12
夢見る時だけ純情派


すみれと解散してからの学園祭はあっという間に時間が過ぎたかに思えた。
驚いたのは、すみれがあの後も何事も無かったかのように実行委員の役割を果たしていた事だ。自分なら同じ境遇の時に出来るだろうか、実際そうなればやるしか無いのだろうけど感心した。

そして学園祭の翌日、月曜日は振替休日ですべての講義が休みであった。年に一度の学園祭に全てを注ぐ生徒も多いので、今日はたくさんの生徒が疲れを癒しているだろう。俺もそのつもりだった。フラフラしていたけど一応俺も学園祭に参加したし、それなりに疲れたから。

しかし、心を落ち着ける暇もなく俺は呼び出された。むしろ気になっていた相手からの呼び出しなので無視するつもりは無い。
それに、すみれも学園祭明けで疲れているはずなのに連絡を寄越してくるという事は、何らかの報告があるんじゃないかと思えたのである。


「なんで泣いてるかなあ……」


呼び出されて早々に現れたすみれの目は、真っ赤に腫れていた。寝不足なのか大泣きしたのか分からないほどに浮腫んでいるとも言える。けれど疲れ切った表情とは裏腹に、すみれはムスッとした態度で言った。


「泣いてないけど?」
「無理あんだろ。ちゃんと寝た?」
「寝てない」
「打ち上げでもしてたのかよ」
「したけど、そっちじゃない」


どうやら、すみれの目が赤い原因は打ち上げの疲れとか寝不足のせいではないらしく。まあそれらも原因のひとつではあるのだろうが、俺はなんとなく悟った。
すみれは彼氏との関係を終わらせると言っていた。もしかして、終わらせて来たから俺を呼び付けたのだろうか。


「上手いこと振ってやった?」


すみれから彼氏に別れを告げるものだと思っていたので聞いてみると、なんと彼女は首を振った。


「……振られた」
「はっ?」
「先に言われたよ。別れようって」


俺は驚いて言葉も出ない。すみれ曰く彼氏には浮気相手が居て、てっきりすみれはキープされているものだと思っていたが。そんな男を振ってやる決心をしたように見えたが、すみれが別れを切り出す前に振られてしまったらしい。


「私が浮気してんのもバレてたみたい」


更に俺との浮気もバレていた。学校内であれだけ二人きりになれば怪しまれもするか。相手が俺だと知られているのかは分からないが。


「浮気なんてするもんじゃないね」


すみれは後悔しているのだろうけど、笑いながらそう言った。俺はどう反応すればいいのやら。
俺だって浮気なんて最低最悪の行為だと思っていたし、今でもそう思う。だけどすみれに彼氏が居る事を知りながら誘い続け、告白し、ヤリまくっていた俺が「だよな。俺もそう思う」と言ったところで説得力は無い。
ただ、すみれは彼氏と別れるつもりで居たらしいのに、あまりに浮かない顔をしていた。


「……別れんのってやっぱり寂しい?」


それとも振られた事が悔しいのだろうか。そう思って質問したのだが、すみれはきょとんとしていた。


「何でそんな事聞くの?」
「いやあ……」
「やっぱり誰とも付き合った事ないわけ」
「ばっ、あ、あるよ!あるけど」


付き合った経験が無いから分からないわけじゃない。て言うか彼女が居た事くらいあるし。ただすみれが今、どんな心境でそういう表情をしているのか分からないだけで。


「慰めて」


すみれは俺の顔を見ずに言った。


「……は?」
「寂しがってるように見えるなら」


続けて俺の羽織るシャツを剥ぎ取るように引っ張ってくる。
今日俺達が集まったここは何の捻りもない、大学の空き部屋である。学校が互いの家の中間地点だし、まだ俺たちは家に呼び合うような仲に発展していなかったから。だから今は、都合よく二人きりの空間が作られているのである。


「慰めてみて?」


そう言って、すみれは俺を壁に押し付けた。あまりの態度に、俺は今日何をしに来たのか分からなくなる。


「……なんでお前、強気に戻ってんの?」
「なぜでしょう」


まあ、失恋の悲しみで泣き続けられるよりは良いのだけど。早く別れて欲しかったし、早く自分のものになって欲しかった。「モノ扱いするな」って怒られそうだが。


「早く」


すみれが俺の胸元をぐいっと引き寄せる。自身の顔と俺の顔とを近付けたいかのように。
そうされれば俺は逆らうつもりなんか無いので、素直に唇を寄せた。俺の動きに素直に応えるすみれの舌。どうしてこんなに勝手でどうしようもない子を好きになってしまったんだろうなあ。

だんだんと唇が潤ってきたのを確認すると、今度は俺がすみれの肩を抱き、くるりと回転しすみれを壁に縫いつけた。抵抗される素振りは全く無い。一瞬だけ唇が離れて目が合い、何か言おうとしているのかなと思ったがまたすぐにすみれは背伸びをしキスして来た。長い長いキスだ。これだけで今日を終えてしまうのでは、と思うほど。


「……やんねーの?」
「やるよ」
「なら……」


その続きは、あまりにデリカシーに欠けるので言えないが。
言っておくが俺の下半身は既に準備出来ている。彼氏と別れて何のしがらみもないすみれを前に、キスだけで我慢できるほど粘り強くない。しかしすみれは、俺の首から手を解きながら話を続けるのだった。


「ね、疑問なんだけどさ」
「何だよ」
「さっきまで他の男と付き合ってた女のこと、抱けちゃう人なの?」


思わず顔が引きつってしまうような質問は、そっくりそのままお返ししたい。さっきまで他の男と付き合ってたのに、俺に抱かれるのオッケーなの?
……まあ彼女の背景を知っているからさすがにそれは言い返せないので、俺は現時点での精一杯の喧嘩を売った。


「……それお前の台詞なの?」
「はは」


すみれは「それもそうか」と笑うのみだった。そういうところが小悪魔で、そういうところに惹かれてしまった自分が恨めしい。


「それに、さっきまでとかどうでもよくね?」
「そ?」
「そもそもお前が前のやつと付き合ってる時から好きだったんだし」


彼氏が居る事を知る前からずっと。海で会ったばかりの時は、まあ、正直ワンナイトで済んでも良かったけれど。それはそれだ。俺はすみれの事を好き。こんなに密着した状態で、キスだけで終えるのは我慢できないほどに。


「そんなに私が好きなんだぁ……」


すみれは光悦とも恥じらいとも取れるような表情で言った。誰かに「好き」って言われるのが久しぶりで、噛み締めているみたいな様子で。


「好き」


そんな彼女に俺は、素直に自分の気持ちを告げる。たった二文字を鼓膜に受けて、ぴくりとすみれの肩が揺れた。


「もう一回言って?」


だらんと下ろされていたすみれの手が、俺の身体に触れながら上に伸びてくる。既にシワになっている俺の服をぐしゃりと掴んで催促する姿は、俺の望んだすみれそのものだ。


「好きだよ」


俺たちのこれは、手本になるような美しい恋愛ではない。だけど「好き」と言われれば嬉しくなり、振られれば悲しみ、慰められて傷が癒える、中身はごくごく普通の男と女なのである。