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ぼくらが知る罪のすべて


このように精神状態が悪い時、俺はそれがプレーに表れるほうだ。
集中出来ずにいい結果が残せないのが大半であるが、時々上手くいく事もある。今回の俺は、白石さんの演奏会を断ってしまった事について割り切る事に成功した。もちろん練習試合の間だけであって、ユニフォームを脱いだ途端に罪悪感でいっぱいになってしまったけれど。皮肉な事に練習試合は無事に勝利し、俺自身も特にミス無く終えられたのだ。誘いを土壇場で断ったのだから、勝たなければ示しがつかないし。

とはいえ白石さんに練習試合の結果をわざわざ報告するつもりは無い。もちろん聞かれれば答えるけれど、自ら話題に出していいものか分からないから。
それに、どの面下げて「土曜日の試合、勝ったよ」と言えばいいのやら。土曜日はもともと吹奏楽部の演奏会に行くのが先約だったというのに。

当然のように憂鬱な週末を過ごしたが、容赦なく月曜日が訪れた。土曜日に練習試合を行った俺や太一は日曜日がオフだったので、各々勉強したり自主練をしたりして過ごした。部屋の中でじっとしておくなんて無理だった。少しでも「何もしない」時間があると、白石さんの悲しそうな顔を思い浮かべてしまうのだ。
教室に入ると、白石さんは既に自分の席に着いていた。別段おかしな様子は無い。元気そうなら良いんだけど、ドタキャンしておいてその後のフォローを入れないのは自分の気が済まない。


「おはよう」


早い方がいいと判断した俺は白石さんに声をかけた。顔を上げた白石さんは一限目の宿題を見直そうとしていたのか、ノートを開いている。


「……あ。白布くん、おはよ」
「一昨日はごめん」
「いいよそんなの」


俺の顔を見ても、声を聞いても暗い表情は見せない。本当にもう「いいよ」と思っているのだろうか。俺が急にキャンセルしたせいで調子が狂ったりしなかった? さすがにそれは自意識過剰だろうか、でもかなりショックを受けているように見えたから。


「演奏会はどうだった?」


俺自身せっかく行きたかった演奏会だ。どんな内容だったのか、白石さんがどんな感じで演奏したのかは単純に気になる。もし話して貰えるなら教えてほしい。
俺は少しホッとしていたのだ。白石さんが思ったよりも平気そうな顔をしている事に。


「普通普通。定期的にやってる事だし」


だけど、白石さんはこう言うだけであまり詳しくは話してくれなかった。俺は演奏会に行った事がないから、その「普通」がどんなものかを聞きたかったのだけど。



そのまま一日を終え、白石さんとも会話のタイミングが無いまま放課後を迎えた。白石さん自身が目に見えて暗いわけでもないし、俺が蒸し返すのもなんだかなあと思ったので、その後演奏会の事には触れずに過ごした。定期的に行っているのであれば、次また行けば良いんだし。


「白布くんと川西くん、来れなかったんだね。残念」


部室に行く前に太一と合流したところで、隣のクラスの女の子が話しかけてきた。確か、比較的白石さんと仲の良い子だ。そしてこの子も吹奏楽部。俺たちが演奏会に行く予定だったのを、白石さん伝いに聞いていたものと思われる。


「……うん。ほんと申し訳ない」
「いーのいーの。私はいつも通りな感じだったからさ」
「毎回同じ内容なの?」


すかさず質問をしたのは太一だった。彼が的確な質問をする事には時々びっくりさせられる。そう、毎回同じ内容なのであれば、次回の演奏会を見に行く事で少しは償われるんじゃないかと思えたのだ。


「プログラムは時々変わるんだけど、メンバーがね。入れ替わりがあるよ、特にソロパートなんか」


それを聞いて俺は少しの緊張を覚えた。白石さんは常にホルンのソロパートを狙っていたから。しかし、それを知らない太一は質問を続けた。


「へえ。一人で吹くのって、結構大変な事なんだっけ?」


残念ながら吹奏楽部には興味の無い彼なので、何も知らずに聞いたのだと思う。俺だって白石さんとの関わりがなければ、一人で演奏する事へのこだわりや大変さなんて知る由もなかった。が、部員の女の子は親切に答えてくれた。


「そりゃもう緊張すると思うよ!私はまだ経験ないんだけど」
「そっか……」
「すみれなんか初めてソロパート吹いたからドキドキだったんじゃない?」


一瞬で俺の思考が停止した。
今のは聞き間違いか? そうであってほしい。だけど恐らくそうじゃない。白石さんがソロパートを吹いたという驚くべき事実が、その子の口から告げられた。


「……白石さんが、ソロで吹いたんだ」
「え? うん」
「それって前から決まってた?」
「今月のアタマくらいかなあ」


そんなの全く知らなかった。そうならそうと事前に言ってくれれば良かったのに。いや、もしかしたら当日俺を驚かせるために黙っておいたのでは?
だとしたら全てが繋がる。白石さんが俺を誘ってきたのも今月の上旬だし、執拗に「絶対来てね」と念を押してきたのも納得だ。俺はとんでもない事をしてしまった。本意じゃないとはいえ。


「賢二郎」


太一に呼ばれてはっとしたものの、俺の口からはなかなか言葉が出てこない。呆然とする俺を不思議そうに眺めている女の子が居たが、見かねた太一がうまく対応してくれた。


「あー、ごめん。今回は無理になっちゃったけど、また絶対行くから」
「だから大丈夫だって。そっちの試合、また応援いくね」
「よろしく」


ひらひらと手を振る太一に倣い、俺も感情のこもらないまま手を振った。その間も頭の中ではぐるぐると、これまでの辻褄を合わせるために色んな事を考えた。そうして行き着いたのは、どうしようもなく残念な事。


「そういう事か……」
「何?」
「白石さんが、俺を誘った理由」


演奏会に誘ってくれたところまでは普通だった。それからというもの白石さんは当日を楽しみにしているようだった。何故そんなにしつこく確認してくるのだろう、と疑問に思っていたけれど。


「一昨日は白石さんが、初めてホルンをソロで吹ける日だったんだ」


俺たちは以前、確かに約束した。俺はインターハイまでにレギュラーの座を奪う事。白石さんは、いずれソロパートを任されるようになる事を。約束を果たす姿を見せるために、一昨日の演奏会に誘ってくれたのだ。