11
ひとりよがりのオブラート


予選で優勝したというのに、俺は充分な眠りにつく事が出来なかった。白石さんが試合の応援に来てくれるものとばかり思っていたのに、実際は居なかったという残念な気持ちは相当強い。しかも学校に戻ってから見かけたあの光景が、嫌でもチラついてしまうのだ。

他の男子との間接キス。
そりゃあ俺は白石さんとは何の関係もない、ただのクラスメートだけれども。少なくとも俺以上に仲のいい男子は存在しないと思っていた。なんの根拠も無かったが。
でもよく考えれば吹奏楽部はバレー部や野球部だけでなく、他の部の応援にだって行っている。自分だけが特別なのではない。理解しているし、分かりたいけど分からない。あんなもの見なきゃよかった。


「お。バレー部おめでとー」


試合が終わって初めて訪れた平日は、既にインターハイ出場の件が知れ渡っていた。
クラスメートは口々に俺や、俺以外の部員にお祝いと激励の言葉をくれる。それは純粋に嬉しかったけど、それと同時に身構えてしまった。いつ白石さんからも同じ言葉を言われるか分からないからだ。そして、俺はその言葉に冷静な返答が出来るだろうか
。すれ違いざまに声を掛けてくれた男子に「ありがとう」と伝えながら自分の席に進むと、ついにその時はやって来た。白石さんがわざわざ俺の元に歩み寄ってきたのだ。


「白布くん!」


途端に身体がぴくりと強張るのを感じた。
「どうして野球部のやつと間接キスなんか?」「どうしてバレー部の試合に来てくれなかった?」と、嫌な気持ちで溢れかえってしまうのを必死に堪える。真顔で振り向かなければ、真顔で。


「あのね、決勝の日の事なんだけど」
「……うん。何?」
「あの日私、応援に行けなくて……」


白石さんは申し訳なさそうに話していた。
俺に対する第一声は「応援に行けなくてごめん」「優勝おめでとう」のどちらかだろうと思ってはいたので、予想の範囲内だ。だから、それに対する自分の反応だって何度もシミュレーションをした。しかし上手くは行かないものだ。俺は今、白石さんへの良くない感情で胸がいっぱいなのだから。


「……そうだったんだ。気付かなかった」


自分でもびっくりするほど素っ気ない言い方だった。だから当然白石さんのほうも一瞬固まって、今の声は本当に俺が喋ったものなのか?と辺りを見渡している。残念ながら間違いなく俺の声なので、白石さんはすぐに焦った様子で言った。


「あ……そう……なの?」
「集中してたから」
「……」


どうしてこんな事しか言えないんだろう俺は。でも他の気の利いた言葉が浮かばない。
本当は白石さんの演奏で応援して欲しかった。決勝戦を応援に来てくれるって言ったじゃないか。それが当日になって野球部のほうに行くなんて、誰かに指示されて拒否てきなかった内容だとしても、俺の狭い心では到底受け入れられない。
それだけじゃなく応援席の隣に居た野球部のやつに、自分のペットボトルを飲ませるなんて何事だ。あれは俺だけの特権では無かったのか?勝手に俺が思い上がっていただけ?

これらの事を考えるだけでもう何時間も経過したかのように思えたが、実際にはこの沈黙は数秒間の出来事だった。そして白石さんがその場を取り繕うように話し始めた事で我に返った。


「……えっと。でも優勝したんだよね、そっちの応援に行った友だちに聞いたよ」
「うん」
「次はいよいよ全国だね。インハイまでにはレギュラー奪うぞって約束覚えてる?」


覚えてる。俺は瀬見さんから正セッターの座を奪い、白石さんは秋のコンクールでソロパートを吹くのが目標であり、二人の間の約束だ。
しかし、素直に「覚えてるよ、頑張るよ」と言えるほど気持ちは安定しておらず。何も言えずに居る俺に、白石さんは首をかしげた。


「……どうかした……?」


その様子が、俺が何に悩んで落ち込んでいるのかを全く分かっていない様子が無性に腹立たしくて。何事も無いように接する事ができない。でも、だからって「よく気付いたね、俺は今どうかしてるんだよ」なんて頭のおかしい事は言えやしない。


「……何も無い」
「えっ、ちょっと」


どうにか短く言い放った言葉は、お世辞にも「何も無い」ようには聞こえなかったと思う。だから白石さんは、いきなり歩き始めた俺を反射的に追いかけて来た。


「白布くん」
「トイレ行く」
「な……」


こんなに虫の居所が悪そうな顔でトイレに行く俺はさぞかし滑稽だろうけど、もう白石さんと一緒に居ないほうがいい。理不尽に当たってしまうのが目に見えているからだ。俺の勝手な思い上がりと勝手な嫉妬のせいで、彼女を傷付けるわけには行かない。


「白布くんってば!私何かした…?」


それなのに白石さんは、廊下に出た俺をずっと追いかけて来る。とっくに男子トイレの前なんか通り過ぎてしまった俺は、歯止めがきかないのでそのまま歩くしかない。
良く考えれば、男子トイレに入ってしまえば白石さんから逃れる事が出来たのだけど。これ以上自分のクラスから離れてしまえばホームルーム開始に間に合わなくなる。なんて合理性に欠けた行動なんだ。白石さんを教室に追い返さなくては、棘のない言葉で。と、考えて思いついた言葉はこれだ。


「ごめん。今、あんまり構わないで」


あまりにもお粗末な言い草であった。そしてそれ以上にお粗末な俺の脳は、これが白石さんにショックを与える言い方である事に気付けなかった。白石さんの硬直した表情を見て初めて、まずかったと後悔してしまったのである。