20161207



「…それは何だ」
「見たら分かるでしょ。クリスマス仕様」
「ぶん殴るぞてめえ」


と、いう野蛮な会話から始まったバレー部の練習。朝一番から何故俺の怒号が響いているのかというと、及川徹がクリスマスカラーの練習着を着用しているからだ。いや、カラーがクリスマスなのはまだ良いんだ。帽子まで被っていたら部活に差し支えるだろ。次期主将候補が何やってんだ。


「…つーかまだクリスマスじゃねえだろ」
「岩ちゃん知らないの?コンビニもスーパーもクリスマス前の数週間はこんな感じだよ?」
「お前はいつコンビニ店員になった。」
「あ!狂犬ちゃんもどうー?」


及川徹という人間は、良くも悪くも見境がない。
誰にでも分け隔てなく同じように接し、同じようにからかい、同じように尊敬し、同じようにイジる。相手が京谷賢太郎であっても。


「…ウゼ」
「ひどす!」
「それより岩泉さん腕相撲して下さい」
「腕相撲ー!?今は部活中だよ?バレーに関係ない事は禁止だよ?」
「その言葉そのまま返す」
「腕相撲しましょう」
「あーとーで!お前ら本能でしか動けねえのかよ」


こいつらと同じ空間にいると、俺は一生分のため息を1ヶ月ほどで消化してしまう事となる。
腕相撲は部活後と言い聞かせると、京谷は舌打ちしながらボールを体育館に叩きつけた。腕相撲の相手が居ないからって何してるんだよ、とんでもねえガキだな。

その京谷が唯一大人しく話を聞く相手、それがマネージャーだ。さすがの京谷も女相手に舌打ちだの力ずくだの暴言だのを発する事はない。
京谷と同じ1年のすみれは、自身も中学の時に女子バレー部に入っていた事から優秀なマネージャーだ。


「皆さーん今日はアクエリアスでーす」


彼女の気分で毎日のドリンクの種類は変わるが、今日はアクエリアスのようだった。
俺が受け取ろうとすると、横から突然にゅっと伸びてくる腕に横取りされる。…京谷賢太郎だ。


「てめえぇ横取りか」
「あ?全員に配られるんだから良いっしょ」
「その言葉そのまま返す!」
「岩ちゃんのソレ流行語なの?」


この体育館内に一人くらい俺の事を尊重する奴は居ないのか。泣く泣くすみれから最後のボトルを受け取り飲んでいると、すみれが京谷に話しかけていた。


「お味はどう?」
「普通」
「そ、そっかあ…」
「………」
「………」


なんだこの間は。
聞いてるこっちが気まずくなる。
京谷も京谷で「美味しい」とかなんとか言えば良いものを何の気も効かない返事をして、こいつの辞書に「社交辞令」という言葉は無いのかと問いたい。
…きっと無いんだろう。


「お…美味しい?」


それなのにすみれは食い下がる。ただのスポーツドリンクの味をそこまで気にするってどういう事だ?
そこで「美味しい」という返事があったとしても、それはお前の手柄ではなくコカ・コーラ社の手柄だぞ。


「美味しいけど。」


京谷がやっと反応した。


「よかったー」
「何が?」
「京谷くんアクエリアスが一番好きって言ってたもんね」
「…?まあ。他のよりは」


京谷本人も、そばで聞き耳をたてる俺も、頭の中はどうやら疑問符で溢れている。
京谷がアクエリアス好きというのも初耳だしそれを把握するすみれもすみれだし、わざわざ味を確かめる事もおかしい。寒くて頭がおかしくなったのか。
しかし、そうではなかった。


「今日は京谷くん誕生日って聞いたから、京谷くんのためにアクエリアスにしてみました」
「………は」
「それ飲んだら続きもガンバロー!」


言うだけ言って、すみれはスキップで空のボトルを回収しに回り始めた。
京谷、あんぐり。俺もあんぐり。


「…何今の?岩ちゃん何今の?何故すみれが京谷の誕生日を知っている?」
「知らん」
「隅に置けないねえ…」


本当に隅に置けない男だ。
京谷はアクエリアスを一気に飲み干し空にするとずかずかとすみれのもとへ歩み寄り、周りの部員を押しのけて自分のボトルを押し付けて言った。


「おかわり。」


すみれはその京谷を見て嬉しくなったのか、ボトルを受け取って笑顔を返した。青春かよ。
京谷はひとつ歳をとり大人になって、俺と及川は30歳くらい老けた気分になった。


「…岩ちゃん。寂しいよね。サンタの帽子欲しいでしょ?」
「イラネ」
「俺はこれが無きゃ今日ムリ。寒いもん。俺の好物作ってくれる女の子が居ないんだもん」
「勝手にしろや」


傷心した及川はサンタクロースの帽子を被ったまま部活に参加し、3年の先輩に怒られた。

Happy Birthday 1207