19試合開始のホイッスル。
木兎さんのサーブから始まるそのゲームは、練習試合とはいえ敵味方ともに真剣勝負そのものだ。
梟谷は前回の練習試合で音駒に勝利している。このまま勝ち続けたいこちらに対し、相手は「次こそは勝つ」と意気込んでいる事だろう。
だが、そうは行かない。何故なら体育館の片隅で、白石さんが今日も見ているからだ。
「木葉さん」
「んッシ!」
なんでも器用にこなしてくれる木葉さんの鮮やかなスパイクが決まった。
彼には今日の立役者として勝利に貢献してもらわなければならない。
でも、だからと言って木葉さんばかりに良い仕事をさせていると木兎さんが嫉妬する。
そんな事は分かっている。
「……木兎さん。」
「ん?」
「あそこに居るチアの青山さん。バスケ部主将の彼女です」
「ぬぁ!なんだと!?ソイツ同じクラスだ!」
なんと、それは知らなかった。
それならますます都合がいい。
バスケ部とバレー部は体育館の奪い合いで、いつもいつも揉めている。「大会が近い方を優先させろ」「試合成績がいい方を優先させろ」と。
よって木兎さんはバスケ部主将とあまり仲がよろしくない。
つまり自分には彼女が居ないのにバスケ部主将には美人の彼女が居る事に、大いに腹を立てるはず。
「良いとこ見せましょう」
「よしきたァ!!」
青山さんありがとう。
木兎さんは溢れんばかりにガソリン満タン、弾けるようなスパイクを決め今回も音駒に勝利する事ができた。
◇
「お前どんな魔法使ったんだよ」
猿杙さんはいつもの数倍動き回っていた木葉さんと木兎さんについて、俺が関与している事に気付いたらしい。
「バスケ部に負けてられませんねって話をしただけです」
「はあ?」
木葉さんは勝手に俺の言動に引いていただけなんだけど。
その木葉さんは顧問から何か伝言を受けていたようで、試合後のクールダウンをしている部員たちに声かけをした。
「1時間以内に撤収なー!チアが使うって!」
「ういーす」
「梟谷チアガール居るんですか!」
「おう。結構レベル高えぞ」
黒尾さんの言い方だと、パフォーマンスのレベルなのか容姿のレベルなのか分からない。
でも、控えめに言ってもパフォーマンス・容姿ともにうちのチアリーディング部はハイレベルだと思う。
そこに白石さんが入れなかったのは仕方がないし、白石さんと同じくメンバー入り出来なかった部員も沢山いるだろう。
でも容姿は誰がなんと言おうと白石さんが一番。俺の中では。
「赤葦、あの子達もチアガ??」
「…ポニーテールのほうはそうです」
「おろしてる子は?」
「違います」
黒尾さんは、今の試合について感想を話し合っているであろう二人の女の子を眺めていた。そして視線を外すと。
「タイプかも。声かけちゃおッかな」
「何を…」
「ポニテのほうネ」
「………」
「赤葦こーわーい」
今の、絶対わざとだな。
どちらかというと青山さんのほうが黒尾さんのタイプなのは本当かも知れないけど、絶対わざとだ。たちが悪い。
早いとこ片付けて掃除を終わらせてしまおう。
「いやァー今日調子良かったー!」
「さすがです木兎さん。木葉さんも」
「お褒めに預かり光栄デス」
部活後、部室の中。
着替えながら先ほどの練習試合についての会話が盛り上がる。
木兎さんはインナースパイクが完璧とは言わずとも決まったし、春高予選までにムラなく打てるよう完成させてくれれば言う事なし。
「なんか食ってく?腹減ったわ」
「今日は音駒も電車らしいしなー。誘う?」
部活が終わったあともバレー部は揃って行動する事も多いが、ご存知のとおり俺は無理。
「すみません。俺パスです」
「ええ?赤葦またー?」
「まあまあ木兎イイじゃんよ、赤葦も大事な用が、ホラ色々あるんだよ」
なんとなく察している木葉さんが渾身のフォローを発した。
「俺よりも大事?色々って何!?」
「そもそも木兎さんは俺の大事なものリストには入ってませんので」
「なッ!?」
「お疲れ様でした。」
俺の名前を呼ぶ木兎さんの野太い声が部室の中から響いてくるのは、きっと気のせいだろう。
俺は足取り軽く白石さんの待つ体育館へと向かった。
◇
体育館前には既に、午後から使用するチアリーディング部のメンバーが少しずつ集まっていた。
そしてチアリーディング部目当ての、部活終わりの男子生徒も数人。
「あ、赤葦」
声をかけてきたのは片想い仲間(と、勝手に認定した)であるサッカー部の岡崎だった。そう言えばあれから会話していない。
「…顔だいぶ治った?」
「うん。もう痛くないし気にしないで」
岡崎は、俺の不注意と彼の積極的なオフェンスから生まれた顔の怪我について心配そうにしていた。
怪我をした当日はさすがに驚いたが単なる擦り傷だし、痕に残るようなものでは無い。もうその話は無しという事で治めた。
「…で、何してんのここで」
「いやさ、先輩が青山の事紹介しろってうるさくて」
「青山さん彼氏居るよね?」
「知ってる。でも顔見知りになりたいんだって」
「はあ……」
どこの部にも困った先輩というのは存在するのか。こいつも先輩に手を焼く後輩として頑張っているのだろう。何だか親近感を覚える。
「赤葦は何しに?バレー部終わったろ」
「うん…。まあ、ええと」
「………白石?」
「…そう。だね。そう」
「ほほーん」
何故だか嬉しそうというか、余裕の表情を見せる彼。どうしてだ?自分だって白石さんの事が好きなんじゃないのか。
「白石なら中でチアの子と喋ってるぞ」
「……何で?」
「何でって、何で?」
「いや…」
だって同じ白石さんを好きでいるのに、俺に彼女の居場所をすんなり教えるなんて。涼しい顔で。
不思議がる俺に気づいた岡崎は頭をぼりぼりかいた。木葉さんと同じ照れ隠しの仕草。
「俺もう吹っ切れましたから。」
「……何言ってんの」
「疑ってる?マジだよ。お前にはカッコ付けて諦めねぇよーって言ったけど。なんか気持ち伝えたら吹っ切れちった。その程度の気持ちだったわけじゃ無いけどさ…」
気持ちを伝えて吹っ切れるなんて、もはや悟りを開いているのでは無いか。
俺はまさに今日告白するつもりで居るが、振られたとしてこんな風に切り替えることが出来るのだろうか。
いや、むしろ振られたのに元気な顔をしている彼を見れば望みが持てる。
「…俺もそんな風になりたいよ」
「そんな風?俺?」
「うん。お前かっこいい」
素直にそう感じたから言ったのだが、「またまたァ赤葦くんは」と言いながら岡崎はサッカー部の先輩に呼ばれて去っていった。
ドラマでも漫画でも小説でも現実でも、サッカー部はイケメンって相場が決まってるのかよ。
体育館の中を覗いてみると、チアの1年生らしき人たちが音響やバトン、ポンポンの用意などをしていた。
青山さんはすでに着替えて身体を動かしている。
中を見渡す…と、入口のすぐ近くに同級生と話す白石さんの姿があった。
「…あ!きたきた」
「ごめん待った?」
「大丈夫。じゃー頑張って!大会見に行くね」
白石さんはチアリーディング部の面々に声をかけると体育館から出てきて靴をはいた。
今日の彼女も前のようにおしとやかで、決して派手で華やかなほうではないのに輝いてる。そのきらきらした笑顔がこちらを向く。
「……じゃ、行きますか?」
俺はごくりと息を呑んで、頷いた。
19.梟谷学園運動部