ミッドナイトシアターソルベ


大切なことがあると、決まって突然呼び出される。初めて誰かに告白したとかされたとか、振られたとかオッケーもらったとか、時には「女からキスするのってどう思う?」なんて聞かれたりもした。
その都度俺がどんな気持ちで答えたのかを知らない彼女は、今回も「聞いてほしいことがある」と俺を呼び出した。それも指定されたのは早朝で、まだ日も上がらない時間。来週には春高予選があるという大事な時期の明け方、俺は断ることもできずに荷物をまとめている。
すごく眠いけどあいつの用が済んだらそのまま学校に行って、朝練まで部室で仮眠を取ればいい。


「白石ー、どこ?」


烏野高校にほど近い真っ暗な公園。住宅地から少し離れているので近所迷惑を気にする必要はないが、どうも不気味なほどの静けさだ。スマホのライトを点けながら辺りを見渡すと、公園のほぼ中心部にそいつが居た。


「もー!遅いよっ」
「これでも急いだんですけど。ていうかお前、仮にも女子なんだから夜中に出歩くなよな」
「早く、こっちこっち」


俺の忠告には返事もせずに急かしてくるこの女が、残念ながら片想いの相手だ。中学一年の時に同じクラスになり、波長が合うのでよく喋るようになった。
進学した高校も同じだし、中高六年間でクラスが離れたのは去年だけ。俺の初恋を奪っておいて本人は他の男子と二度ほど付き合い、別れている。 未だに彼女が出来たことのない俺に「気になる女はいないのか」と世話を焼いてくる。そのことで悩んだ時期もあったけど、聞き流せる程度には慣れてきた。ふとした時に虚しくなるのは気づかないふりをするしかない。


「なんだこれ」
「寝転がって」


誘導された場所まで行くと、遠足とか花見とかで使うようなレジャーシートが敷いてあった。
戸惑う俺をよそにさっさと仰向けになると、白石の顔が月明かりに照らされて綺麗だなんて思ってしまったが。そんなことより何をしているのかが気になって、手招きする彼女の隣に腰を下ろした。


「流れ星でも見えんの?」
「オリオン座流星群だよ。見えても一時間に十個くらいなんだって……今日は月も出てるし、探すの集中してよね」


一時間に十個というのが流れ星の観測量として少ないのかは知らないが、せっかくこんな時間に起きてきたのだから俺も眺めることとした。

田舎だから、流れ星なんて騒ぐほど珍しいわけじゃない。だけど成長するにつれて夜空を楽しむ心なんて失っていたし、隣で白石が一緒に見ているとなると、新鮮な気持ちで眺めることができた。
一筋の光が線を描き、瞬く間に消えてしまう儚くて美しい光景。「思ったより綺麗だな」と感心する俺だったが、白石はというと何も言わず、表情も変えずに天を見ていた。


「寝てんの?」
「んー」


俺の問いかけに軽く首を振る。驚くほど真面目な顔だったのでそれ以上声をかけることができなかった。何かに集中している時の様子だ。


「願いごと」


ぽつりと口にした言葉を聞いて、合点がいった。今日は単に流星群を見るためではなく、願いごとをするために来たのだ。


「わざわざ夜中に起きてまで叶えたいことって何よ。しかも俺を巻き込んで」
「内緒」
「えー?聞く権利あると思うんですけど」
「他人に話したら叶わなくなりそうじゃん」


その答えにむっとしたが、納得もした。確かに言わないほうが良いと思えたから。眠いし乗り気じゃなかったけど、それならば俺は俺で願いごとをしよう。ちょうど頭に浮かぶものがひとつだけある。


「スガの部活が優勝しますように」


まさに今、俺が頭の中で唱えようとした内容が白石の口から聞こえてきた。せっかく見つけた流れ星は驚いている間に姿を消し、白石はやっぱり真面目な顔をして続けた。


「……って願っといた」
「おい他人に話したら叶わなくなるんじゃないのかよ」
「叶うよ」


寝転んだまま、上を見上げたまま話す白石の横顔は悔しいくらい魅力的だった。
俺には一切の恋愛感情を向けて来ないくせに、自分は俺の心を簡単に鷲掴んでくる。そんな彼女を俺に夢中にさせるほうが、バレー部の優勝よりも難しいのではないかと思えた。
そうだ。優勝は誰かに願って叶うものじゃない。俺が誰かの力を借りて手に入れたいのは栄光ではなく、決して掴むことのできない人の心だ。


「ねえ、スガの願いごとも教えて」
「叶わなくなるんで言いません」
「情けないな!他人に話しても叶うってことを私たちで証明しようぜ!」
「しようぜ!じゃねえわ」


俺の返しに対してきゃっきゃっと笑う白石の顔は相変わらず夜空との相性が抜群だ。間もなく夜が明けて流れ星はきっと見えなくなる。今夜はもう、願いを星に唱えるチャンスは来ないだろう。