13
いつか完全な狡さになるまで


好きな人が出来て、仲良くなってから付き合うまでの台本があれば楽なのになあと思う。台本を与えられたところで、この世の人間全てに当てはまるのかと言われればそうじゃないけれど。
少なくとも俺たちの経緯は誰もが真似したくなるようなものじゃない。でも他の場所で違う出会い方をしていたなら、きっと今のように唇を重ねている事は無かっただろう。


「……どっか行く?」


次に唇が離れた時、すみれが言った。


「どっかって?」
「ホテルとか」


恥じらいもせずそういう名詞を出すのももう慣れた。確かに今は大学の誰も居ない教室で、とても性行為に適した場所とは思えない。でも今から都合のいいホテルを探して移動して仕切り直しなんて、無理に決まっている。


「待てないだろ、どうせ」


俺も待てないけど。ようやく何も気にせずすみれとひとつになれるのに、待てるわけが無い。
すみれもニヤリと笑みをこぼして頷いたので、恐らく同じ気持ち。それに先程から続けているキスはだんだん激しくなっていたし、すみれの手は俺の服を脱がしにかかっていたし。移動するつもりなんてさらさら無いのだろうと思えた。


「乗って。ここ」


椅子に座った俺の上に乗るよう伝えると、すみれは素直に寄ってきた。
長い脚を駆使して向かい合うように俺にまたがり、どちらからともなくまたもやキス。ただ、すみれはその間にも俺の服を引っ張るので、仕方なく上半身のシャツは脱ぎ捨てた。その代わり、彼女にも似た姿になってもらわければフェアじゃない。


「ん、」


俺がすみれの服を脱がそうとすると、すみれが少しだけ身をよじった。俺は気にせず服を胸の上まで押し上げ、背中に手を回して下着のホックを外した。ふたつの胸が現れ鷲掴みにしてみると、弾力のあるスライムみたいに形を変えていく。


「ぁ……っふ、ゃ、ッ」


すみれはじんわりと汗をかき始めていた。胸の柔らかい部分を優しく揉んで、人差し指で突起を何度かかすめる。だんだんと硬くなってきたそれを摘まれたり、時には押さえられたりするのが好きらしい。


「ぁ、ぁあ……っ!」


今も両方の突起を軽く摘んでみると、艶やかな声が惜しげも無く響いた。更にすみれの腰は次第に上下に動き、ふくらんだ俺の股間に自身の股を擦り付け始めている。漏れている喘ぎ声は、胸への刺激だけが原因では無いようだ。


「わざと? コレ」
「ひぁ、ッ」


腰を抱き寄せるように近付けて強く擦り付けてやると、すみれはビクンと仰け反った。そんなに俺が欲しいのかよ、って思うのは自意識過剰だろうか。


「入れていい?」


耳元で低く囁くと、すみれは身震いしながら頷いた。言っておくがわざと低い声を出したわけじゃない。余裕が無いからこういう声になっているのだ。
すみれは一度立ち上がると下半身の服をすべて取り払った。その間に俺も下着とハーフパンツをずらし、挿入の用意をする。再び俺に跨ろうとするすみれのそこに軽く手を当てると、驚くほど準備万端であった。


「……びしょびしょじゃん。全然馴らしてねーのに」
「しょうがないじゃん……、」


そう言いながらも椅子に座る俺の前に立ち、ゆっくりと腰を降ろしてきた。すみれの手は何も言わなくても俺の下半身に触れ、自らの穴に当てている。するとちょうどいい場所が見つかったのか、今度は俺の両肩に手を置いた。


「そのまま降りてきて」
「うん……っ」
「ゆっくり……」


とは言ったものの、すみれの動きは俺が思っていたよりもゆっくりだった。すっかり濡れているくせに入口に留まり、少し入れただけで深呼吸をしている。久しぶりのセックスじゃあるまいし、しかもどちらかと言えば性に奔放なくせに。
待ちきれなくなった俺はもう予想がつくだろうが、すみれの腰を両手で固定した。俺の力ですみれの身体を動かすためだ。


「おせーよ」
「ぇ、ッああぁ……!」


強めの力で腰を押さえ付けると、すみれは一気にその場に座り込む形になった。俺と向かい合わせの状態で、俺の股の間に。座った状態で対面でのセックスは初めてだけど、女子にとってはこんなに気持ちいいものなんだろうか。すみれは奥まで突き上げられた衝撃で、まだがくがくと震えていた。


「ぁ……ぁ……っ、は、ぁぅ」
「声でけえ……」
「だって、っ!」


今日はすみれに余裕があるとか無いとか気にせずに抱いてしまいたい。まだ何か文句を言いたげだった彼女の腰を持ち上げ、またズシンと奥へ突き刺すように上下させるのを繰り返した。


「ひぁ、あ! やっ、ぁう! だ、だめぇ、」


耳を疑うような甘い声と激しい水の音。というか、肌と肌のぶつかりあう音。しかもすみれの中は驚くほどぬるぬるなのに、ただ滑らかに滑っているわけではない。俺の下半身を絡めとるように、絞り出そうとするように締まるのだ。
気を抜いたら達してしまいそうだが、まだ終わるわけにはいかない。


「あ、ぁ、ッ!?」


俺はすみれを上下させるのをやめ、一番深いところをごりごりと抉るように押し付けた。背中を反らして俺から離れようとするすみれだが、もちろん離さない。今度はすみれの下半身を、中のあらゆる箇所に刺激が与えられるように前後に動かした。


「や……っ そ、れ……あ、奥、も、むり」
「……すみれ。ちゅーして」


すみれが開きっぱなしの口をぱくぱくさせているのは、あまりにも視覚的な快感が大き過ぎた。片手ですみれの後頭部をおさえ、今にも唾液の垂れそうな口元に口付ける。すみれは息をするのも苦しいようで、時折とても激しい息が漏れた。


「ん……ん、ぅ、っは」


舌と舌とを絡めようとするせいで、ついにどちらかの唾液が流れ始めた。更に息苦しそうなすみれの表情が見えるけど、やめようとは思えず。もっと歪んだ顔を見てみたいって思ってしまう。だから俺の下半身は自然と動きを速めたのだった。俺の上に座るすみれを、下から何度も突きたくなったのだ。


「んぁ、! ぁ、ん、ふぅ」


しかし、やっぱり対面での座位はすみれも慣れないみたいで。俺の動きに自分の動きを合わせるのも、なんだか難しそうに感じてきた。


「やりにくい?」
「ん……ちょっと……」
「おっけ」


よく考えたら俺が逆の立場だとしても、恐らく難しいだろうと思う。最初はかなり気持ちよさそうだったけど、長続きしないのかも。
俺は一度すみれを立たせてから、そばにある長机を使う事にした。これなら何度か経験があるから大丈夫だろう、机はその為の道具じゃないけれど。


「背中痛くね?」
「大丈夫だからっ……早く、もう」


念の為聞いてみてやったのにココが机の上である事なんてどうでもいいようだ。そんな事より早く入れろと言うように、すみれは仰向けのまま腰をくねらせる。
思わず「この野郎」と呟きそうになったが、声に出すのは抑えておいた。代わりに思い切りすみれの腰を引き寄せて、奥まで押し込んでやったのだが。


「ぁ……っ!? ふああぁ……っ!」


その瞬間にすみれの両脚が大きく開き、俺の下半身にも苦しいくらいの圧迫感。その圧迫派何度か小刻みに続き、単に気持ちよかっただけではないのだと分かった。


「……もしかしてイッた?」
「ぅ…る、っさい」
「入れただけでイクんだ、お前」


あんな格好をして、こんな性生活を送っていたくせに。すみれの快楽のスイッチはそこらじゅうに溢れていて大変だ。一番大変なのは本人だろうけど。少し身体を触るだけで感じるし、体位を変えて挿入するだけで一瞬にして達してしまうのだから。
でも、ここで止めるつもりは毛頭ない。俺は一度もイッてないし、まだまだ終わらせる気は無いからだ。まだ少し痙攣しているすみれには申し訳ないが、俺は構わず動き始めた。


「ひっ、ぁ、あぁ! や、無理、ふぁっ」
「何が無理、って?」
「だ、って、あぅ、あんっ」


もううまく喋れないほど気持ちいいらしい。その顔も声も仕草も全部、俺の出入りが激しくなる要素になっているのが分からないのだろうか。


「あ、ねぇ、光太郎……く、も、いく、いきそ、」


すみれの中が再びぎゅううっと収縮し始める。たった今イッたばかりなのに耳を疑った。同時に俺の中に芽ばえる、ちょっとしたサディスティックな心。


「また? 早くね? 我慢して」
「やぁ、だ……っ」
「俺まだまだなんだけど。休憩する?」


俺はぴたりと動きを止めた。こんなに短いスパンで大きな快楽を味わってしまっては、すみれ自身に良くないだろうと思ったから。……というのは嘘で単なる意地悪なのだけど。繋がったまま動かずに突っ立っている俺に、すみれは面白いくらい素直な反応を見せた。


「こう、たろっ、く、もぅ、お願い……おね、が……動いて、ねぇ」


少しでも刺激を受けようと自ら腰を動かしているのは、とても良い光景だ。その姿だけで涎が溢れ、何度かごくりと飲み込んだ。


「じゃあ、イク前にいっこだけ俺のお願い聞いてくれる?」


今の俺たちにとって会話の内容なんてどうでもいい。すみれが俺を求めようと動いたり喘いだりするのを堪能できれば。でも、今から話すお願い事は本心だ。


「俺の事すぐに好きになれとは言わないから。もう他の奴とはしないって約束して」


今後俺と付き合うのか、その後別れるのかも分からないけど。すみれが俺以外の誰かにどうにかされるのは絶対に嫌だ。他人の彼女を寝取った俺が言ったって自分勝手でしかないけれども。
しかしすみれは暫く考え込むものかと思いきや、すぐに返事が返ってきた。


「……うん。しない」
「即答かぁ。どーだかな」
「しないからぁっ……」
「約束?」
「約束」


また、そんな話なんかよりも早く動いて欲しいかのような口ぶり。入れたままお預け状態だから仕方ないのかもしれない。今日のところは「約束」の言葉が聞けただけマシかな、それならもうこのお預けは解除してやらなくては。と言うわけで俺はまた、すみれの腰をがっちりと掴んだ。


「……ッ!?」
「いいよ。思いっきりイッて」
「ぇ、あ」


何か言おうとしたな、と思った時にはもう遅くて、俺はもう思い切り前後運動を始めていた。すみれの身体をこれ以上無理なくらい引き寄せて、弾けるような音とともにさらに奥まで突き刺していく。油断していたすみれはぐちゃぐちゃに濡れた下半身に忠実に、大きな嬌声をあげた。


「な、何、あぅ! ひっ、ああ!」


今度は俺も何かを答えたり意地悪を言う余裕が無い。ただただ迫り来る快楽を求めるしかなく、そのためにはすみれの奥に自分を打ち付けるしかなく。すみれが高い声で喘ぐのをどこか遠くのように感じていたけど、下半身で感じるすみれの中の締まり具合はとてもリアルだった。


「やぁ、奥っ、当たって、い、いく、いっちゃ、あぁ……っ!」


その声が聞こえたのと同じくらいの時に、俺もここ最近で一番の気持ちよさに襲われた。暫くは逃れられない快感が下から沸き上がってくるような。
おかげですみれに背中を叩かれるまで、すみれに思いっきり身体を預けてしまっていた。ペシン!という景気のいい音で我に返り、ジンジンする痛みに耐えつつ身体を起こしたのである。


「……さっきのさぁ……」
「何?」


起き上がりながら、俺は尋ねた。盛り上がっている時の会話にはその時の勢いで言ってしまう言葉もあるから、確認しなきゃならないなと思って。意地悪したくて聞いた質問だったけど一応本気だったから。


「テキトーに答えた? もう他のやつとはしないっていう約束」


それを聞いてすみれは目を背けるだろうかと思ったが、意外にそんな事はなかった。


「……どうかな。少なくともさっきは本気だったよ」
「イキたかったから?」
「それもあるけど……」
「けど?」
「このままずっと、光太郎くんにめちゃくちゃに抱かれたいって思ったから」
「……」


とんでもない事をとんでもなくハッキリと言う女だ。あまりにも堂々としているので、嘘偽りは無いのだと理解出来る。だけどそんなの面と向かって言われたら、照れるやら嬉しいやらムラムラするやら。


「……お前のせいでおっきくなったじゃん」
「私のせいですかぁ?」
「当たり前だろっ」


俺の前であられもない姿を見せやがって、俺のせいだけど。まだまだ第二ラウンド(すみれにとっては何ラウンド目かもう分からないけど)だって行けそうな俺は、肥大する下半身を抑える努力もせずに動こうとした。が。


「責任取ってあげようか」


さっきまで限界かのように喘いでいた姿はどこへやら、余裕綽々で笑う彼女は両手を広げた。このまま何回でもどうぞと言うかのように。
でもまぁ、さっきのすみれの言葉によればこのままずっと俺にめちゃくちゃにされても良いって事だったし。もう俺以外の誰かでは満足できないような身体にしてやるのが、一番手っ取り早いのかもなと思えてきた。