08
ご縁のないラブソング


黒尾が紹介してくれる女の子と言えば、音駒の同級生とかバイト先の女の子とかそんな感じだろう。新しい出会いや新しい恋で好きな人を忘れる事が出来るのか甚だ疑問だが、このまますみれの彼氏に隠れてすみれと会い続けても良い事は無い。頭では分かっているんだけど。

紹介された女の子は舞ちゃんという名前で、連絡先が送られてきてから一週間が経った。何度かメールのやり取りをして、とりあえず今日会ってみる事になった。
まだメッセージアプリのプロフィール画像に載っている写真でしか、舞ちゃんの顔は分からない。黒尾がわざわざ紹介してくるぐらいだから可愛いんだろうけど、今、どんなに可愛い女の子が子犬のような目で俺を見上げてきたとしても、きっと俺はなびかない。
……って思ってるのに会う約束をするなんて、コレも良くない事なんだろうか。

とは言え待ち合わせ場所に遅刻するのは気が引けるから(俺の行為のせいで舞ちゃんと黒尾の間柄にヒビが生じるのは嫌だし)、俺は早めに到着した。デートの場所は当たり障りのない、色々な商業施設のある大きな駅である。


「早すぎたかな……」


待ち合わせ時刻は午後二時なんだけど、あまり使わない路線だったので早めに出発したところ十五分ほど早くに着いてしまった。
周りにはそれらしき女の子は居ない。まあいいか、最近ダウンロードしたゲームでもしながら待っておこう。そう思いながらスマートフォンを開いた時。


「……光太郎くん?」


思わずスマホを落っことしそうになった。俺の事を「光太郎くん」と呼ぶ女の子はこの世に一人しか居ない、ってのは言い過ぎだけどこの声の主は一人しか居ない。なんと、すみれが隣に立っていたのだ。


「すみれ……?」
「なにしてるの?」
「そ、そっちこそ」
「私は待ち合わせ」


待ち合わせって、誰と?
そんな事を聞く権利がどこにあるのか分からず、「俺も」と答えるだけに留まった。
しかしココで待ち合わせをしている以上、俺もすみれもこの場を離れるわけには行かない。だけど、もしも俺の待ち合わせ相手である舞ちゃんのほうが先に到着してしまったら?すみれの事を好きだと言っておきながら他の女の子と待ち合わせる俺を、彼女はどんなふうに思うだろう。


「デート?」


しかし、すみれは俺の相手が女の子である事を簡単に当ててきた。出来る事なら隠し通しておきたかったが。


「……そんなんじゃねえけど」
「どうして隠すの」
「隠してない」
「学校で会う時よりカッコイイもん。丸分かりだよ」


すみれは俺の姿を上から下まで眺めながら言った。
どうしてそんなに簡単に俺を褒められるのか不思議だ。そうすれば俺がますますすみれを好きになってしまう事を、まるで分かっているかのようだった。確かに今日の俺は、一応初対面の女の子と会うって事で小綺麗な格好をしているけれども。


「……今日のは別に、俺が望んだわけじゃねーし」


これは半分嘘で半分本当だ。黒尾の顔を立てるために話に乗っただけっていうのもあるけれど、すみれの事を少しでも忘れる事が出来るのならと思っていた。心のどこかで「そんなの無理だ」と分かっていたけど。
そして今ここで会ってしまった事により、この後のデートにも集中出来なくなる事が確定した。


「乗り気じゃないんだ。デート」
「そりゃそうだろ。俺、夏に会った時から」


お前の事が好きなんだから、と続けたかったけど、言葉に詰まってしまった。すみれの目が俺を捉えて離さない。「それ以上言うな」と言われているような気分だった。


「私みたいな軽い女、嫌じゃない?」


ようやく自身のスマホに視線を落としたすみれは、文字を入力しながら言った。


「そりゃ、最初はビックリしたけど……今もビビってるけど……」


すみれは自分の下半身の緩さを理解しているらしい。俺もおかしいと思う。
だけど、「おかしい」という感覚よりもすみれの魅力のほうが勝ってしまうのだ。今日だって誰と会うのか知らないけれど、すみれは自身のスタイルの良さを際立たせている。少なくとも俺にはそう見えた。
今から会うのが彼氏なら、そいつは今夜、すみれが纏っている服を剥ぐ権利を有している。それを想像するだけで昼間っから俺は、熱い衝動にかられてしまった。俺だってそうしたい。互いが互いを「好き」だと思いながらすみれと過ごしてみたい、のに。


「光太郎くんはたぶん、私とのセックスが良かっただけだよ。それは好きとは違う」


すみれはとても冷たい言葉を言ってのけるのだった。続けて「だからちゃんと彼女作ったほうがいいよ」とも言った。俺の気持ちを知っているくせになんとも残酷だ。俺が抱くすみれへの想いが単なる勘違いであるかのように言うなんて、心外だ。

正直に言うとすみれとは身体の相性が抜群で、これまで感じた事の無い快楽を味わえる。だけど、単にセックスが良いからって好きにはならない。切っ掛けには成りうるけれど。
それに、俺もすみれに言われっぱなしでは済ませられない。抵抗する素振りもなく俺に抱かれるすみれに、ひとつ言ってやりたい事がある。


「すみれは彼氏の事、ちゃんと好きなのか?」


好きなら俺に身体を許したりしないだろう。彼氏と上手く行ってないから俺の誘いに乗るし、俺を誘ってくるんだろう。それなら俺がすみれの心を奪う隙があるかもしれない。
そんな願いを込めて聞いてみたが、返ってきたのは悲しい答えであった。


「好きだよ。大好き」


しかも、俺には見せた事のないような愛おしそうな顔で。これが俺の前で簡単に裸になる白石すみれと同一人物だとは思えない。彼氏を好きならどうして俺を誘ったのか。どうして俺を拒まないのか。


「……じゃあなんで俺と、」
「あ」


話し掛けようとした時、すみれの手の中でスマホが光った。待ち合わせ相手からの連絡のようだ。すみれは何かを入力して送信し、スマホをポケットに入れた。


「じゃあね。デート楽しんで」


去り際にそんな事を言われて、俺が今日一日を楽しめるわけがない。すみれが歩いて行ったその先に居たのが、彼氏ではなく女友だちだった事が唯一の救いであった。