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泣けなくてもきみを責めたりしない


どうして海で会った時、この子だけが魅力的に見えたのかは謎である。顔も身体も全部好みだからなんだけど、他にも一緒に居た女子たちは皆が平均以上の外見であった。きっと「お尻が良かったから」なのだが。
それよりもどうして夜に会った時、すみれが俺を誘い込んできたのかが分からない。単に欲求不満だったから?とも思ったが、どうやら違うようだ。


「寂しいとさ、人肌恋しくなるの」


すみれがそう言った時、遠くのほうで大きな歓声が聞こえた。学園祭のために呼んだ芸能人が壇上に上がったのかもしれない。
最初は俺も芸能人に興味があったけど今はそれどころじゃない。白石すみれの繰り広げてきたおかしな言動が、ようやく繋がろうとしているのだから。


「誰でもいいからヤリたくなるって事?」
「そうとも言う」
「で、たまたま俺が居たから?」
「そう」


偶然俺という存在があって、身体の相性もまあまあ良くて、偶然俺がすみれに好意を持ってしまったから関係が続いたのだろう。更に偶然すみれは恋人と上手くいっておらず性欲を持て余していた、と。
傍から聞いたらおかしな事だらけだが、不思議と気持ちは理解できた。


「私だって本当は彼氏としたかったよ」


俺がよほど納得の行かない顔をしていたのか、すみれはそのように言葉を続けた。
はっきり言って、今更そんな事を言われてもって感じだ。本音なんて後からどうとでも言えるだろうと。でも俺は、すみれに彼氏が居る事を知りながら繰り返し気持ちを押し付けてきた身だし、あまり他人の事をどうこう言えない。


「あの日、ほんとは二人で旅行の予定だったんだけど」
「海の時?」
「うん。まあドタキャンだよね」


すみれは海への旅行の事を話し始めた。今どき流行りの女子旅ってやつだと思っていたが、本来ならば彼氏と仲良く旅行の予定だったらしい。それを突然「行けなくなった」と言われたので友人達を誘ったそうだ。予約していた旅館も幸い広い部屋に変更出来たのだという。
いや、でも、それにしてもだな。


「それで夜、飲んでる時に友達がSNS見せてきて」
「はあ」
「その日に他の子と遊んでたの知っちゃってさあ」


一気に泥臭い話になってきた。
親戚との急用か何かで旅行をドタキャンされたらしいが、本当は浮気だったというのをSNS経由で知ったとは。
女の情報網って恐ろしいなと常々思っていたけれど、男の詰めもなかなか甘い。少なくともすみれの彼氏は甘い、むしろわざわざすみれに知らせるためにSNSに他の女との写真を載せたのではと勘ぐってしまった。


「そっちがその気ならこっちだって浮気してやろうって思うじゃん?」


それで偶然すれ違った俺を部屋に誘い入れたというわけらしい。憂さ晴らしの道具に使われたのかと思うと少々腹立たしいが、百パーセント責めきる事が出来ないのも辛い。俺だってあの日は楽しんだし。


「……気持ちは分からないでもないけど」
「そしたら光太郎くん同じ大学だったし、私もまだまだ仕返ししてやりたかったし!まあとっくに私の事なんて好きじゃなかったみたいだから、仕返しにはなってなかったけどっ」


すみれは当時のショックや苛々を思い出したかのように勢いよく言葉を吐いた。が、最後まで言い終えると急に風船が萎むような深い溜息。そして、かすかに聞こえる程度の声で一言。


「ごめん」


この流れで謝罪されるとは思わなかったので、一瞬固まってしまった。


「……何が?」
「仕返しの道具にしたこと」
「別にそんなの気にしてねえけど」
「本当?」


いや本当はめちゃめちゃショックだしムカつくけど。俺は彼氏と上手くいってない腹いせに使われてたってわけだ。
でも俺自身も楽しんでしまったのだから同罪だと思う。それに俺の中にはホッとした気持ちがあった。
悪いのは俺だけじゃなかった。すみれの彼氏に申し訳ない気持ちがあったけど、なんだ、ソイツも浮気してたんじゃん、と思ってしまったのだ。人間の心って最低で最悪で汚いな。自分にちょっぴり嫌気がさした。


「でも光太郎くんが私に惚れちゃったのは予想外だった」


けろっとした声ですみれが言った。さっきまでの様子が嘘みたいだ。


「……迷惑かけてすみませんね。」
「迷惑じゃないよ」
「でも困ってるだろ」
「困るよ。好きになられたら」
「ほらみろ」
「どうしたらいいか分かんなくなるじゃん……」


俺の心を掴んだ事は彼女の想定外だったようだ。俺だってこんなに好きになるとは思わなかったけど。俺に好かれて「どうすればいいか分かんなくなる」って言われても、俺が言える事はひとつしかない。


「……だからソレは」
「俺を好きになればいいだろって?」
「そう。それ」
「かっこいー」
「お……お前ほんとに落ち込んでんのか!?」


どうやら俺をからかって笑う余裕はあるらしい。ひととおりケラケラ笑ってみせると、すみれはすとんと肩を落として言った。


「潮時かなあ……」


これもまた、聞こえるかどうか分からない程度の声だった。


「終わらせんの?」
「まあ、そのつもり」
「終わったらどーすんの?」


彼氏との関係を終わらせたとして、その後の事を教える義務なんて無いだろうけど。俺には知る権利はあるはずだ。
すみれはしばらく斜め上に視線を泳がせながら考えていたが、やがて俺の顔を見た。


「私のこと好きで好きで仕方なさそうな人のところにでも行こうかな」


台詞は凄く嫌味ったらしかったし、言い方ってもんがなってないとは思うのだが、どうやら待ちわびていた答えである。だから喜んでいいのか怒っていいのか分からなかった。とりあえず言えたのはコレだ。


「……じゃあそいつの気が変わらないうちに、さっさと別れてくれば」


これですみれがすぐに彼氏と別れるのか、仲直りをしてしまうのかはまだ不明。俺は馬鹿だから、また憂さ晴らしに使われてしまうかも知れないし。だけど「そろそろ戻らないと」と言ってテントに戻るすみれはなんとなく軽い足取りだったので、信じてみようかなぁとか。……俺、かなりのお人好しだな。