20161205


学校の近所にある、いつもよく行く個人経営の小さな食堂。
そこは店主が梟谷の卒業生。母校贔屓の「梟谷の生徒は100円引」などのサービスがあるため、毎週土日には部活帰りにバレー部の皆んなで利用している。


「バレー部一行いらっしゃいましたー」


そこの看板娘をつとめるすみれさんは店主の姪っ子で、梟谷ではなく近所の別の高校に通っている。土日に手伝いでよく来ているのだ。
同級生なんだけど、店主の姪を呼び捨てたりする度胸も無く微妙に「すみれさん」と呼んでいる。


「すみれちゃん俺ね、今日のおすすめね!」
「今日のおすすめは…おじさんがじっくりコトコト煮込んだビーフシチューです!」
「うーまーそー」
「寒いし温もるメニューがいいな」


12月に入り北風の強さは増す一方で、寒がりらしい小見さんもビーフシチューを頼むようだ。
俺は何にしようかなと壁にかかっているメニューを眺めていると、視界をすみれさんに遮られた。


「赤葦くんのは決まってるんだよ」
「……え?」


俺の料理は勝手に決められているらしく、すみれさんが鼻歌を歌いながら厨房へ下がっていった。どうやら注文の受付を拒否されたようだ。


「何々?赤葦トクベツ?」
「さあ…」
「まあ良いんじゃね。何でも美味いじゃん」
「そういう問題ですか」


雑談しながら待っていると、だんだんメンバーへ料理が配られていく。
俺にはいったい何が出てくるんだろうなと思っていると、きた。きたきたきた。なんだか物凄く大きな鉄板に大きなお肉が乗ってじゅわじゅわ音がしている。つまり超ド級のステーキ。


「えーーー!?」
「赤葦ずるくね?」
「ずるくありません!今日は赤葦くん誕生日だから!」
「…え」


誕生日。そういえば誕生日だった。数日前まではなんとなく覚えていたけれど、部活ばかりで忘れてた。


「そうでした。誕生日でした今日」
「忘れてんのかよ」
「じゃあ俺にくれ!」
「だ……ッダメです赤葦くんのですから!」
「えーーいいなー」


俺の前に置かれた肉厚のステーキを物欲しそうに眺める木兎さん、いや木兎さん以外も興奮している。高校生がこんな立派なお肉を食べることなんか少ないからな。
そこへ店主が残りの料理を運んできて言った。


「横取りはやめてやってよ、すみれが赤葦のために作ったんだから」
「へ?」
「ちょ!!おっ!待っ」


ちょっとおじさん待って!…と言おうとしたらしいすみれさんはみるみるうちに赤面し、俺も自分が赤くなっていくのを感じた。

女の子が俺のために料理を作ってくれた。
俺の誕生日に。
心臓あたりがむず痒い。


「赤葦の誕生日探るのに俺も苦労したわ〜」
「おお!そういやいつだったか聞かれたわ!すみれちゃんの差し金っすか店長!」
「やめてーやめてええ」
「ほれほれ冷めるから皆食え食え」


店主は豪快に笑いながら去っていくと、俺たちとすみれさんだけが取り残された。
木兎さんをはじめ他の人たちは「ステーキいいなあ」と喋りながらも空腹なので自分たちの料理を食べ始める。俺も食べなきゃ。


「いただきます。」
「ど、どうぞ」


こんなに分厚い肉は食べた事が無いなあと思いながらナイフを入れるとすんなり切れた。やわらかい。テレビで見るように、肉汁がじゅわっと溢れている。ムービー撮りたい。
まずは一切れ口に運ぶと、やっぱり柔らかくて味もしっかり付いていて、一言で言うなら、そう。


「…おいし」
「本当!?」
「うん。びっくりした」
「赤葦ひとくち!」
「嫌です」
「えーーーー!?」


ブーイングには聞こえないふりをして黙々と最後まで平らげた。その様子をすみれさんがちらちら見ている事には気付いていた。

食べ終わると食後のドリンクまで出されて(これは全員にサービスされた)ますます今後とも贔屓にしなくては。


「何で赤葦だけ誕生日スペシャルあんの!」
「知らないです」
「いやお前。あれだろ。絶対あれだよ」
「どれだ!」


過去何人かの誕生日がスルーされたにも関わらず俺だけ事前にリサーチされており、サプライズですみれさん自らのサービスメニュー。
恋愛上級者の木葉さんにとっては朝飯前の問題だ。


「赤葦さすがに感じるよな?」
「…俺は確信が持てるまでそういう事は言わない主義です」
「カッコよし男かよ」


そこで突然、店内が暗くなった。ざわめく部員たち。俺も一瞬「停電かな」と思ったけれど、そうでは無い事にすぐに気付いた。


「ローソクどこ!火つけるの忘れてた!」


というすみれさんの慌てる声が聞こえてきたから。そして再び電気がついて、数十秒後にまた暗くなった。
俺たちは小声で作戦会議を開始した。


「…これ気付かないフリするべき?」
「そうですね。そうしましょう」
「おっけおっけ。木兎黙っとけよ」
「俺!?」
「木兎さん静かに」


さすがの木兎さんも空気を読んで大人しくなると、店主の低い声でバースデーソングのアカペラが始まった。


「……ンッ!ゴホン!ハーッピバースデートゥーユー」


その場の誰もが「お前が歌うのかよ」と思った事だろう。店主の気持ち良い歌声が響く中すみれさんがゆっくりとそれを運んできた。
机の真ん中、俺の目の前に置かれているそれは紛れもないバースデーケーキ。


「すげえぇでけえ」
「さあ!一息でお願いします」


すみれさんの声に頷いて、ロウソクすべてが消えるように一気に息を吹きかけた。一息では無理だったのでこっそり二息目も吹きかけた。


「17歳おめでとうございまーす」
「あかーしオメデトー」
「電気つけて電気」


店主が電気をつけてくれて、ぱっと明るくなったそこにはやはり特大のケーキが置いてあった。
ちゃんと「あかあしくんおたんじょうびおめでとう」とチョコレートが乗っている。


「すご…ありがとうございます」
「いやコレはねすみれがね徹夜でね」
「うわああ駄目ーー」
「すみれの手作りでね」
「おじっおじさぁぁぁん」


身内の裏切り告白を一生懸命阻止するすみれさん。続いて更なる裏切りを木兎さんが放った。


「なに!徹夜で手作り!?」
「木兎さんんんん」
「何で赤葦だけー俺の時は無かったのにィ」
「いや、あの、赤葦くんの誕生日しか知らないから」
「赤葦の誕生日だけでいいって言ってたろ」
「おじ!さん!」


何やら騒がしいけれども俺は目の前の素晴らしいケーキをずっと見ていた。
だってデパ地下で売られているような豪華なデコレーションに、クリームの形までとても綺麗で、フルーツはコーティングされてキラキラしている。


「……これ手作りなの?」
「うん…で、でもお母さんがパティシエだから手伝ってもらったんだけど」
「いや、でもすごい。ちょっと感動した」
「ほ…本当??」


すみれさんの笑顔が苺のコーティングのようにキラキラし始めた。

特別に料理を用意したり俺の誕生日だけを探っていたりそんなに分かりやすいほど反応されたりすると、さすがに俺だって悪い気はしない。
これだけですみれさんに好意を持つには充分な内容だった。


「食べていい」
「も…もち!」
「赤葦後が詰まってるから早くな〜」
「分けるなんて言ってないですけど」
「えっ独り占め!?」
「嘘です。…悪いけど切り分けてもらえる?」
「はい!」


すみれさんが厨房に引っ込んで、取り皿と包丁を持ってきた。上に乗ったチョコレートのプレートはまず俺の皿に乗せられて、まん丸いケーキが等分されていく。
切られた中で一番大きなケーキを与えてもらい、あとはそれぞれの前に配膳された。どうせ一人では食べきれない量だけどちょっと勿体無い。


「じゃあ赤葦くん最初にどうぞ」
「いただきます」


ケーキなんて久しぶりだなと思いながらぱくりと一口。

あ、お店の味だ。コンビニとかスーパーのじゃなくて、お店で食べるケーキだ。


「…おいしい」
「わーー!」
「ヨカッタねすみれちゃん」
「よ、よかったっす…!」


何と言えばいいのか、甘いんだけど控えめな甘さで生クリームもどっぷりしてないし、さっぱりしてて、すいすい口に運べる感じ。さすがパティシエの手を借りながら作っただけの事はある。

徹夜までして。俺の誕生日のために。
あ、好きになっちゃいそうだ。


「赤葦!なんかお返ししなきゃいけないんじゃねーの?」
「…珍しく同意見です」
「お返しなんていい!やりたかっただけだから!もう満足だから!自己満だから!」
「じゃあ俺の自己満にも付き合ってくれるよね」


ポケットから携帯を取り出して、机の横に立つすみれさんを見上げる。
赤くなってる。こっちが恥ずかしくなりそうなほど。


「連絡先と誕生日教えて」
「!!!」
「オイおじさんの前で口説くなよ赤葦」
「いいよいいよ梟谷の生徒なら」
「ありがとうございます。…誕生日いつ?」


俺が聞くと、すみれさんは答えに迷っているようだった。
自分の誕生日くらいぱっと言えばいいのに、恩着せがましいと思われたくないのだろうか。不思議に思っているとすみれさんがやっと口を開いた。


「……明日」


予想外の回答。


「トゥモローーーー!!」
「木兎うるせえ」
「明日はここの手伝い入ってるの?」
「明日は、ない…お母さんが…ケーキ作ってくれるの食べる」
「いつ?」
「夜」
「午後は空いてるんだ」
「あい、てる」
「じゃあ決まりで」
「え?」
「明日、俺の部活が終わったら会おうか」


すみれさんの顔がぱあっと明るくなった。
と思ったらまた赤くなってしまい俯いて、かと思えば目の焦点が合わなくなってキョロキョロし始めて、最終的に「明日連絡します!!!」と言いながら厨房に引っ込んでいった。この子、一緒に居たら楽しめそうだ。


「赤葦!おまえ明日は俺とシューズ見に行くって言ってただろー!ドタキャンか!」


そういえばそんな約束をしていたような気もするけれど、シューズなんて一人で見に行ってくれればいい。今この会話を真横で聞いていたくせにそんな気も効かないとはさすがうちのエース。


「木兎さん。俺、これまで何度かお伝えしたと思いますけど」
「んお?」
「空気読みましょう」
「ぬぁーーー!!」
「木兎が悪い」
「ああ木兎が悪い」


去年もその前もそのまた前も、部活で男に囲まれての誕生日だったけれどやっと俺の人生もきらきらにコーティングされてきた。
明日、どんなお返ししようかな。
すみれさんの好みを店主にこっそり聞いておこう。

Happy Birthday 1205