with Oikawa



2年生の時、同じクラスだった白石すみれちゃんはごくごく普通の女の子だった。

3年になりクラスが離れ、彼女の存在など忘れて部活に明け暮れていたけど。最近また思い出した。
夜、知らない男の人と繁華街を歩く姿を見かけたもんだから。


あの子が誰と歩こうが関係ないし、高校生のくせに水商売みたいな格好をしていた事も関係ない。

だからその時は「あ、こういうバイトしてるんだ」くらいにしか思わなかった。





「……くそ…くそっ」


そんな子よりも、こっちだ。
俺はたった今彼女に振られた。もう好きじゃないかも、ってLINEが来て。「好きじゃないかも」って何だよ!かもって。

むかついて電話をかけてみると着信拒否になっていた。最悪。


今日はクリスマスイブだから、きっと俺よりも良い相手が前から居て、そっちと過ごすことにしたんだろう。

俺は大人だからこんなのへっちゃらなので、鼻がつんとなるのを「きっと寒いからだ」と思う事にし、待ち合わせ場所から踵を返した。

…と、そこに女の子が一人。


「白石サン?」
「……あ。及川くん」
「何してんの?メリクリー」


ついさっき振られたショックを吹き飛ばすため、無理やりテンション高く話しかける。

白石さんはと言うと、学校でも騒がしい方ではないのでやや引き気味。その様子とは正反対に、彼女の服装は結構派手だった。


「今からバイト??」
「あ、知ってたの」
「先週見かけたんだよね。お客さんッポイ人と歩いてるとこ」
「ふーん…」


白石さんは、そういうバイトをしている事を同級生に知られたというのにあまり焦っていなかった。
別に先生に言いつけたりはしないけど。


「クリスマスまで知らない男の相手なんて大変だね」
「…だね。だから今日はサボる予定」
「おぇ?」
「サボるの」
「……さぼ…え?」


てっきりお客さんと同伴の約束か何かしているのかと思ったのに、おサボり決定らしい。
彼女は目の前でスマホの電源をオフにした。


「で、及川くんは何してるの?」


そして、傷をえぐられた。


「別に…」
「アユミちゃんならさっき、他の人と手ぇ繋いでるの見たよ」
「マジかよ」
「振られたの?クリスマスを目前にして」
「……つい5分前にね」


俺が答えると、白石さんはさすがに慌て始めた。だって本当に5分前、別れを告げるLINEが来たんだからそうとしか言えない。

同級生のアユミちゃんは見た目も可愛くて性格も明るくて、バレーも観に来てくれたことがあったし、けっこう好きだったのになあ。気持ちって簡単に変わっちゃうんだ。


「偶然だね。私も5分前にサボるの決めたところ」
「それは嘘でしょ絶対盛ったよね」
「ちょっとね」
「て言うか何でそんなバイトしてんの?高校生は夜のお仕事禁止ダヨー」


仕返しだと言わんばかりに指差して言ってやると、なんてこった、白石さんはちょっとだけ表情が暗くなった。

そりゃあ夜の仕事なんかしてるくらいだから多少の闇は抱えてるんだろうけどさ、その闇を簡単に隠せないほど弱い子はするべきじゃないでしょう。


「18歳以上だから大丈夫だもん」
「でも高校生はダメじゃん」
「ただの暇つぶしだよ」
「………」
「まあ身体売ったりはしてないから。隣に座って、こうやって喋るだけ」


こうやって、と言いながら白石さんは俺の脇にするりと手を入れて腕を組んできた。まるで恋人同士みたいに。


「…なるほど。」
「及川くん意外と腕太いね。たくましー」
「それはどうも。そろそろ離してくんない?俺、彼女以外に片腕貸せるほど軽くないんだけど」
「…それも意外。」
「失礼だね」
「しかも彼女居ないじゃん」
「ますます失礼だね!居ないけどね!」
「ははは〜」


はははと言うその声は笑っているようには聞こえなかった。ひらがなで「ははは」書かれたのを単に声に出しただけ、みたいな。

こういうのが響くような人間じゃなかった筈なんだけど、今日は自分もブルーだからか妙に気になってしまった。


「今日はもう暇なんだよね?」
「うん」
「ご存知の通り俺も振られた直後で暇なわけよ。憂さ晴らしに付き合って」


そう言うと、白石さんが今日一番の激しい表情の変化を見せた。

眉を寄せまくって、虫の幼虫でも見ているかのような苦そうな表情。


「…私の身体で憂さを晴らす気?」
「はあ?ちーがーいーまーすぅー。気持ちの憂さを晴らすだけ!ンな事するほど俺はクズじゃないんで」
「なぁんだ。及川くんなら良いんだけどな」


かと思えばこんな台詞。

女の子は傷心している時、構ってちゃんになる事があるというのは知っている。これは白石さんの構ってちゃんスタイルなのだろうか。

俺だって大絶賛傷心中だから、心の傷を身体で埋めようと思えば出来てしまう状態だ。…埋まらないとは知りつつも。


「…あのさ。君は俺に襲ってほしいの」
「どっちでも。嫌ではない」


まだ俺と腕を組んだままの彼女はしれっと言い放った。


「つまり、ウェルカムではない」
「んー…まあ、ウェルカムではないね」
「じゃあ楽しくないじゃん。お互いウェルカムであってこその行為じゃん」
「意外と紳士だね。軽そうなのに」
「軽そうって何!今日は俺のイイトコいっぱい見つかって良かったね!つーかいい加減離してくんない」


もう時間の無駄かと思えて腕を少し振り回すと、白石さんはがっしりつかんで離さない。
一体なんなの。弱ってみせたりふざけてみせたり、女の武器をフル活用しやがって。


「…及川くん。デートしようか」
「は?でーと?」
「憂さ晴らしもいいけど恋人っぽい事しよ」
「何で?」
「寂しさを、埋めるため」
「は……?」


彼女は俯いているので表情が見えない。

バイトはサボり、白石さんは暇。
俺はこの後アユミちゃんと過ごす予定をすっぽかされて、いや振られて、暇。互いに暇。

暇なんだから、暇なもの同士が一緒に過ごすなんて普通だよね?岩ちゃん。これって普通だよね?

岩ちゃんの「勝手にすりゃあいいだろが」という声が頭の中に響いたので、勝手にする事にした。


「寂しさを埋めるためだなんて、白石さんもポエマーだナァ」
「及川くんも寂しいんでしょ」
「うっさいよ!おっしゃる通り寂しいよ!仕方ないから埋めてやるよ。代わりに俺の寂しさも埋めてよねギブアンドテイクで」


ちょっと腕を組まれたり、意味深な顔をされるだけで気になっちゃうなんてまだまだ俺も青いな。

イブの今日は隣を歩くのを許し許された仲になったが、俺は派手な子は好きではない。ので。


「もっと大人しいカッコにしてくんない?俺って益若つばさより本田翼派なんだよね」


次があるならば、だけど。
と思いながらちらりと横を見ると白石さんが頷いた。


「じゃあ明日はそうする」
「明日?」
「空いてるんでしょ、アユミちゃんと過ごす予定だったんなら」
「…読みが良いね。誘い文句も抜群」
「誘ったのはそっち」
「そっちだろ」
「そっち」


俺たち二人は腕を組んだ状態で、互いの脇腹を肘で突きながら歩き始めた。
今の絶対この子から誘ったと思うんだけどなあ。いや、俺も誘導してたのかな。

どちらにしても異性としての接し方は彼女のほうが数枚上手のようで、上手いこと明日も会う約束をしてしまった。


「明日は及川くんももうちょっとマシな服で来てくれるんだよね」
「ゥオイ!」


振られたショックを癒してくれるのは嬉しいけれど、別の傷が増えそうな気がしなくもない。

及川徹と、傷を舐め合うクリスマス