12
ワンツーランデヴー


まさか誘いに乗ってくるとは思わなかったので、一言で「門限を破る」と言っても何をするかは考えていなかった。普段チームメイトや友人と遊び歩く時、何をしていたっけな。
カラオケもいいかなと思ったが、さすがに二人きりの密室は良くないか。白石さんがカラオケを楽しめる人かどうかも分からないし、最悪の場合俺だけ歌ったり二人とも歌わずに静かに過ごすことになったら気まずい。だから俺の提案はこれだ。


「ゲーセン行ったことある?」


とてもゲームセンターに入り浸るタイプには見えないが、女子高生ならば時々足を運ぶだろう。しかし、白石さんは首を傾げていた。


「あると思う。小さい時」
「へー……友だちとプリクラとか撮ったりしないんだ」
「プリクラかあ。そういえば撮らないかも」


どうやら女子高生っぽい遊びはしていないらしい。スマホの自撮りで済むからプリクラは撮らない、ってわけでも無さそうだ。
そんな女の子をゲームセンターなんかに連れて行って楽しめるのかどうか。提案した手前「やっぱりやめよう」とも言えないし、じゃあどこに行くと聞かれても候補が浮かばないので、ひとまず大きなゲームセンターに行ってみた。


「何これ! すごい」


心配していた白石さんの反応はというと、それはそれは感激していた。
カーレースのゲームとかクイズとかメダルゲームとかを見ながら店内を歩いていると、奥のほうに彼女の目を引くものがあった。大きな画面の前に銃が二丁置いてある。結構派手なものに食いつくんだな、この子。


「ああ。これ、ゾンビぶっ殺すやつだ」
「ゾンビをぶっ……ぶっ殺す?」
「白石さん、ぶっ殺すとか言うの」
「い、いや」


初めて言っちゃった、と口を覆う姿の可愛らしいこと。その様子にドキドキしてしまうのと同時に、白石さんにとんでもない下品な単語を言わせてしまった背徳感に見舞われた。
こんな野蛮なゲームに興味はないだろうと思い素通りしかけた俺だけど、なんと白石さんの足がその場から動かない。画面を流れるゲームの映像をじっと見ているのだ。まさかとは思うが、やってみたいのか。


「やってみる?」


ゆっくりと顔を覗き込みながら聞いてみると、白石さんはこくりと頷いた。いいギャップだ。
手順があまり分からない彼女には、ゲーム内のナレーションが色々と教えてくれていた。が、どうも理解し切れていないようで、ゾンビが出てきては叫んで撃ち、出てきては叫んで撃ち、を繰り返す。この「叫ぶ」のところがめちゃくちゃ可愛いんだけど、女子特有の甲高くて耳障りなアレじゃなくて、ほんとに小動物みたいにピクッと跳ねて「きゃっ」て感じ。こんなのデートじゃん。どこからどう見ても俺ら、デートしてんじゃん。


「ひゃ! ゾンビ来てる!」
「撃って撃って白石さん」
「ううう撃ってるんだけど! やっつけられない! どうしよう」
「リロードしなきゃもう弾がないよ」
「りろーど」


銃撃戦を繰り広げるゲームは初めてらしい、リロードという単語も初耳のようだった。これは女子なら普通なのかな、分かんないけど。しかしだんだんとコツを掴んできた白石さんは百円玉を追加して、後半は思いっきり銃をぶっぱなしていた。ストレス溜まってんのかな。


「……はあ。疲れた」
「最後のほうノリノリでぶっ殺してたもんなあ」
「あ……アレは、ゾンビはゾンビの時点で死んでるんだから私がぶっ殺したわけじゃないと思う」
「あーあ、ぶっ殺すって言った」
「え、あ! 今の無しっ」


ついつい白石さんは俺につられて「ぶっ殺す」と二度口にしてしまった。その様子がおかしくて、また焦る白石さんも可愛くていいんだけど、心配ごとは増えた。このまま俺と一緒に居ることが、彼女にとって悪影響にならないだろうか?


「いいの? 俺とつるんでたらどんどん悪い子になるんじゃね」


言ってしまってからハッとした。誘ったの俺じゃん。答えにくい質問をしてしまった。
白石さんは俺の問いかけにしばらく黙っていたけれど、やがて「いい」と頷いた。


「今日は悪い子になってみたい日だから」


産まれてこのかた悪いことなんてしたことも無さそうな女の子に、俺は悪さを教えている。空が薄暗くなってきても帰らせようとせず、口の悪い言葉を言わせてる。彼女の親にとって一番最悪なのは、何処の馬の骨ともしれない俺が一緒に居る事実だろう。でも、本人がいいと言うのなら。


「……そ。じゃあゲーセンは必須だな」
「そうなの?」
「たぶん! 次行こう」


さんざんゾンビをぶっ殺した画面をあとにして、俺たちは同じビル内を散策し始めた。大きなレジャー施設になっているここは、ボーリングとかちょっとしたスポーツも出来たりするのである。


「おっ。ローラースケート」


そしてとあるフロアに来た時に、ローラースケートで遊べるスペースがあった。俺は中学の時以来やってない。白石さんはどうだろう。


「わあ。広いね」
「やったことある?」
「無い無い」
「じゃあやろ」


自分でも少し強引な気がしたけれど、俺は彼女の合意を得ずに「やろう」と言った。嫌がる気配もなかったし、なるべく多くの「初めてのこと」を体験してほしいと思ったから。しかも、ずる賢いことに俺は、白石さんの手を引いて一緒に滑るチャンスだと思ったのだ。


「……立てそう?」


両足ともローラーシューズをはいた俺は、久しぶりにも関わらず問題なく立つことが出来た。良かった、感覚を忘れてなくて。いっぽう初めての白石さんは椅子に座ったまま、どうやって立とうかと悩んでいる様子だった。


「立てない……」
「足首ちゃんと留めた?」
「た、たぶん」


白石さんは目指した限りだと、ローラーシューズをしっかり固定できていた。念のため(やましい理由はない、本当に念のため)屈んで彼女のシューズを触ってみる。大丈夫そうだ。俺は再び立ち上がると、思い切って手を出した。


「手、貸して」


目の前に差し出された手を見て、白石さんは目を丸くした。早く手を握るか、無視して立ち上がるでもいいから動いて欲しいんだけど。
白石さんは瞬きひとつせずに俺の手を見つめ、やがてその意味を理解すると火がついたように赤くなった。俺も一緒に赤くならないよう注意して、恐る恐る伸びてきた白石さんの手を握る。そして、決して白石さんの体勢が崩れないように、だけどちゃんと立ち上がれるように気を付けながらそれを引っ張った。


「……えーと……とりあえずゆっくりでいいからこっち」
「あ、う、うん」


無事に立った白石さんの手を、わざとらしくすぐに離してしまった。嫌な気持ちにさせていないか心配だ。でも、あのまま掴んでいたら俺の手汗がべったり付いてしまいそうだったから。

俺は先にスケート場の中に入り、白石さんが一歩一歩歩いてくるのを待っていた。ここまで一緒に歩くのも考えたけど、前述のとおり俺の手は緊張で汗をかいている。最初のエスコートは白石さんを立たせるだけに終わってしまった。
その後、白石さんは小股でこっちにやってきて、塀に手を置きスケート場に足を踏み入れた。


「わっ! すごく滑るっ」
「滑るための床だから」
「二口くんどうしてそんなに滑れるの!?」
「たまに来るから……」


前に来たの、中学生の時だけど。そこそこ運動神経のいい身体に産んでくれた親に感謝だ。
白石さんは塀から手を離すのが怖いらしく、ずっと隅っこのほうに立ってフラフラしていた。少し離れたところから「ここまで滑ってみて」と声をかけても、「無理」と首を振るだけ。これじゃ全然楽しくないだろう。最悪の遊びに誘ってしまった。挽回しなくては。俺は自分の服をギュッと握り、両手の汗を無理やり拭き取った。


「はい」


そして、もう一度白石さんに近付いて手を出した。
白石さんは両手で塀を掴んでいて、脚がぷるぷると震えている。もしかしたら俺の手を掴むのは無理かもしれない。それ以前に、俺なんかに手を取られて滑るのは本意じゃないかも? だんだんマイナスなことばかり浮かんできた、が。


「……はい」


諦めて手を引こうかと思った時、白石さんの白い手が、もう一度俺の手のひらに乗せられた。まるでスローモーションみたいにドラマチックな瞬間に見えて、喉から変な唸り声が出そうになる。それを誤魔化すのに何度か咳をして、俺は自らを立て直した。


「……おし。じゃー引っ張るから」
「え」


そこから先はローラーシューズの滑るまま、白石さんの両手を持って滑り始めた。緊張してるのか怖いのか、引っ張られた体勢のまま硬直して動かない。
けれど最初は硬かった身体からもだんだん力が抜けてきて、口を動かす余裕が出てきたようだ。


「わー! 滑ってる」
「滑りだしたら楽しくね? これ」
「楽しい! 自分で滑れたらもっと楽しそう」
「じゃあ自分で滑ってみる?」
「えっ」


なんとなく大丈夫かなと思えたので、俺は両手を離してやった。白石さんは少しぐらつきながらもそのまま進んでいく。自分でやろうと思えば滑れそうだ。とはいえ俺ももちろん隣を付いて滑ろうかと思った時、白石さんの身体が大きく揺れた。


「ふ、二口くっ、」
「やべ」


そこから先は咄嗟に手を出したものの間に合わず、白石さんがその場に転んでしまった。大変だ! ここの床は結構堅いし、白石さんは見るからに受け身を取れずに尻もちを着いた。相当痛いのでは。


「……ごめん! 怪我してない?」
「してないしてない! 大丈夫」
「よかったー……」


骨でも折れてたら彼女の親に顔向けできない。ただでさえ男と二人きりで、ゲームセンターなんかに連れて来てるのに。
しかし俺が胸を撫で下ろしている反面、白石さんは座り込んだまま爆笑した。


「あははっ、お尻いたーい!」


久しぶりに転んじゃった、と涙を流しながら笑う彼女はまるで白石すみれとは思えない。精神年齢が十歳くらい幼くなったのか? ってくらいに騒いでいるのだ。あっけに取られてしばらくその場に突っ立ってしまった。


「二口くん」
「へ、」
「立たせてほしい」
「あ! そうだ……ごめん」


おかげで転んだ白石さんを起き上がらせないまま時間が経っていた、情けない。
笑ってはいたが白石さんは相当強く身体を打っていたし、万が一にも怪我をさせるわけにはいかない。ローラースケートはもうやめよう。


「じゃあ次は……」


楽しめそうな他の設備が無いかなと施設内の地図を眺めていると、聞き覚えのある電子音が流れ始めた。着信音だ。白石さんの。
スマホを出した白石さんは、画面に表示された発信者を見た。俺は見ていないけど、誰からの電話かは簡単に分かる。時計を見れば一目瞭然だ。遊んでいるうちに、白石さんの門限となってしまったのである。


「……六時だ」
「うん……」
「出てもいいよ、電話」
「……」


一気に現実に引き戻されていた。俺も白石さんも。画面を睨んでいた白石さんだったけど、指をスライドさせるかどうか悩み抜いたのち、スマホを鞄に入れた。


「出ない」
「いいの?」
「うん」


それから、まだ着信音の鳴り響くそれを鞄の奥のほうへ押し込んでいく。やがて音は聞こえなくなった。


「……もっと二口くんと、こうしてたい」


着信音が切れたおかげで、白石さんの言葉は鮮明に俺の耳に届いた。俺はそれに対して何と答えるのが正解なのか、すぐには分からなかった。浮かれてるように見えるのは嫌だし、かと言って嬉しくない態度も見せたくない。超ときめいたから。


「……腹減った。なんか食いに行こ」


結局、ちょっと格好つけてこんなことを言った。腹が減ったのは事実だし。こんな落ち込んだ気分を上げるには、なにか食べるに限るのだ。

白石さんに「食いたいもんある?」と聞いたけど具体的には浮かばなかったらしいので、初めて二人で行ったファストフード店にやって来た。高校生にはなんだかんだココである。白石さんもファストフードに興味津々だったし。それに、数あるメニューから商品を選ぶ様子は楽しそうであった。


「おいしい!」
「よかった。味覚は一緒なんだ」
「一緒だよ。他の種類も食べてみたい」
「今度な」


ポテトに手を伸ばしながら、俺は自然と「今度」という単語を口にした。何も考えずに出た台詞だ。
これ、付き合ってるみたいな言葉だよな。何様って感じ。「今度」というチャンスが残されているのかも分からないのに。


「うん。また一緒に来ようね」


だけど、夢みたいなことが起きた。白石さんが笑顔で応えてくれたのだ。どうしよう。今、もしかしたら絶好の機会なんじゃないだろうか? 何って、告白の。でも俺たちはまだ数える程度しか会ってないし、白石さんがそういうつもりで俺と会っているのかは分からない。いや、きっと俺のことは嫌いじゃないだろう。むしろ好き、って思ってくれてる気はする。けど。


「……うん。また来よう」


へたれだな、と思いながらも俺はこれしか言えなかった。言い訳すると、他のことを喋ろうとしたけれど中断されたのだ。あの電子音によって。


「!」


白石さんの鞄から、着信音が鳴り始めた。さっき財布を出してから鞄を閉めていなかったらしく、音をかき消すことができていない。時計を確認すると、時刻は七時を過ぎていた。


「……俺から誘っといてあれなんだけど」
「うん」
「そろそろ帰るほうが……」


帰るべきだ。頭では分かっていた。門限なんて破らせるべきではなかった。どうせ帰らなけらばならないからだ。


「……うん。でも……」


それでも白石さんは首を縦には振らない。この場に留まっていたいと思っているのか、帰って怒られるのが恐ろしいのか。でも、帰りが遅くなるにつれて状況はどんどん悪くなるに違いない。


「家まで送るよ」


俺がそう言うと、白石さんは絶望したような顔でこちらを見た。帰るのが相当嫌なようだ。だけど帰さなくてはならない。俺が撒いた種だけど。


「……いい。ひとりで帰れる」
「そうは行かないって」
「大丈夫だよ」
「俺が怒られるべきだから」


ひとりで帰すには道が暗すぎる、というのは勿論だけど。白石さんは帰宅後きっと怒られるだろう。でも俺が居れば、親の怒りの矛先は俺に向くに決まっている。だから家まで送る、そこまで説明すると白石さんはようやく折れた。