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『すみれ、やったじゃん』


その夜、翔陽から電話が来た。
なんとなく嬉しそうな声で話していたので祝福してくれているというのが伝わってくる。

そう言えば翔陽には、烏野に来てから私が影山くんの事ばかり話しているのを見抜かれていたのだった。


「…翔陽すごいね。私が影山くんの事好きなの、気付いてたんだ」
『んー、幼馴染のカンてやつよ』


なんということだ。私は音駒との練習試合が終わった時にやっと、彼を好きだと気付いたのに。
翔陽は勘付いていたのだという。


「私、つい昨日まで自覚無くてさあ」
『ええ?影山カワイソ』
「え、なんで」
『影山はもうちょい前から好きだったと思うけど』
「………」


何でこういう事は目ざといんだろ?そう言われてしまうと気になって仕方が無くなってきた。
こんなの聞いたら引かれるかなあ、いつから私の事が好きだったの?なんて。

私よりも影山くんと過ごす時間の多い翔陽に、ついつい合宿中の影山くんの事などを聞きまくって久しぶりに長話をした。





翌日、朝練に行くと影山くんはすでに体育館内にいた。

相変わらず練習熱心で、きっと初めて会った時からの上達ぶりも凄いのだろう。
これからマネージャーとしてだけでなく彼女として過ごせるなんて信じられない。


「おはよう」


声をかけると、影山くんはちょっとだけ私の顔を見て、うーんと唸った。


「…どうしたの?」
「昨日……」
「昨日?」
「電話したんだけど」
「…私に?」
「ずっと話中だった」
「!!!」


昨夜はずっと翔陽と電話していたのだった。

影山くんの話に始まり、バレーの話や宿題の話、その他もろもろ。まあ8割がた影山くんの話だったけれど。


「ごめん、電話くれてたなんて」
「日向と喋ってたのか」
「うん…」
「…なら、いいけど」


影山くんはネットをぎゅっと縛るだけで、全然こっちを向いてくれなかった。

まさか、まさかとは思うけれど嫉妬しているのだろうか。それとも単に怒っているのだろうか。


彼氏を差し置いて他の男と長電話なんて、一般的に考えたらあまり良くない事だ。

昨日影山くんは「彼女が居たら他の女の子と連絡なんか取らない」と言っていたし、そういう価値観の人なのだと忘れていた。


「ごめん、つい話し込んでて」
「謝らなくていい。多分俺がおかしい」
「へ?」
「…いくら幼馴染だからって、俺より日向のほうが白石の事知ってるなんて悔しいって思ってる」
「え!?」
「これって俺がおかしいよな?」


やっと私を見たと思えばすごく真剣な顔だった。

影山くんは真っ正面から向き合われた事があまり無いと言っていたので、この疑問は彼にとっては答えを探すのが難しそうだ。

私も男の子の気持ちなんて分かるほど恋愛経験豊富ではない。
けど、今影山くんは、つまり、翔陽に嫉妬しているのだ。


「お…おかしくないと思う」
「ん?」
「だって私、いま嬉しいもん…」
「え…」
「オーーース影山!!っとすみれ!」


そこへその幼馴染がやって来て、私たちの会話は途絶えた。
なんだか恥ずかしい空気だったのである意味良いタイミングで入ってくれたかもしれない。


「朝からうるせえ」
「うるさいのが取り柄!」
「おはよー」
「おおすみれ、そういや昨日うちの妹がさ!」


翔陽の妹には何度も会っている。
ある時期までは家を行き来する仲だったんだから当たり前だけど、ここでいま私と翔陽にしか分からない話をするのはちょっとよろしくない気がする。

やっぱりタイミング悪い。
影山くんからの何か言いたげな視線が痛い。


「…翔陽!」
「ん」
「私、用意しなきゃだから」
「お?おー」


マネージャーとしての仕事を盾に、その場を逃れる事に成功した。


朝練が終わり、授業が始まる頃。

部員もマネージャーも着替えて教室へ向かう中、影山くんに腕を引っ張られた。


「わ、」
「…オイ」
「はい…」


ただならぬ雰囲気をかもしている彼に、もしやそんなに翔陽に嫉妬しているもしくは怒っているのかという恐怖を感じた。
それか私に対しての怒りなのか。

ああいけない付き合って2日目にしていきなり怒らせてしまったのか私は。

観念して次の言葉を待っていると、影山くんは短く言い放った。


「昼」
「はい?」
「……昼!一緒に!食いませんか」
「…え……」
「え じゃねえ!ハイかイイエ」
「は、ハイ。」
「じゃあ後で」


そう言うと私の腕を離し、影山くんは自分のクラスへ戻っていった。

昼休憩、一緒にご飯を食べるのを誘われた。
彼氏に。
身体が宙を舞いそうだ。


…私と翔陽に怒っているわけじゃなかったのかな。影山くんは落ち着いているから、すごく心の広い人なのかも。


そんな事を考えながら教室に入ったと同時にスマホが震えたので、開いてみると影山くんからのメッセージが入っていた。


『日向は連れてくんなよ』


影山くん。

さっきまで一緒にいたのに。

昼休憩まで待ちきれません。





待ちに待った昼休憩、お弁当を持った私は席を立った。


「どこ行くの?」


いつも一緒に食べている友達に声をかけられて、エヘヘと濁すと「ふーん?」と言いながら送り出してくれた。
烏野高校って、人に恵まれた地だな。


あらかじめ影山くんが指定した場所、そこは食堂を超えた少し奥のほうにあるベンチだった。

自販機なんかも近くにあるのに、食堂の裏側のせいかあまり人が来ないのだと言う。


「…お待たせしました。」
「ん」


すでに影山くんは座っていてストローでいつものお気に入りを飲んでいる。隣に腰を下ろし、私もお弁当を広げた。


「こんなとこ、よく知ってたね」
「…一人が好きだから。入学したばっかりの時、ふらふらしてたら見つけた」
「そっかあ」


一人が好きなんだ。
一人が好きなのに私を誘ったんだ。

嬉しさと心配は同時にやってくる。


「…一人がいいのに、私がいても良いの?」


こんな事聞いて何になるんだろうと思ったけれど、わざわざ「一人が好き」と言うって事は何か意図があるのではないかと。


「…は?」
「ひ…ごめん変な事聞いて」
「一人が好きなのと、彼女と居るのは別のハナシじゃねえの」
「えっ」
「いただきます。」


影山くんは黙々と食べ始めた。
これは、安心して良いってことだよね?

私も「いただきます」をして、二人でお弁当を食べた。食べている間は無言だったけど、不思議と気まずくはなかった。


そして、食べ終わったころ。
影山くんはごそごそとポケットを漁り小銭を出して、近くの自販機でまた飲み物を買ってきた。


「やる」
「えっ!?」


しかも、私のぶんまで。固まっている私の胸元にそれを押し付けてきたので、受け取った。


「…ありがとう」
「なんか変な感じすんな」
「へん?」
「最初は白石の事が嫌で嫌で仕方なかったのに」
「うっ」
「…まあ俺のせいなんだけど」


ストローをぷす、とさして影山くんが飲み始めた。私ももう一度「いただきます」と言って同じように飲み始める。

影山くんのお気に入りを共有できるのはとても嬉しい。美味しい。


「こうなれたのは翔陽のおかげかなあ」


翔陽が烏野に行くと言わなければ私はここには居ないし、翔陽がボールに喰らいつかなければ影山くんとのコンビネーションは無かった。

そうしなければ、私と影山くんとの接点もぐんと少なくなっただろう。


「…日向の事は名前で呼ぶんだな」
「まあ、幼馴染だから」
「日向も白石を名前で呼んでるな」
「幼馴染だから……変かな?」
「チガウ。分かれよ」


サーブの狙いを定めるかのように、影山くんの鋭い眼光が私を貫いた。

どくんと心臓が跳ねる。
まるで倍に膨れ上がったかのように、どくんどくんと激しく動く。

うるさい、苦しい、混乱して影山くんの言う事が理解できない。
できている、けど。


「影山飛雄」


影山くんが自分を指差して言った。


「……白石すみれ」


続いて、私を指して言った。


「分かれよ」


分かった。
下の名前、呼べよって事を。


「…とび…と…とびゅお」
「オイ」
「ごめん!とびお!くん」
「よし。」


呼べと指図しておきながら影山くんは照れたのか、すでに空になっている紙パックをじゅるると音をたてて吸い上げた。
大きな耳まで赤くなっている。

影山くん、本当に私の事が好きなんだ。


「…あのー、私も…呼んでもらえたり…」
「すみれ」
「!!」


呼び捨て!された!

好きな人に好きな声で好きな顔で私の名前を呼び捨てにされた。なんて気持ちが良いんだろう。

あまりの驚きに心臓をついに串刺しにされたかのような苦しさが襲ってきた。


「…これ…苦し…心臓に悪い」
「はあ?」
「好きな人に名前呼ばれるなんて初めてで…」
「…そうでなきゃ困る」
「なッ」
「でもこれから毎日呼ぶから」
「ええっ」
「そっちも呼べよ。すみれ」
「はっ……い」


影山飛雄。

中学3年の、初めてのバレーボールの大会で幼馴染の夢を砕いたコート上の王様だ。

幼馴染は夢の破片をかき集め、王様へのリベンジを決め練習に励んできた。私はその王様の美しさに目を奪われた、と、思っていたのに。


その時すでに、心まで奪われていたなんて。王様の心を、私も奪い返していたなんて。


烏野高校1年生、まだまだ5月の暑くなり始めたころ。
夏に向かうと同時に、私たちの心もだんだんと熱を帯びていくのだった。


20.心の奪い合いを制する者