with Tendo



「…ねむ。」


背中から聞こえてきた声は、本当に眠いのかどうか疑わしかった。それは私に「俺の事意識して」と訴えているかのような言い方だったから。

でも、今は無理。
なんたってここは教室で、冬休みの受験対策クラス真っ最中なのだ。


「……ふうぅ」


それなのに、また大きなため息が。この人は本当に大学受験を控えた同級生なんだろうか…と、後ろを振り向く。


「気が散るから静かにして」
「ホント?成功だ」
「……?」
「俺に、気が、散ってるんだよね?」
「どういう…」
「ヤバ!前向いて」


彼の声で慌てて前を向くと、ちょうど先生が黒板の文字を書き終えて教室内を歩き始めたところだった。
「セーフだったね」と小声でつぶやく天童くんの声。あなたがうるさいからなんですけど、と思いながら私は講義の続きを受けた。





「天童くん、ちゃんと勉強してるの?」


受験前とはいえ冬休み。特別クラスは午前中で終わり、参考書やノートを片付ける天童くんに聞いてみた。


「あんまりしてない。」
「…受験生でしょ」
「俺もう推薦決まってるヨ」
「えッ!?」
「まァバレー続けるかどうかは、行ってから決めるけどね〜」


ご機嫌で筆記用具を片付ける天童くんの机の上には、たくさんの落書きが。全然勉強してないじゃん。
というか推薦が決まっているのにどうしてこのクラスを受けているのか。


「決まってるならこのクラス受ける必要なくない?」
「一応受けろって言われてンの。俺ぶっちゃけバレーしか出来ないから」
「へえ…」
「すみれチャンどこの大学受けるの?」


何の断りもなく「すみれチャン」と呼ばれて少々戸惑いつつも、県内の国立大学の名前を伝えた。
すると天童くんは目をひん剥いて、「俺もソコ!」と明るく言った。

卒業と同時に大半の同級生とはお別れし疎遠になると思っていたし、失礼ながら天童くんもその中の一人だと思っていたので驚きだ。
私が合格すればあと4年間は顔を合わせる事になる。


「んじゃ合格祈願してあげるネ」
「…?ありがとう」
「カツ丼とキットカットどっちがいい?」
「そういう意味ですか」
「他のでもいいよ。クリスマスも兼ねて」


クリスマス、と聞いて思い出した。
今日はクリスマスだ。
受験生にとってはあまり重視すべきではないイベントかも知れないけど、いざ思い出すと何か特別な事をしたい気分になる。


「クリスマスなんだね。忘れてた」
「女子力低ッ」
「だって最近ずっと勉強してるんだもん」
「確かにすみれチャンずっと勉強してるけど、成績いいほうでしょ?いっつも先生に褒められてた。息抜き大事〜ハイ決定!」
「息抜き?」


天童くんに背中を押されながら教室を出て、そのまま促されて下駄箱へ。
いや、促されなくても家に帰るのだから下駄箱に来るのはいつも通りなんだけど、靴を履いて校門を出てからも天童くんがずっと付いてくる。


「…何か?」
「だーかーら、息抜き。デートってやつ!」
「ちょ、声でかっ」
「まずはー、手ぇつなご?」
「!?」


天童くんが真顔で(彼の真顔は若干笑顔だけど)手を差し出してきて、驚いた私は両手を背中へ逃がした。
手を繋ぐって…今時女友達とも繋がないっつーの。


「なんで逃げるの」
「なんで手をつなぐの」
「オトコとオンナが一緒に歩く。って事は手をつなぐ。試験に出るカモ?オトコ+オンナ=手をつなぐ…穴埋め形式の予感」
「そんな方程式聞いたことないよ」
「つなごうよォ」


でっかい身体の天童くんが「ね?」とカワイコぶって首をかしげるが、全然可愛くなかった。

私たちはただ同じクラスであるという間柄だし、もしかしたら来年からの4年間も一緒かも知れないけど分からない。

それに、手をつなぐ前に重大な事がひとつ。


「…手とかつないだ事ないし、無理」


小さい時に近所の男の子と手をつなぐとか、そういう経験はあるけれど。

中学生の時は好きな子に片想いしたまま終わり、高校に入ってからは特に好きな子もできなくて、男の子と深く関わったことがない。


「じゃあすみれチャン彼氏ずっといないの?さみしくない?」
「お…大きい声で言わないでッ」
「俺の手で練習しなヨ〜」
「…れ…!?む、無理だよ」
「なんでぇ?」
「だって…」


いくら相手が天童くんとはいえ男の子と手なんかつないだら、恋愛初心者の私はそれだけで天童くんを「そういう存在」として意識してしまうかも知れない。

と言うか、こんな事を言われている今すでに、経験不足な私の恋愛脳はゆらゆら揺れている。


「つないだらアッと言う間だよ。ほい」


天童くんがいつの間にか私の背中に手を伸ばし、隠していた手を確保したかと思うとすんなり繋がれてしまった。


「ネ?」


ね?じゃない。

男の子と、手をつないでしまった。
付き合ってないのにこういう事していいの?普通なの?これって何かの罪になる?

頭の中でぐるぐる考えていると私の目もぐるぐる回っていたようで、天童くんが体をかがめて顔を覗き込んできた。


「ダイジョウブ?」
「……こ、これ、いいの?」
「へ?」
「ふつう、こういうのって付き合ってる人がするんじゃないの…?よく、わかんないけど」
「ンー…」


天童くんは歩きながら、前を向いて考え込んだ。
その間私たちの手は繋がれたまま。
平然と歩く隣の男の子とは反対に、私の心臓はどきどき高鳴っている。


「じゃあ付き合っちゃえばイイんじゃない?」
「え!?」


そして予想外の台詞が飛んできたので、私も思わず大きな声で反応した。


「そしたら手ぇつなぐの普通だよね」
「待っ…順序が…」
「ダイジョウブだよそんなの」
「て言うか!そんな軽い気持ちでカンタンに付き合うとか付き合わないとか、良くないと思う!」


18歳のくせにお堅いつまらない女だと思われるかも知れないが、いかんせん恋愛経験ゼロなもんだから仕方ない。
つないだ手の間からは、おそらく私の変な汗が出始めている。冬だっていうのに。

天童くんは首をかしげながら変わらないテンションで言った。


「少なくとも俺は軽い気持ちじゃないよ?すみれチャンのこと好きだもん」
「!!?」
「あ、危ない」


私がびっくりして天童くんから遠ざかろうとした時、そこにちょうど溝があったらしく天童くんに繋いだ手を引っ張られた。

よろけた私の肩をを天童くんのもう片方の手が支えてくれて間一髪。


「…ネ?手ぇつないでたら今みたいな危険回避も出来ちゃうの」
「い、今のはびっくりして」
「だってホントだもん、好きだもん」
「………!!」
「すみれチャンの後ろを陣取るのに苦労したヨ〜」


冬休みの、受験対策特別クラス。
終業式の翌日から5日間だけ開催されるクラスの1日目に、席順は決まった。

というより早いもの順で自由席だったんだけど、最初は私の後ろには女の子が座っていた。
天童くんがどこの席だったのか知らないけど、確かこんな会話が聞こえた覚えがある。


「席交換しよ?窓際と」
「え?」
「俺、廊下側が好きなの」
「??いいけど」


なんとなくこんな事を話していた気がする。
せっかく早い者勝ちで手に入れた窓際を手放すなんて珍しいなと思った記憶がある。


「廊下側が好きとか言ってたような…」
「そんなワケ無いジャン。窓際のほうが100倍好きだよ?でもすみれチャンの後ろの席は、そのまた100倍欲しかったの」


天童くんて、こんなこと言うキャラだったっけ?乙女みたいな思考で、私の後ろをいかに欲しがり居心地がいいか話している。

こんなに男の子から特別な扱いを受けるのは、特別な気持ちを言われるのは初めてだ。でも。


「…そんな、急に言われたって…」
「いいよん。まだ時間あるから」
「え?」


押しまくりだった天童くんが意外と悠長だったので、拍子抜けした。

しかしそれは私の勘違いで、彼は全く悠長な男ではなかったらしい。手をつないだまま言葉を続けた。


「クラスはあと3日だからー、その間にもっとアピールするから覚悟しといてネ」


あと3日、背中からの圧力やメッセージをさんざん受ける羽目になるらしい。そうなれば当然あなたの事を気になり出すに決まっているのに。

むしろこんなに積極的な天童くんが、クリスマスに手を繋ぐだけで我慢してくれたこと自体感謝すべきなのかも知れなかった。

天童覚からの、猛烈なアプローチを受けるクリスマス