09
ぼくらの歪なユートピア


すみれが去ってからすぐに本来の相手である舞ちゃんが現れたものの、俺は心ここに在らずであった。いくら乗り気じゃなかったとはいえ女の子を楽しませるべきだと分かってるのに、どうも目の前にいる舞ちゃんに集中出来ずに終わった。何を話したのかも覚えてないし、次の約束なんか取り付けてないし、「今日はありがとう」の連絡もお互いに送らずじまい。
せっかく黒尾が繋いでくれた今日のデートは失敗に終わったと言える。俺は元々そんなつもりは無かったんだから無理もないけど。

月曜日、大学に行く足取りは重かった。黒尾にはメール済みだけど直接謝らなきゃいけないのが苦痛だし、昨夜は日曜日なのにアルバイト先が忙しくて遅かったから。
しかし、なんとか重い体を叩き起して登校して来たのに、目に入った光景はあまり良くないものだった。


「……あ」


キャンパス内には人通りの多い場所がいくつか存在するが、そのうちの一箇所で会いたくない人物に会った。
……と言うと語弊があるけれど、つまり俺はそこで二人の人間に会った。そのうち一人は会いたい人間、もう一人が会いたくない人間という事。白石すみれと、その彼氏である。


「誰?」


会いたくなかったほうの人物が言った。もちろん彼氏のほうだ。俺とすみれが顔を合わせて立ち止まったので、俺達が知り合いなのだと理解したらしい。
「誰?」の質問はすみれに向けてのものだったが、俺は冷や冷やとドキドキを交互に感じた。そんな俺の気持ちをよそに、すみれは涼しい顔をして答えた。


「友だち。木兎くん」


とても素っ気ない声で、本当にただの友だちを紹介するようにすみれが言ったものだから、俺は言いようのない屈辱感を覚えた。彼氏のほうが興味なさげに「ふーん」と答えたのもその要因だ。お前は知らないのだろう、お前の女が俺のせいで何度も淫らな姿になっているのを。
……と危うく口から出かけたけれど、なんとか我慢した。こんな人目のある場所で一触即発なんて、俺だって避けたい。


「……じゃ」
「うん。じゃーね」


簡単な挨拶を交わすと彼氏には目を合わせずに会釈だけをして、すみれの横をすり抜けた。早くこの二人と離れなければ、今にも色んな感情が剥き出しになってしまうに違いなかったから。
堂々と俺を「友だち」と紹介するなんていい度胸だ。すみれへの気持ちは「好き」というのは勿論変わらないが、同時に怒りさえ感じてしまった。

そしてその怒りは自分で処理するにはあまりにも大きく、処理の仕方も分からない。だから俺はすみれが一人で居る時に、二人きりになれる場所へ自然と足を向けていた。間もなく行われる学園祭の、実行委員会の部屋である。


「……何か用?」


俺が不満そうな顔をしているのに、すみれはあっけらかんとした様子であった。しかし今日は俺もそんな彼女の思うままにはなっていられない。


「ちょっと……?」
「用なんかねえよ」


俺は部屋に鍵をかけるとずかずか進み、すみれのすぐ目の前までやって来た。それでも物怖じ一つ見せないすみれの眼は相変わらず大きい。俺が片手を振り上げた事で少しだけビクリと動いたように見えた。当然、殴ったりするつもりなんて無い。ただ、めちゃくちゃに犯したいとは思っている 。だから振り上げた俺の手はすみれの腕を掴み、背中を壁に押し付けた。


「いたッ」
「彼氏は今どこ?」
「え……? 講義受けてんじゃないかな、」


講義か、それならいいや。そう思った俺はすみれの言葉が終わる前に顔を寄せ、思い切り口付けた。


「……ん、っは、ちょっと待っ」
「やだ」


初めてすみれは俺を拒もうとした。それも余計に苛ついて、俺はいっそう強くすみれの手首を壁へ縫い付ける。力いっぱい俺から逃れようとしているのが見て取れるが、残念ながらビクともしない。それどころか俺の行為はエスカレートしていった。


「ん……ん、ッんぅ」


嫌がって逃げようとすればするほど俺を煽り立てている事に、本人は気付いているのだろうか。
すみれの顔なんて片手で固定できてしまうし、両腕を大人しくさせるのだってもう片方の手で事足りる。今日は珍しくスカートをはいている脚の間に膝を押し込んでやると、すみれはついにマズいと思ったのか思い切り顔を逸らした。


「ッは……苦し、から」
「苦しい?」
「息できないよ」
「俺のほうが苦しんだけど」


俺のどこが苦しいのか、すみれは一瞬分からなかったと思う。しかし考えれば簡単な事だった。俺は何度も伝えているとおりの気持ちを宿しているのに、それを軽く躱されるのは苦しい。その上、俺の想いがまるで勘違いであるかのように言われるのも。そんな俺を「友だち」だと言われるのも全部。


「……どうしたの…なんか、」


なんか、の続きは聞き取れなかった。もしかしたら「なんか怖いよ」と言おうとしたのかも。彼女の眼がそれを語っていたから。だけど言葉にできなかったのは、俺の手が露わになっている脚へ伸び始めたから。


「こ……光太郎、く……ッあ、ぁ」


嫌がっている素振りは見せるけど、俺がほぼ覆いかぶさって動かないので全く抵抗出来ていない。今更抵抗させるつもりなんて無い。すみれのトップスも下着も全部たくし上げ、簡単に現れた胸元に手を添えた。「添えた」と言えば聞こえはいいが、要は好き勝手に揉み始めたという事だ。


「ひゃ、ぁっ! ん、はぁ、あ」


胸を優しく、時には強く揉みながら乳首を摘むとすみれは腰が震え始めた。まだ楽な体勢にさせてやるもんかと思いながら、俺はすみれの太股を執拗に撫でていく。下着に触れるか触れないかの位置を、ゆっくりとゆっくりと。
だけど、途中でやっぱり立っていられなくなったすみれは膝から崩れそうになった。お陰で俺の手はすみれの下着の、ちょうど湿っている部分に触れてしまった。下着の上からでも分かるほどぐっしょりで、そこを指で引っ掻くとすみれは俺の衣服を力強く握った。


「やぁ……っだ、め…ぁう、ッ」
「何が駄目? さんざんヤッてきただろ」
「だって……っ」


だって、何だよ。今日は本当に苛々させてくれる。
すみれは続きの言葉を言わずにぎゅうっと目を閉じて震えていた。気持ちよくて震えているのか、俺が恐ろしくて震えているのかは分からないが。お構いなく下着を下ろして指を押し当ててみると、嫌がっているなんて微塵も感じさせない状態だった。


「……すげえドロドロ」
「ゃ、だ」
「彼氏ともこんな事すんの?」


我ながら酷い質問だなあと思うが、聞かなければやっていられない。
すみれは質問に答えず口を閉じている。カチンと来たのでいきなり二本の指を入れてやると、すみれの口は簡単に開いた。


「ひ……ッあぁぁ、!」


まさに肉壁を押し広げていくような感覚だ。毎度の事ながらすみれの中は丁度いい具合に狭く、ここに挿入したらどんなに気持ちいいだろうと想像させてくれる。今日もそれを考えながら指を動かし続けた、ただし普段よりも激しく、普段よりも奥に。


「あっ!ぁ、や、ッんぁ」
「洪水じゃん。なあ」
「やだ、ちがっ、あ、あ」


中の液をかき出すように指を出し入れすると、本当に洪水になっているかのようにポタポタと床に滴り落ちた。
すみれはもう一人で立っていられないようで、俺にしがみついて快感に耐えている。もちろん耐えられるようなもので終わらせる気は無いので、すみれの腰を支えながら刺激を与え続けた。


「ッあ、も、いく……いくっ、ああぁ……っ!」


最後には俺を抱きしめる形で、すみれががくがくと大きく震えた。続けて足元に落ちる何滴もの雫。涙でも汗でも無い。


「……、は……ぁ……」
「今日はしおらしいじゃん。なんで?」
「何でって、」


すみれは肩で息をしながら顔を上げた。ずっとすみれを見下ろしていた俺と目が合って、一瞬逸らそうとしたのが分かった。ただ、それは出来なかったようだ。


「俺が怖いから?」
「…………」


答えは返ってこない。つまり正解なんだろうと思った。俺だって今の俺は怖いと思う。ただ、そうさせているのはすみれ自身である。
俺は立ち難そうにしているすみれを抱えて長机に座らせた。しかし単に座らせたかったわけではないので、肩を押して仰向けにさせる。今から何をするのかは簡単に分かっただろう。これまで何度もしている事だ。すみれの両脚を広げて腰を引き寄せ、物欲しそうにしているそこへ一気に押し込んだ。


「ふ、ぁあ……ッ!」


入れただけでイッてしまったのでは?と心配になった。自分にそれだけのテクニックは無いと思うけど、すみれが仰け反って甘い声を出すものだから。
しかし仮に今のでイッていたとしても、それは加減する理由にはならない。俺はまだまだ物足りないし、むしゃくしゃしているからだ。その気持ちを全て下半身の動きへとぶつけた。勢いよく奥まで挿し込み、その都度すみれの胸が揺れるのを何度も何度も見下ろした。


「あ、ぁっ!や、奥ッ…ぅああっ」
「奥が何、って?」
「ふぁ、ん、奥だめ、ひぅっ、はっ、あ」


何が駄目なんだよ、それがいいくせに。俺とのセックスは気持ちがいいから好きだと言っていたのはどの口だ。


「なあ……」


眼下で喘ぐすみれを眺めながら、俺は静かに聞いた。


「彼氏と俺と、どっちが気持ちいい」


その瞬間、すみれの瞳は大きく開いたけれど膣内がきゅうっと狭くなった。全く身構えていなかった俺は少し驚いて、今日初めて俺の汗がポタッと落ちた。


「……ッお前…なんで…今、ちょう締まった」
「そんなこと……、ッ!」


そんな事は無いと言おうとしたのだろうけど、また俺が強く腰を打ち付けたせいで言葉になっていなかった。こんなに気持ち良さそうなのにすみれは俺の事なんて好きじゃない。別の男を好きだなんて世の中狂ってる。すみれも俺自身もどこかネジが外れているのだ。


「すみれが悪いんだからな……、お前が、こんなに悪いやつだから」
「あっ!? や、待っ、ああ!」


なんとか俺を押し返そうとしていた手はとっくに力が抜けていて、再び抵抗の力が宿る事は無かった。すみれは電流を浴びたように海老反りになり、今日一番の高い声をあげた。
「どうやったら俺の事を見てくれるの」と聞いてやりたかったのに、そんな質問をする余裕はなさそうだ。