04
一喜一憂カルーセル


講義を受けている時もバレーの最中も、アルバイト先で生ビールのサーバー交換をしている時も、今ひとつ集中できない由々しき事態。
大学で白石すみれに会ってからというもの色々とおかしい。おかしいのは「色々」って言うより俺自身なのだけど、つまり俺はすみれを意識し始めているらしいのだ。

すみれには男を虜にする魅力が存分に備わっているので、我ながら見る目があるなぁとは思うけど。信じられないのはまだ俺が、すみれと二度しか会っていないという事。そしてそのうち一度は既に身体を重ねてしまったという事。今思い返しても刺激的な夜だった。
あの夜の事はまだ誰にも言っていない。一緒に旅館に泊まっていた黒尾や赤葦にだって、一言も。俺と彼女だけが知っている秘密なのである。

もしもすみれが同じ学校でなければ、もしかしたら俺は「そういやあの日、あの子と会ってさあ」なんて武勇伝のように話していたかもしれないが。同じ大学内に彼女が居る以上、知られてしまってはすみれの評判を下げる事になるかも。まだ黒尾とかに言ってなくてよかった、俺。


「……ん」


だだっ広い休憩スペースに座ってスマホをいじっていると、急に視界が暗くなった。誰かがそばに立ったらしい。顔を上げるとそこには、俺を見下ろす女の子の姿があった。


「ここいい?」


すみれは鞄を下ろしながら言った。俺が拒否する事は無いだろうと分かっているらしい。もちろんそんなつもりは無いし、むしろ女の子に話しかけられるのは大歓迎。しかもすみれは今、俺の頭の中をいっぱいにしている子なのだから。


「……いいよ。どぞ」
「ありがとう。誰かと待ち合わせ?」


今日のすみれもシンプルな服装であった。無地のティーシャツにワイドデニムという装いなのに、この空間に居るどの女子よりも華やかに見える素材の良さ。俺の目にも相当なフィルターがかかっているのだろうけど、それを差し引いてもやはりすみれは綺麗だった。


「俺、午後は空いててさ。ツレが講義終わるまで時間潰し」
「それってもしかして、海にいた人たち?」
「そ」
「あの人たちも同じ大学か」


すみれはあまり興味が無さそうに言った。黒尾や夜久に興味を持たれるほうが困るけど。狙っている女の子を友だちに横取りされるのは勘弁である。だから俺はすみれへの質問に切り替えた。


「そっちは?今は何の時間?」
「特に何も。午前中で全部終わって、バイトまで暇だなーって感じで」
「バイト何してんの」
「普通の居酒屋だよ」
「へえ!俺、焼肉屋でやってる」
「ははっ。似合う!」


頬杖を付いて、目を細めてけらけらと笑う姿。同い歳らしいこんな仕草もどこかしら他の人間と違って見えて、すみれと目を合わせるのは困難だった。
だけど、顔を見なくたってそこにすみれが居るだけでふつふつと湧き上がってくる。俺、もうこの子の事が好きなんだ。こうして俺に話しかけてくれるって事は脈アリだと考えていいんだよな。


「……なあ。俺、あのさ」
「ねえ」


ところがすみれによって、告白するかするまいか迷っていたところをぶった切られた。そこでようやく目を合わせてみると、見覚えのある二つの瞳が。


「暇つぶし、しよっか」


あの夜俺を誘った時と同じ目で見つめられれば、答えは決まっている。どこで?とか、暇つぶしって何を?とか、そんな野暮な質問は浮かばなかった。すみれに導かれるままに立ち上がり、奇妙な空気のまま後ろをついて歩いたのだ。
そして辿り着いたのは、俺が先日すみれと出会った場所。学園祭の実行委員が集まる部屋の前である。


「……いいのかよ、こんなとこ使って」
「じゃあやめる?」


中には誰も居ないようだった。施錠されていた扉を開けたのはすみれだったので、彼女は委員会の中である程度の権限を持つ女なのだと思われる。
一歩足を踏み入れるとすぐにすみれは鍵を閉めた。持っていた鞄を無造作に床に落とし、立ちっぱなしの俺を壁際へと追いやって来る。これじゃあどちらが男でどちらが襲われてるのか分からない。だけど、相変わらず俺を見上げるすみれの姿はとても可愛かった。可愛いって言うか綺麗って言うか好みって言うか、とにかく性欲を刺激されて仕方が無いのだ。
背伸びをして俺にしがみついてくるすみれを拒否する理由なんてどこにも無く、俺は彼女の腰を抱いてキスを受け入れた。誰も居なかったせいでクーラーのついていない暑い部屋。むわっとした空気が余計にいやらしさを助長して、どちらかの息が上がるのも早くなっている気がした。


「……やめないんだ」
「やめさせる気ないだろ……」
「なーい」


すみれは着ていたティーシャツを豪快に脱ぐと椅子の背にかけ、俺の腕を引っ張った。されるがまま椅子に座らされた俺は、立ち上がる間もなくその椅子に拘束される事になる。すみれが俺の上に座ってきたのだ。しかも俺に跨るようにして。


「嫌なら押し返していーよ」


そう言いながら、すみれが再び顔を近づけてきた。
嫌なわけないし、押し返すわけもない。女の子に積極的に求められる快感は癖になる。向かい合った状態で抱きしめ合い、しかし俺の手はすみれの背中を撫でていくことに徹した。
既に上半身が下着姿のすみれはとても熱い。風邪でも引いているんじゃないかと疑うくらいに。背中のホックを外してみればすみれは自ら腕を動かし、ブラジャーを躊躇いもなく床に落とした。そして俺に胸を押し付けるかのように、さらに密着してきたのだ。


「……ん、ッ…は、あ」


すみれが息苦しそうなのはキスを繰り返しているからではなく、俺の手が胸を触っているからっていうのもあるかも知れない。旅館で触れた時と同じくとても柔らかくて、俺が少し揉みあげただけでピクリと動いた。
可愛い。やばい、もっと責めたい。今度はすみれの鎖骨あたりに口付けてぺろりと舐めてみると、やっぱりこちらも反応した。もうすみれは汗びっしょりだ。


「……しょっぱ」
「ごめ、汗……汚い」
「いいよ。うまい」


汗がうまいって、我ながら何言ってんだって思ったけれど。本当にうまいと感じたんだから仕方ない。
すみれの肩、鎖骨、胸、あらゆるところに舌を這わせて汗なのか俺の唾液なのか分からないくらいにしてやった。その間も俺の手は何もしないのは勿体ないので、すみれの胸を揉んだり腰を引き寄せたり。俺の股間で膨らんだものをすみれの股に押し当てると、すみれは余計に声が高くなった。そして、まるで自ら擦り付けるように動き始めたのである。


「……っひ、ぁ…あっ、」
「これ気持ちいの?」
「ひゃっ、ん!きもち、ッ」


俺も暑さ以外での汗が流れ始めた。「シラフでこれかよ」という興奮による汗である。旅館での姿は酔っ払ってしまった勢いというわけじゃない。すみれは元々こういう人間なのだ。


「……入れるぞ」
「う、ん」


上に座らせたまま何とか俺も下を脱ぎ、そうこうしているうちにすみれも器用にデニムを脱いでいた。太ももにデニムの跡がついているのがなんともたまらない。
すみれの腰を両手で抱え、ゆっくりと下に下げていく。と、面白いようにずぶずぶと中に入っていった。


「……ッ、ぁあ、は」
「す、っげ……」


中の締め付けも濡れ方も何もかもが凄い。鍵をかけているとはいえ大学の教室内でこんな行為に至っている事実や、すみれがまだ数回ほどしか顔を合わせていない俺の前で刺激のままに声を上げる姿とか。


「…普段からこんななの?」
「こんな、って、…ぁ、何っ?」
「昼間からヤラシー事ばっかしてんのかってこと」
「ゃ、ちが……、ひ、!」


本当に違うのかどうか、全く読めない女の子である。
ちなみに俺はこんなに明るいうちからセックスするのは初めてだ。正直いってこの感じ、かなりそそられる。すみれは簡単に身体を許してくれるわりに感じやすく濡れやすく、その上主導権は俺に委ねているようだった。すみれの腰を擦り付けながら、これが誘い受けっていうやつか、と頭を過った。


「ん、はぁっ、光太郎く、ねぇ」
「なに?」
「手、貸して……」


すみれは俺の両手を掴むと、驚いた事に自らの胸に押し当てた。胸も同時に触っとけって事か、我儘なやつ。


「ふぁ、あっ、!や、ッ」
「……すげえ…」


さすが自分から「同時に責めろ」と言うだけの事はあり、すみれはこれまでで一番気持ちよさそうに身を捩った。俺の首に両腕を回し思い切りしがみついて来て、危うく窒息してしまいそうだ。


「なあ、ここ学校だぞ」
「わか、ってるもん」
「いいの?このままやっちゃって」
「そっちだって…っ、ここでやめるの、もう無理なくせにっ」
「……バレてんのかよ」


あくまで気持ち的には強気の様子で、そういうところもたまらなくいい。やめなくていいならお言葉に甘えて続けてやろうではないか。今の時間帯やシチュエーション、すみれの様子に我慢しきれなくなっていた俺は、そのまま一気にすみれを下から突き上げた。


「……はぁ、は、っ」


暑い、苦しい、熱い、気持ちいい、ヤバイ。ぜえぜえ言いながら息を落ち着かせ、ようやくすみれが離れようと俺の肩に手を付いた。そして力を入れようとした時、血の気の引くような声が。


「すみませーん」
「!」


俺たちはともに動きを止めた。下半身はまだ繋がったままである。教室の外に誰かが居る。そして、ドアを開けようとしているようだった。あいにく中から鍵をかけているのでガタガタ言うだけで開かないが、俺とすみれは息を殺して入口のほうを見つめた。


「鍵持ってるの、白石さんだよね?」
「どっか出てるのかな」
「そうかもー。後で来よっか」


どうやら学園祭の実行委員が何名か来ていたようである。彼女たちは部屋の鍵を持っていないらしい。
大人しく去っていく足音を聞きながら、申し訳なさと有り難さでいっぱいになった。そしてその足音が聞こえなくなった時、無意識に大きな溜息がでた。


「…真っ最中だったら…アウトだったよな」
「だね。セーフ」


すみれの声や表情にはあまり焦りが無く、いたって冷静な様子で立ち上がった。そこでやっと結合部が離れ、力尽きた(と言う程でもないけど)俺の下半身が目に入る。すみれが投げて寄こしたティッシュでそれを拭いている時、やっと俺の頭は冷静になった。「やっちまった、学校で」という冷や汗。そして同時に思い出したのだ。すみれが先日言っていた言葉を。


「……大学内でこういうのは嫌なんじゃなかった?」
「したくなったんだもん」
「あ……そう」


光栄に思っていいのか何なのか。まるで性欲を我慢しない猿みたいな感覚だ。
しかし、ちょっぴり悲しい気持ちもあった。俺と身体を重ねるのならそれなりの感情を持っていて欲しい。俺は持っているからだ。初めて会ったあの日からすみれに惹かれていた。気になっていた。ていうかもう好き。顔も身体もめちゃくちゃ好み。ブラジャーのホックをはめる最中のすみれを見つめて、俺は無意識に口を開いていた。


「なんか、こういう事してから言うのもおかしいんだけどさ。俺ちょっとすみれの事気になってるって言うか」


すみれは手を止める事は無かったけれど、ティーシャツに腕を通しながらこちらを向いた。


「…せっかく同じ学校だし仲良くしようっつーか、よかったら付き合わない?っていうか」


言えた。言ってしまった。おかしいだろうか?今更「おかしい」なんてないよな、初対面でセックスした仲なんだし。少なからず嫌われてはいないはずだし、すみれから誘って来るって事はむしろ好かれてるって考えていいはずだ。すみれは俺に気があるはず、それならただこんな事をしているよりも付き合ったほうが良いに決まってる。
すみれは俺の言葉を聞いてさすがに手を止め、俺を見た。驚いている様子は無い。あれ、もしかして最初からバレてたのかな、俺の気持ち。俺の気持ちを知りながら行為に及んだという事は、つまりそういう事だよな?俺の告白を受けてくれる、オーケーであると。
ところが、聞こえてきたのは全く予想だにしない言葉であった。


「無理。私、彼氏いるから」


何を言われたのか一瞬理解出来なかった。すみれが悪びれる様子など一切なく言ってのけたもんだから、余計に頭に入ってこなかった。
すみれに、彼氏が居る。俺じゃなくて?俺じゃないよな。俺以外の男と付き合っている。たった今まで俺とセックスしていたのに?スマートフォンに黒尾からの「終わった」という通知音が入るまで、俺は呆然としてしまった。