06
アンビバレンス・バランス


女の子を無理やり個室に引っ張りこんで無理やりキスするなんてコレ下手したら犯罪じゃねえの。と、考えている余裕はなかった。白石すみれには元々頭の中を支配されていたのに、それが手に入らないものだと分かった瞬間に何かのストッパーが外れてしまったのだ。まだ彼女とは片手で数えるくらいしか顔を合わせていないのに。

普通は俺ほどの体格の男に押さえつけられれば恐怖を感じるだろうに、彼女は全くその様子を見せない。むしろ恐怖しているのは俺自身かも知れなかった。すみれの目は俺のすべてを見透かしているように思えたからだ。


「……私の事、襲う気?」


互いの息遣いを感じるほどの距離で、すみれが言った。髪は少し乱れている。俺がここまで引っ張って、無理やりな事をしたせいである。


「襲いたいけど……襲っちゃ駄目だから」
「どうして?」


すみれが首を傾げた事により、肩にかかっていた髪がはらりと落ちる。こうなる事を予測して首を傾げたのか?と疑うほど魅力的だ。答えられずに黙っていると、すみれは俺の胸ぐらを掴んで引き寄せた。


「いいよ。しよう」


耳元でそう囁かれたかと思うと、すみれの手が俺の首に回される。顔はそのまま耳や首元にすり寄せられて、そのあたりに軽く口付けられているのを感じた。
このままじゃまずい。すぐに何も考えずにすみれとセックスしてしまう。それでは駄目だ、恋人の存在を知ってしまった今は。


「で……でもお前、彼氏居るんだろ」
「そんな事気にしてんの?」
「するだろ普通。ていうかお前は、」


お前はそれでいいのかよ、と言おうとした口は塞がれた。噛み付くような勢いのキスは、もちろん唇どうしを合わせるだけでは終わらない。すみれのやわらかい唇が何度も角度を変えて噛み付いてきて、危うく頭を支配されるところだった。


「……っすみれ」
「他の男の事なんて忘れなよ」


それは男側の台詞だろ。しかし、確かにすみれの言葉であった。
忘れろと言われても、恋敵の存在を頭から消すなんて無理な話である。すみれは自分の状況を分かっているのだろうか。分かっているから敢えてなのか。俺があまりに分かりやすいから?

俺はまた何も言えなくなって、だけどすみれからのアプローチに抵抗する力は弱まっていた。それと同時に湧き上がってくるだらしない欲情。すみれはお構い無しで俺のベルトに手をかけ、器用に外してズボンを下ろした。


「おっきくなってんじゃん」


言われなくても分かっているが、改めてそう言われるとますます大きくなってるんじゃないかと感じる。
正直言ってもう苦しい。下着の上からすみれの手で撫でられると、何も考えられなくなりそうだ。しかもすみれは思い切り下着をずらして、自身もその場にしゃがみ込んだ。


「……!おい、やめ、ろって」
「や」


何をされるのか理解した瞬間 、すみれにぱくりと咥えられた。大きくなった俺の立派な下半身。自分で「立派」と言うのもなんだけど、最近見た中じゃ一番立派な状態だった。
それを大きな口を開けて咥え込み、かと思えば裏筋をぺろりと舐め上げていく。その間の彼女の手は先端を優しく摘んで上下していた。予想はしていたけど、こいつめちゃくちゃ上手いじゃんか。


「くそ……だめ……って、言ってんだろ」


そうは言っても力ずくですみれを引き剥がす事は出来なかった。気持ち良すぎるから。視線を落とせば好きな女の子が俺の股間を咥えてるなんて、そんな光景ってあるか?ここは大学の中なのに。いけない事してる。その背徳感もあり、一気にぞくぞくっと鳥肌が立った。


「も……くそ、出……る」
「ん、っ」


この時ばかりはすみれの顔を引き剥がそうとしてみたけれど、無理だった。しっかりと強く咥えられていたのだ。そのため俺の精液はほとんど彼女の口内に出され、受け止めきれなかったわずかな残りのみが床にぽたぽた落ちた。
これまで口だけでイカされた事なんて無かったのに、女の子に口に出した事なんて無かったのに、とんでもない世界を見てしまった気分。


「……いっぱい出た」
「お前……飲んだのかよ、もしかして」
「飲んだよ。ぜーんぶ」


すみれは「あーん」としてみせた。確かにすべて飲み干している。が、まだ口の中で糸を引く俺の精液らしきものがあって、自分で自分のものを見ると少し気分が悪くなった。…のに、また興奮してきた。
とりあえず服を着なければ。俺はすみれとこんな事をしたかったんじゃない、話をしたかったのだから。


「何してるの?」


しかし彼女は、服を整えようとする俺の手を止めた。


「何って……」
「自分だけ気持ちよくなって終わり?」


すみれの目は俺を逃すまいとしていた。意地悪で言っているのではなく本気で、自分の事も気持ちよくさせろと思っているかのようだった。清々しいほど性欲に従順。それは俺の体も同じで、さっき達したばかりなのに再びむくむくと起き上がり始めていた。


「……さすが運動部は元気だ」
「それは関係ないだろ……」
「そ?まあいいや」


すみれはあろう事か鼻歌をうたいながら脱衣を始めた。相変わらずダイナミックな脱ぎっぷり。地べたに置いた鞄の上に抜いただ服を放り投げ、あっという間に上下とも下着姿になってしまった。


「ここ難しいね。立ったまましよ」
「え?」
「立ちバック。好き?」


そりゃあもちろん好きだとも。数える程しか経験した事はないけれど。しかし、窓際に向かって歩くすみれの後ろ姿を見てはもう引き下がれない。俺はすみれが歩く時左右に揺れるあの尻が大好きなのだ。触りたい。叩きたいし、力強く揉んで形を崩してやりたい。

すみれは窓際のサッシに手を置いた。幸いブラインドが閉まっていて外からは見えない。「開けてみる?」なんて悪い冗談に反応する余裕は無く、俺はすみれの腰を固定した。
突き出された白い尻は絵に描いたような美しさ。今から俺はこの光景を眺めながら挿入する。こんなはずじゃなかったのに、やらずには居られない。俺からは前戯なんてひとつもしていないのに、既に濡れている下半身へと自身をあてがった。それから深呼吸をして、ゆっくりとすみれの中へ。


「う、ん、おっき……」
「……すっげえいいケツ」
「はは、何それ……ッぁ、!」


ぐっとすみれの腰を引き寄せると、一気に奥まで入ってしまった。すみれはびくりと腰を逸らして反応する。中の締まりは最高だ。こんなにぐしょぐしょなのに、こんな事をする子なのに、しっかりと締め付けが強い。


「ちょー濡れてんじゃん……」
「あ! ふぁ、んっ」


あまりに気持ちよくて、俺は最初から強めに動いてしまった。奥まで入れた時にすみれの尻がぷるんと揺れるのを見たくて、何度も何度も。


「ひんっ、あ、光太郎く……っ」
「何?」
「手、ねぇっ、ここ」


すみれは片手をこちらに伸ばしてきた。何をするのか一瞬迷ったけど、前回の記憶が蘇る。すみれはとことん責められるのが好きなのだ。挿入中も、上半身への刺激を疎かにして欲しくない人間なのである。

すみれの手が俺の腕を掴み、前と同じく自身の胸元へ当てられた。ぞくぞくする。どんだけ気持ちいいんだろ。
俺は望み通りに両手を前に伸ばし、すみれの胸を優しく揉んだ。腰はもちろん動かしたまま。少し難しかっけど、すみれも協力的に動いてくれるから問題ない。少しの間は胸を優しく揉んでいるだけだったけど、頃合いを見て中心を軽く摘んでみるとすみれはひときわ高い声で喘いだ。


「あぁぁっ……!」
「す…っげ、急に締まった」
「ん、だって……っきもちぃ、のっ」


気持ちいい事を「気持ちいい」と自ら主張する女の子がこんなにもいやらしくて、魅力に感じてしまうなんて思わなかった。女の子はもっと控えめであるべきだと感じた事もあったから。すみれは目の前の快楽に何も抗う事なく身を委ねているせいで、早くも小刻みに震え始めていた。よかった、俺ももう限界だ。


「俺、もういく……」
「いーよ、私も……私も、もう、……っ」


すみれ自身ももっと気持ちよくなりたいと思っているかのように、俺の動きに合わせて腰を動かしていた。おかげで俺は物凄い刺激を感じて、この短時間にだらしなくも二度目の射精をしてしまったのである。


「何で……彼氏が居んのに、こんな事できるのお前」


床に落ちたそれらを拭き取るのはちょっぴり惨めだが、まさかこのままにはしておけない。ポケットティッシュを靴の底で左右に動かしながら聞いてみると、すみれは涼し気に答えた。


「そっちこそ、私に彼氏が居るのを知ってるくせに何でこんな事ができるの?」


こんな事、と言いながらすみれは汚れた床を指さした。それを言われると返す言葉も無い。「誘ったのはお前だろ」とも思ったけれど、誘いに乗ったのは俺なのだから。


「……それは……」
「光太郎くんとセックスするの、気持ちよくって好き。それが理由じゃだめ?」


世の中にこんな理屈、理由がまかり通るのだろうか。そうは思えない。それを真顔で言ってのけるすみれが少し恐ろしい。
俺の答えは当然ノーだった。それは倫理観とか「彼氏に申し訳ない」とかいう気持ちもあったけど、本当はもっと根底のところ。


「……やだ。俺が一番じゃなきゃ」


俺がすみれと付き合いたい。彼氏とはどれくらい続いてて、どこまで進んでいてどれほどの付き合いなのか知らないけれど。
すみれは「わがまま」と笑うだけで、それ以上は何も言ってくれなった。