07
奇形のハイで眠れない


学校と家との行き来、時々寄り道しては部活仲間とぎゃあぎゃあ喋るだけの毎日は、そんなに悪くない。こんな時間がずっと続けばいいと思っていた。大人になったらどうしようとか、そんなことを考えなくても済むからだ。

しかし同じことの繰り返しだったところへひとつ、ちょっとした刺激が加わった。「刺激」と呼ぶには物足りないが、毎日の生活にルーティンが追加されたのは確かだ。
朝起きてから、または部活が終わってから、そして寝る前などに新着メッセージを確認すること。主に先日会った女の子からのメッセージが届いていないかどうか、それを確認する作業であった。


『今日もお疲れ様でした』


白石さんからはほとんど毎日と言っていいほど連絡が来ていた。
というのも彼女からのメッセージに俺が毎回返信をしていたので、必然的にやり取りが続いていたのである。内容は大したことが無い。おはようとかおやすみとか、今日は休みだとか部活があるとか、どうでもいいことばかり。だけど特に苦ではなかったので、俺たちはずっと連絡を取り合っていた。


『そっちもお疲れ様でした』


今送ったのは、こんな文章だ。俺は特に話を広げる術を持たないし、なんと言ってもこんな性格なので、気の利いたメッセージは送れない。それでも白石さんが疑問形で返してくれたり、話題を変えてくれたりするので助かっている。


『今日はどんな練習をしたの?』


今回も白石さんが質問をしてくれたので、俺は今日の練習内容を答えた。代わり映えのしない日々の部活だが、彼女にとっては新鮮な話なのである。そして、俺も同じく白石さんの日常が新鮮だった。


『バイオリンって、どんな練習があるの?』


質問してくれたことに答えた後、俺も同じような質問を返すのがほとんどだけど。自分の知らない楽器の世界については少なからず興味があった、だからって何か楽器をやろうとは思わないが。学校外で楽器を習い、十七歳にして門限が午後六時に指定されるような女の子がどんな暮らしぶりをしているのかも、単純に気になるのだ。


『コンクールや発表会の曲目を練習したり。私のことなんて聞いてもつまらないと思うよ』
『楽器ができるだけで凄いと思うけど』
『小さい時から習ってるからだよ』


時折こんなやり取りをしていて思うのは、白石さんは自分がバイオリンをやっているのを大して誇らしいと感じていないのでは?ということだ。自ら望んで習っているわけではないんじゃ?
だけどいちいち学校帰りにレッスンに励んだり、重い楽器を持ち歩いているのは事実だ。何かしら魅力を感じていなければ出来ないだろう。


『私も思いっきり体を動かすようなこと、してみたい』


だから、白石さんが俺を羨むようにこんなことを述べるのも不思議ではあったけど、俺の考え過ぎかなと思うことにした。見たところ身体が不自由なわけでもないのだから、体を動かしたいなら自由にすればいいんじゃないかと。


「……で、練習試合が来週の土曜だから。場所はどっちの体育館になるか調整中」


そんなある日、マネージャーの滑津舞が次回の練習試合についてスケジュールの確認をしにやって来た。来週土曜はもともと練習試合が組まれていた。そういえば白石さんとの別れ際に言おうとして言えなかったんだっけ、門限がどうとかの話になったから。


「なあ。練習試合って誰か呼んでいいんだっけ?」


俺は視線を斜め上にやりながら言った。どうしてこんなに「どうでもよさそうな素振り」をしながら聞いているのかは自分でも謎だ。


「誰かって誰?」
「いやだから、誰か」
「だから誰」
「誰かだよ!」
「はあ? 誰よ」


俺の様子がよほど怪しかったのだろうか、滑津は俺を逃がそうとしない。誰だっていいだろこの野郎。だけど本当に「誰だっていいだろ」と突っぱねてしまったら余計に怪しまれるので、俺はまた視線をきょろきょろさせながら答えた。


「その、知り合いとか」


嘘はついてない。白石さんは知り合いだ。友だちと呼べるかどうかは微妙なところ。
ただ、前回会った時「男の子の友だちが居なくて」と言っていたので、向こうは俺を友だちと認識しているかもしれない。だとしたら彼女は知り合いじゃなくて友だちなのか。……考えてみたけれど、やはり微妙だ。
そんなことを考えながら眉間にしわを寄せていると、滑津も同じくしわを寄せて言った。


「なにいちいち聞いてんの。いつも勝手に来てるでしょ、部員の家族とか」
「そりゃそうなんだけど……ほら、他校のやつとか呼んでもいいのかなと」
「他校? 偵察させる気?」
「ちっっっがう」


どう言えば分かってくれるんだこの女。遠回しに聞いてる時点で察しろよ。いや、遠回しだから偵察を疑われたのか?だとしても主将の俺が他校のやつに偵察を許すわけがない。


「あ。狙ってる子でも居るの?」
「は」
「イイトコ見せたいだけならどうぞ」


とうとう滑津は勝手な解釈をしたうえで許可を出してきた。
こいつの発言には間違いがふたつある。ひとつ、俺は白石さんを狙っているわけではない。ふたつ、試合でイイトコロを見せるために呼ぶわけでもない。間違いだらけじゃねえか。


「……ッお前ほんっと下品な!狙ってねぇーよ!」
「あ、そう。まあ偵察じゃないならご自由に」


そこまで言うと滑津はよほど俺の交友関係に興味が無いのか、背を向けてさっさと歩いていった。
悔しいが俺の聞き方も悪かったのかもしれない、もう少しスムーズに平静を保つことが出来ていればこんな屈辱を味わうことはなかった。……というか、どうして白石さんを練習試合に呼ぶだけでこんなにあれこれ考えているんだろう。

その日の夕方は珍しく、白石さんから連絡が来る前にトーク画面を開くことになった。送る文章はしばらく悩んだけれどいったん内容は伏せて、予定だけを聞くことにする。


『来週の土曜日、昼から空いてますか』


週末の予定を聞くなんて俺は白石さんの何なんだと思ったが、よくよく考えればバレーの練習に興味を示したのはあちらのほうだ。俺が率先して誘ったわけじゃない。はず。


『何かあるの?』


白石さんからの返信はこうだ。土曜日の午後が空いているかいないか、に対しては返答がない。俺はここで焦ってしまった。もしかして誘われるの、嫌だった?予定を聞かれるの、ウザがられてる?


『うちで部活の練習試合することになったんだけど、暇だったら来ないかなって。前に興味ありそうだったから』


俺の焦りはそのまま文章の長さに比例してしまった。無理やり誘おうとしているわけじゃなく、あくまでも白石さんが興味がありそうだったから声を掛けているのだという見苦しいアピール。送信してから読み返してみると、動揺しているのが丸分かりだ。

そして、あろうことか白石さんからの返信が途絶えてしまった。既読にはなっているので読んでいるだろう、けど、もしかして本当に嫌だったのかな。バレーボールに興味がある素振りは社交辞令?普通に落ち込む。人間不信になりそう。

気分が落ちたまま電車に乗って帰宅して、適当に宿題を終わらせて夕飯を食べて、何か面白いテレビ番組でもやっていないかとリモコンに手を伸ばす。と、手元にあったスマホが震えた。画面に表示されたのは白石さんの名前。それが目に入るが早いか俺はスマホを手に取ってロックを解除し、届いたメッセージに目を通した。


『行く!!』


すっごく短い、だけど結構テンションの上がるメッセージ内容。びっくりマーク、二個も付いてるじゃん。よほど来たいってこと?
この返信があるまでに俺の気持ちはもやもや不安定だったので、同じくびっくりマークを二個使用して『是非!!』とでも返したかったのだが。そんなキャラでもないので格好つけて『じゃあまた詳細送ります』なんて味気ないことを送ってしまった。