!!」
もう嬉し涙で顔がめちゃくちゃになっている白石さんの顔から視線を外し、俺はため息とともにスマホを取り出した。
彼女へ「そろそろ終わりそう」と送信。
「…仲直りですか?」
二人に向かって聞いてみると、白石さんはそのへんにあったタオルで涙を拭きながらうんうん頷き、木兎さんは俺にVサインをして見せた。
「じゃあ…お疲れ様でした」
「おう!また明日!」
「あかーし…今の赤葦が証人だからね、優勝したらプロポーズしてくれるって!」
「もちろん。お幸せに」
俺は部室のドアを閉め、ふうと肩を落とした。ポケットのスマホが震えたので画面を開くと「どう?」と彼女から返事が来ている。
「解決した」とメッセージを送り、自分はもう少しマシなプロポーズをしようと思ったのだった。
木兎光太郎から、聖夜の誓いを受けるクリスマス