07
言葉にできて想いにできないこと


自分で言うのもなんだけど、俺は嘘をついたり自分を取り繕うのは苦手である。

こういうの苦手だなっていうのは梟谷の推薦を受けた時から感じていた。一対一、あるいは一対多数で自分を見られてしまうと緊張する。試合の時ならどんどん見ろよと思うのに、受験の面接とかはどうも苦手だった。
今働いている焼肉屋のバイトも同じで、履歴書を書いて渡して志望動機を聞かれたところで「時給が良くて賄い料理があるから」と素直に答えられるわけも無く。「これまで部活ばかりだったので接客を通して成長したいからです」なんて、らしくない言葉を使ったものだった。

つまり何が言いたいかと言うと俺は嘘がつけないから自分の気持ちを隠すのも無理だし、特に長く連れ添った友人には俺の不調なんてお見通しだという事。


「木兎ってさ、最近ちょっとおかしいよな」


世間話の中にコレを織り交ぜてきたのは夜久だった。一緒に居る黒尾も「確かに」と頷いている。まるで俺がこの場に居ないかのような言い方だがしっかりと同じテーブルに居るので、当人である俺も会話に参加した。


「……そお?」
「そうだよ。なーんかおかしい」
「別に何も変わらねえけど……」
「本当に?俺、こないだ見ちゃったんだけど」
「え、」


黒尾が鋭い目でこちらを見た。思わず冷や汗が流れ出る。


「いつ?どこで?誰と居るところ!?」


俺は咄嗟に捲し立てた。あの日は確かに誰にも見られていない場所を選んだはずだ。もしかして事後に二人で教室から出たのを目撃された?それとも別の日に食堂で二人で居るのを見られたとか。だとしたら俺の姿をどこまで追っていたのだろう。空き教室に入るところも見られていたとしたら?
と、記憶を辿っていると黒尾が夜久に耳打ちをした。


「……ほーらな。何かあったろ」
「ほんとだ」
「あ?」
「わり。カマかけた」


そして、俺に向かって片手を挙げて謝罪のポーズ。
一瞬何が何だか分からなかったが、つまり俺の様子がおかしい事はとうにバレていて、原因を突き止めるために二人がグルになっていたわけだ。そして俺はまんまと引っかかった。嵌められたのだ。


「……んだよもう……」
「悪かったって。木兎にしては元気無さそうだから心配してやったまでよ」
「嬉しくねー言い方」
「ホントに心配してんだぞ、一応」


「一応」ってのが少し気になるけど、俺はそれほど様子が変だったらしい。
恋煩いと呼べるほど純なものじゃないし、全てを話せば自分もすみれも非難されるに決まっている、けど。二人にじっと見られると勝手に口が動いてしまった。この二人なら他人に漏らす事は無いだろうし。


「あんまり詳しくは言えないんだけどさあ……」


という前置きをしながらも、俺はあの日に起きた全ての事を話した。皆で旅館に泊まった日、偶然その日の昼間に出会ったすみれと再会した事。そのまま彼女の部屋に行ってやる事をやった事。後日、同じ大学に通っているのが発覚した事も。
それらを話すうちに黒尾も夜久も目の色が変わり、いつの間にか彼らは前のめりになっていた。


「……え、何、すみれちゃんとあの日ヤッてたのお前!」
「バッカ声がでけーっつの」


こんな会話をしているけれどここは大学の食堂だ。周りには最悪の場合すみれが居るかも知れないし、すみれの友人が居るかも知れない。それを指摘すると黒尾は口を塞いだ。この野郎。


「あの日はなんかもうホラ、成り行きで……誘われて断れなくってそのまま」
「女子みたいな言い方だな」
「だってあっちがグイグイ来るんだもん」


これも女子みたいな言い訳だな、と思いながら俺は事実を言った。あの日は確かにすみれがほぼ強引に誘ってきたから。俺も俺で断らなかったし、一夜だけの関係ならば後腐れも無いからと雰囲気にのまれたわけだが。実際凄く気持ちが良くて楽しめたってのは秘密。


「で、やっぱりそのすみれちゃんって子はこの学校に居るんだな。見間違いかと思ったけど」
「そう。居る」
「それで?」
「へ?」
「海の日以降、すみれちゃんとは?」


黒尾はこの話に続きがある事を知らない。だから話さなくても支障は無い。話さずに済むのなら秘密にしておくほうがいいよな。告白して振られたくせに身体の関係を持っている事なんて。


「……それ以降は……べつに何も?」
「お前、嘘つく時だけ目ぇ逸らすのやめたほうがいいよ」
「えっ。逸らしてた!?」
「逸らしてたし今ので嘘確定じゃん」
「あ」


隠し通そうとした事は一瞬で台無しになった。やっぱり俺は嘘が苦手らしい。
そうなれば二人とも俺と彼女の間に起きた事を、一から十まで聞く気満々だ。俺も諦めて話す事にした。ただし絶対に口外しない事を条件として。面白がって言いふらすような奴らじゃないから大丈夫だろうけど。

順を追って説明するのは苦手だが、なるべく時系列順に話をした。
まず大学で再会したすみれは学園祭の実行委員をしている事。その後食堂で偶然出会い、連れて行かれた部屋で二度目のセックス。その時既にすみれに惚れていた俺は、付き合える見込みがゼロでは無いと判断したから告白した…ら、彼氏が居る事が発覚した。それなのに先日また俺に身体を許してきた。まあ先日に関しては、彼氏が居る事を知りながら手を出した俺が悪いのだが。


「へーっ。なんかドラマみてえ」
「そんないいもんじゃねーっつの……」
「でもマジでお前やめたほうが良いよ。彼氏にバレたら取り返しがつかないだろ」


夜久は冷静に、ごく当たり前の事を言った。逆の立場なら俺だって同じ事を言うと思う。頭では分かっているのだ。


「……んな事言われなくても分かってる」
「分かってねえ!大いに分かってねえ!」
「分かってる!」
「分かってる奴は彼氏持ちの女とはヤらねーんだよ。お分かりか?」


目玉を串刺しにされそうな勢いで指さされてしまっては、返す言葉も無い。夜久の言う事は間違いなく正しい。だけど世の中、正しい事だけを選択して生きていくなんて到底不可能だ。


「……仕方ねーじゃん、好きになっちゃったんだから」


全てはこれに尽きるのだった。好きだから我慢できない。姿を見れば声を掛けたいし、顔を見ればキスをしたい、目が合えば抱き締めたい。それなのに「彼氏」というたった一人の存在があるせいで、俺はすみれと付き合う事が出来ないなんて。


「まあすみれちゃんに限らず彼氏持ちはヤメとけ、拗れるから。これマジだから経験談だから」
「黒尾も痛い目見たもんな」
「木兎だってあん時俺に言っただろ?相手の気持ち考えろってな」


それは残念ながら俺の記憶にも残っている。
黒尾も一年ほど前に彼氏持ちの女の子を好きになり、なんとか付き合えないかと四苦八苦していた。結果的にアプローチしていたのが相手の男に知られて、当然ながら黒尾が引く事になった。黒尾が女の子に自分を売り込んでいる間、俺は「男の気持ち考えろよな」と言ったものだ。
が、素直に「覚えている」と言ってしまうと俺の行動には辻褄が合わなくなる。


「……言った……っけ?」
「ハイ記憶の改ざんしないよー」
「言っ、言った言った覚えてるけど」


それが今じゃ俺がそっちの立場。しかも既にヤッちゃってる。最低だ。分かってる。考えれば考えるほど俺って救いようのない馬鹿だ。
どう足掻いても脱出方法が分からなくなってしまい頭を抱えていると、黒尾がわざとらしく溜息を吐いた。


「仕方ねえから俺がお返ししてやるよ。木兎が俺にやったのと同じ事を」


その言葉に俺は顔を上げ、夜久はうんうんと頷いた。俺が前に、黒尾にやったのと同じ事。それもしっかりと記憶がある。


「俺が女の子を紹介してやる」


あの時俺は、黒尾にバイト先の女の子を紹介してやったのだ。あまり長続きしなかったけど、気休めにはなったみたいだった。
今度は黒尾が俺に誰かを紹介してくれると言うが、果たして俺がすみれを諦められるほどの女の子が居るのかどうか。
だけど、諦めなければ俺はずるずるとすみれとの関係を続けてしまうだろう。それは駄目だ。一か八か黒尾の紹介に乗ってみるしか無い。