with Hinata


「……ぬあーーーー!分からん!」


学校の食堂で叫んでいるこの男の名前は日向翔陽。

数日前に終業式を終えて、部活動をしている人しか登校していないというのに帰宅部の私がわざわざ学校に来ている理由。
それは日向に「勉強を教えて欲しい」と頼まれたからだった。

しかし、ページをめくり分からない問題があるごとに騒ぐ。


「白石さんは志望校どこなの?」
「…白鳥沢」
「ドコそれ」
「えーと…まあ進学校だよ。うん」


将来は大学に行きたいし、行くなら良いところに行きたいし、それならば名門大学への進学率の高い高校を選ぼうというわけだ。
その前に白鳥沢学園に合格しなきゃ始まらないんだけれども。

両親ともに、大学には行きなさいという事を言っているのでひとまず私は「大学進学」を目的とした高校選びをしていた。


「そこに行って何かやりたい事があるとか?」


だから日向にこう聞かれ、私は少しうろたえた。


「んー…勉強かな」
「勉強?ドコの高校でも出来るジャン。つーか今まさに勉強してんじゃん!何言ってんの」
「う、うん」


きっと日向は馬鹿にしているのではなく本心で言っているんだろうな…と言うのがよく分かるので怒りは生まれない。直球すぎる言葉に返す言葉も無いというのが本音。


「日向はどこ受けるって言ってた?」
「烏野!」
「ドコだっけ」
「チャリで40分のとこ」
「遠っ!」


40分も毎朝自転車をこいで通うつもりなのかという事と、イコール往復で80分という事に驚いて変な汗が出た。

そんなの続けたら脚が太くなりそうだ。男の子だから気にしないのか。


「何でそんな遠いとこ行くの?」
「バレーやんの!」
「……?バレーボール?」
「そ!高校は絶対烏野に行ってバレー部入るって決めてっから」


烏野高校って、そんなに有名だったかな。

志望校をを決めるとき、いろんな学校のパンフレットやホームページを見て回ったけれどあまり目に止まらなかった気がする。

私の目指す白鳥沢学園は、確か運動部が盛んだったはず。


「そこはバレーが強いんだ」
「全国いってたもん !」
「へえー…、あ」


そこで、私のスマホが鳴った。
そろそろ家に帰ってこいというメールが入っている。


「お母さんだ。帰ってこいって」
「やべっ最後のほう全然勉強できてない」
「うん……」


そのままメールを読み進めていくと、駅前のケーキ屋さんでクリスマスケーキを予約しているから受け取ってこいとの指令が書かれていた。

…クリスマスケーキ?


「クリスマス!?」
「何?」
「日向!今日クリスマスイブだ!」
「お、おう」
「…クリスマスまで勉強かあ……」


受験生って覚悟はしていたものの、娯楽を捨てて勉強に明け暮れてきらびやかなイルミネーションを楽しむ暇もなく、果てはクリスマスの存在自体を忘れてしまうなんて。


「ご…ごめん俺が勉強教えてって頼んだから」
「え!いや日向は悪くないよ」
「いやいやいや!クリスマスってあれだろ!女子にとっては勝負のイベントだろ!しかもイブが本番!終業式ん時に女子が喋ってるの聞こえたもん」


勝負って。
まあ好きな子がいたり、彼氏がいる子にとっては勝負でありチャンスなのかも知れないけど。

あいにく私は白鳥沢という難関突破を目指している真っ最中で、愛だの恋だの浮かれている暇はない。
…というのは言い訳で、本当はウキウキしたいけど好きな人がいないだけ。

だからクリスマスを忘れて勉強していたところで私には何の害も無い。むしろ受験を控えた今は利益しか無い。


「…でも家で一人で勉強するより楽しかったかな。ありがと」
「こっちこそ!俺んち誰も勉強できねーから助かった!」
「はは…」


私と日向は勉強道具を鞄に戻し、クリスマスの勉強会を切り上げる事にした。

まだ明るいけれど、おそらく手の込んだ夕食を作るので手伝わせたいんだろうなと思いながら食堂を出る。

…と、日向がいない。


「あり?」


食堂の中を振り返ると同時に、がこん!と自販機の音がした。日向が何か買ったらしい。

缶を取り出し、熱々だったらしく頻繁に持ち替えながら追いついてきた。


「ほいっ」


そして、それを私に差し出してきた。


「……ん?」
「クリスマスプレゼント。なんちって」
「えっ」
「熱いから早く受け取って!」
「う、え?あ」


素手でそれを持っていた日向は、すでに手袋装着済みの私の手に缶を渡した。
冬場にはヘビーローテション確実の、コーンポタージュ。


「わ、悪いよこんなの」
「いいの!勉強のお礼!んでクリスマス潰したお詫びだから!」
「潰してなんか」
「じゃーねー」
「ちょ、日向っ」


自転車通学の日向は駆け足で駐輪場へ向かって行った。

食堂前の渡り廊下で、その背中を目で追いながらぽつんとたたずむ私。

12月24日、まだ外は明るいとはいえ頬や耳はひび割れそうなほどの気温だ。それなのに。


「………あつい」


この熱は手の平から伝わるコーンポタージュのせいなのか、それとも別の何かが原因なのか。

熱は私の脳まで浸透し、ついには志望校を考え直すはめになってしまった。

日向翔陽と、受験勉強をして過ごすクリスマス