02
鮮やかな打算と意地の崩落


砂浜で出会った女の子たちが帰ってから、俺たちも少し経って撤収した。ぐだぐだになっていた黒尾は何故か復活していて、今夜自分から青い水着のカオリちゃんに連絡するかどうかを迷っているようだ。

俺はと言うと、旅館で出てくる料理は海鮮ばかりなのか、ちゃんと肉料理も含まれているのか、それが心配だったけど。きちんとメインディッシュは肉だったので満足である。


「はあ…布団きもちーっ」
「ちょっと、ホコリ舞うからやめてください」
「舞わねーだろ」


夜久は一日の行程を終えて思いのほか疲れているようだった。日光を浴びると体力を奪われるような感覚があるし、俺も少し疲れたかも。仮に今から外に出て花火をするなんて事になると、少し面倒臭いかな。まあ、直接女の子が誘ってきたら行きますけれども。


「…あっ!?カオリちゃん」


その時、黒尾が嬉嬉として声を上げた。海で会った女の子から連絡が来たらしい。すぐさま画面ロックを解除して内容を確かめる。が、その表情はみるみるうちに崩れて行った。


「花火…無理らしいっす……」
「あれー。そうなんだ」
「だから社交辞令って言ったでしょう」
「本気だったかも知れないじゃん!」


残念だけど今夜の楽しみは無くなったようだ。まあ連絡先を知っているのなら今後も会おうと思えば会えるだろう、カオリちゃんにブロックされていない限り。そうなったらさすがに不憫だ。
すると、しばらく猫背気味に落ち込んでいた黒尾が顔を上げた。


「…なあ。ここの売店、花火売ってたよな?」
「確かそうだった気がする」
「仕方ねえ!とりあえず花火やろーぜ」
「えぇ…」
「ははは。いいなそれ!やろう」


月島はやや面倒くさそうであったが、それ以外はひとまず同意した。俺も花火はどっちでもよかったけど、夏らしい思い出を作るのは嫌じゃない。遠くまで花火を買い出しに行かなくて良いのなら、そんなに手間じゃないし。
ロビーにある売店で花火を買いフロントに尋ねてみたところ、駐車場の奥の方であれば花火をしても構わないとの事だった。おまけにバケツ貸してくれるらしく、至れり尽くせりだ。
バケツに少しの水を入れ、花火を持って駐車場に出ると、家族連れも花火を楽しんでいた。こんなの久しぶりだなあ、高校の合宿以来かも。


「…わあー。キレーイ」
「棒読み」
「だって本当はギャルと一緒のはずだったんだよー」
「まだ言うか」


黒尾はまだ女の子との花火(というか、カオリちゃんのこと)を諦め切れていないようで、しょげているけれど。放置すればそのうち直るので皆あまり構わなかった。俺も俺で線香花火なんか久しぶりなのでそれなりに楽しかったし。
だけど、急にぶるっと寒気がした。尿意である。


「…飲みすぎたかも。ちょっとトイレ!」
「ウッス」


晩飯の時、またその後に部屋でお酒を飲んでからそう言えばトイレに行っていない。慌てて旅館の中に戻り、売店を抜けた奥にあるトイレまで駆け込んだ。広い旅館でいいなって思ったけど、ロビーからトイレまでが遠いのは盲点であった。


「はー…スッキリスッキリ」


何とか漏らすことなく用を足し、きちんと手を洗ってトイレを出る。駐車場まで戻るか、それとも館内を散歩してみるか。その前に自販機で炭酸飲料でも買ってみようかな、と立ち止まった時。


「ひゃっ」
「うわっ?スンマセン」


俺の後ろを誰かが歩いていたらしく、背中に人がぶつかった。そして上がった悲鳴は女の子のもので、ヤバイヤバイと振り向けば目を疑った。そこに居たのはちょうど今日、海で出会った女の子だったのだ。


「もしかして……海の……?」


俺が言うと、その子は改めて俺を見上げた。
やっぱり間違いない。あの女子グループのひとり、俺が一番気に入っていた女の子…だけど、やばい。お尻はしっかり脳裏に焼き付いてるのに名前忘れた。まあ名乗られたわけじゃないけど。


「同じ旅館だったのか」
「そっちもココなの?」
「そうそう」


偶然だね、なんて話す彼女は既に浴衣姿であった。髪には海水のねっとり感が無く、入浴は終えているようだ。きれいに乾いた髪を耳にかけながら、その子は続けた。


「今日ごめんね、花火。みんな温泉でゆっくりしたいみたいでさ」
「あ…そうなんだ」
「私は晩御飯の前に一回入ったから、もういいやって感じで」


聞けば残りの女の子たちは二度目の温泉を楽しむために更衣室に行き、彼女はそれを見送りに来たのだと言う。そのついでに館内施設を見学しようかと思っていたそうだ。俺と一緒。


「あなたたちは?今何してるの」
「え。あー、そうそう。花火してる」
「男だけで?」
「そ」
「ふふっ、どんだけ花火したいのー?」


それまで無表情とまではいかないが、涼し気な顔をしていた女の子が初めて声をあげて笑った。口元に手を当てて肩を控えめに揺らす姿、男のそれとは大違い。思わずゴクリと息を呑む瞬間であった。


「…ねえ。喉乾いたからさ、なんか飲も」


そしてまた息を呑む、というか息が止まる。その子が俺の服を少し引っ張り出したのだ。
びっくりしてしまったけどすぐ近くに自販機があるので、そこで何かを買って立ち話でもしようって意味かもしれない。ところが彼女は自販機の前をさっさと通り過ぎたので、一体どうする気なんだろうと俺は立ち止まりそうになった、が。


「お酒余ってるんだよね、私たち」


俺の腕を引っ張りながら振り返りざまに言われてしまうと、何故だか抵抗する力は起きず。今から女の子と姿を消しますよ、という連絡を仲間に入れる気も出て来ず。


「おいでよ。うちの部屋」


そう言われて、誘われるがままにエレベーターに乗ってしまったのだった。

到着した階は俺たちが泊まっているよりも上で、それだけは安心した。何が「安心」なのかは説明出来ないけれど。静かな廊下をひたひた歩き、「ここだよ」と開けられた扉のむこうは、同じ建物内のはずなのに俺たちの部屋よりもいい香りがした。

靴を脱いで畳に上がると、彼女は冷蔵庫を漁り始めた。本当に酒が余っていたらしく、俺の前に缶チューハイが置かれる。彼女も自分のぶんをプシュッと開けて、美味しそうに喉を鳴らして飲んでいた。
俺はまだコレを戴く気になれずそわそわしている。だってここ、女の子の部屋だし。俺、他の子の許可なく勝手に上がり込んじゃってるし。


「……いいのコレ」
「だいじょぶ。みんなお風呂長いから」
「そういう意味じゃなく、」


と、話そうとする俺の言葉を遮るようにその子は隣に腰を下ろした。座布団どうしがもうピッタリとくっついている。そして俺にのしかかろうとするかのように、ぐっと体重をかけてきた。


「お名前は?」


前述の通り、彼女は風呂上がりの浴衣姿である。ってことは俺の位置から彼女を見下ろしてしまえば危うく浴衣の中身が見えてしまうので、なるべくそちらは見ないように必死で耐えた。だって本当は気になって気になって仕方がないから。


「…木兎光太郎」
「白石すみれ。すみれでいいよ」


ドキッとしたのは名前を呼ばれたせいでもあるし、身体を密着させられたせいもある。そして思い出せなかった彼女の名前がようやく分かったからでもあった。すみれちゃんだ。


「光太郎くんってさぁ、アレだね。いい人でしょ」
「え。いや、どうだろ」
「昼間、パラソル片付けてくれた」
「それはたまたま…」


そこまで言うと、すみれちゃんはまるで息をするように自然に腕を滑り込ませてきた。細くて白くて、少し焼けて赤くなった女の子の肌。肩にはもう額がすり寄せられて、今がどんな状況なのか理解するのに時間がかかった。


「…あのー…酔ってる?」
「ちょっとだけ」
「じゃあやめたほうが…」
「なんで?もしかして嫌?」
「いや全然嫌では無いんですけど」


むしろ大歓迎なんですけど、如何せんここではリスクが大きい。他人の部屋だし。旅館だし。初対面だし。でも正直こういうの憧れてた。


「いいじゃん。こういうの興奮する」


そう、興奮して仕方がないのだ。俺のちっぽけな理性なんてもう、いつ無くなってもおかしくはない。知らない女の子と突然部屋で二人きり、いつ誰に見つかってもおかしくないのに、それが余計に身体を火照らせた。飲酒しているから特に。好みの女の子だから尚更。
そして彼女がその気なもんだから、だんだんと何も気にならなくなってきた。大事なひとつを除いては。


「……けど俺、何も持ってな」
「大丈夫」


だけどそれも、すみれちゃんの一言でどうでも良くなった。突然の事で避妊具を持っていない俺だったけど、何の根拠もない「大丈夫」の言葉だったけど、まあいいやって思ってしまったのだ。すみれちゃんは俺の着ていたティーシャツを勝手に捲りあげて、身体をゆっくりと触ってきた。


「…わぁ。すごい身体」


囁くようにそう言われたのが物凄く刺激的で、早くも下半身の変化を感じた。男の俺はすみれちゃんに徐々に押し倒されて、身体にまたがった彼女は惜しむことなく唇を押し付けてきた。たった今飲んでいた酒の味だろうか、とても甘い。


「スポーツしてる?」
「まあ、ちょっと…」
「ふーん……」


彼女はあまり深くは聞かなかった。興味が無いのかもしれない。たった一度、酔った勢いで身体を重ねる相手には。
俺もすみれちゃんがどんな子で、どこの大学で何を学んでいるのかなんて今はどうだっていい。ただ初めて会った間柄なのに躊躇なくキスをして、俺の股間に手を伸ばしてくるのは驚いた。


「……、ちょ、すみれ…ちゃん?」
「呼び捨てでいーよ」
「…すみれ、あのさ。俺はいいから」


女の子に触られるのはどうも照れくさい。気持ちよがる顔を見られたくないし。すみれは身体を起こしてしばらく黙っていたけれど、やがて浴衣から大胆に腕を抜きながら言った。


「…じゃあ、そっちが気持ちよくしてくれる?」


現れた上半身は水着の跡が分かるほど焼けていて、それが余計に魅力的だ。しかもその姿で俺を見下ろしてくるのだから、これまで味わったことの無い感覚。だけど股間に感じるのは覚えのあるそれで、自分が今仲間との花火を「トイレ」だと言って抜けていることなんてすっかり頭から消えてしまった。

すみれは俺を五つ並んだ布団のほうへ誘い入れた。一番端が本人のものらしい。ふかふかの布団に仰向けになった時にはもう浴衣はどこかに脱ぎ捨てられていて、彼女は下着しか身につけていなかった。当然上は裸である。そして俺の服も彼女の手により脱がされてしまい、肌色だらけの空間となった。首に手を回され「早くしろ」と言わんばかりに引き寄せられると、従うしかないのだった。


「…ん、ぁ、っ」


もうすみれを護るものは何も無いので、俺は直接体に触れた。
胸はとても触り心地がよく気持ちいい。柔らかいけど張りもある。少し力を入れただけですみれは小さな吐息を漏らし、反応も抜群だ。自分のテクニックが向上したのでは?と自惚れそうになってしまうが、単に彼女の感度が良いだけなのだろう。
これ以上触ったらどうなるんだろう。涎が垂れそうになるのを我慢して、俺は片方の手をすみれの下半身へと伸ばした。


「はぁ、う、!」
「…すっげえ……」


そこは下着の上からでも分かるほど濡れ切っており、驚きがそのまま声に出た。もう温泉には入ったと言っていたけど、もう一度入る必要があるのでは?これではもう下着の役目を果たしているとは言えない。


「なに驚いてるの…、童貞?」
「違うけど!なんかすげええろいなって…」
「エロイ?初めて言われた」


すみれは行為中とは思えないほどけらけらと笑った。初めて言われたなんて絶対嘘だろうけど。俺だって経験豊富なわけではないが、こんなに男心をくすぐってくる女の子には会った事が無い。自ら最後の一枚である下着に手をかけようとする女の子には。


「ねえ、これ邪魔」


自分で最後まで脱ごうとはせず、指だけを下着に引っ掛けてその先を主張するこの姿。これはもう男なら引き下がることは不可能だ。
すみれの手に自らの手を添えて、俺は彼女の下着を取り払った。湿り切っているせいで張り付いてなかなか離れなかったのには驚いた、こんなの初めてである。
俺も一度風呂には入ったので大丈夫だとは思うが、念の為手が汚くないか確認してからすみれの濡れた部分を指でなぞる。その感触だけで気持ちは更に昂った。そして簡単に俺の指を咥えこんでしまい、すみれは身を仰け反って甘い声をあげた。


「……あ、ぁ!ゆび…や、奧、!」
「…なあ、これ隣の部屋に聞こえるんじゃ」
「や、だって…気持ちぃんだもん、」


すみれは声を我慢する素振りも無く、ただ気持ちいい感覚に身を捩り喘いでいるかに見えた。女の子ってこんなにも快感に身を委ねる事があるのか。それともこの子だけなのか。
しかしすみれの声がこのまま響いてしまうのは、たぶん良くない。どうしよう?と考えていたら俺の手は自然と止まっていたらしく、すみれがジッとこちらを見ていた。


「…わたし、声すっごい出ちゃうから…無理やり抑えていいんだよ」


それは「やれるものならやってごらん」と言うサディスティックな言葉であるが、意味は恐らく逆だ。挑戦的な物言いに隠された本音は俺を上手く誘導し、自分が最も好きなシチュエーションを作り上げようとしているかに見えた。すみれは無理やり声を抑えられるのが好き。だからそうしてくれ、と言っているのだ。


「……すっげえエムじゃん」
「ふふ」


否定しないという事は当たりである。すみれの唇をキスで塞いで指を出し入れすると、きゅうっと強く締め付けられた。さすがに指が折れることは無いけれど、圧迫感が凄い。背中に回された手にも力が入り、危うく爪を立てられそうだ。


「んぅ、うっ…は、ぁ」
「…っやべ…ぐっしょぐしょ」


いよいよ俺も我慢できないので下着を畳に放る。すみれの無防備な下半身へ自分のそれをあてがうと、難なく挿入出来てしまいそうだった。実際すみれは全く抵抗しなかったし充分すぎるほど濡れているので、そこからは簡単だ。すみれの腰を両手で支え、ぐっと奥まで一気に入れた。


「……っあぅ、ッ」


すみれは相当踏ん張って堪えているように見えた。気持ちいいのを受け入れ過ぎないように。恐らく気を抜いたらすぐに達してしまうのではないかと思えた。それってある意味怖い。男側が「自分は上手くなった」と錯覚してしまうからだ。
けど、今はその勘違いをしてしまいそうなほど、すみれは俺の動きにあわせて感じていた。


「ひぁ、っ!あ、ん」
「すみれちゃん、声我慢」
「や、あっ、やだ、名前…っ呼び捨てがいい、のっ」


これもすみれのシナリオだと思われる。が、何の躊躇もなく従ってしまいそうになる。絶妙に俺の心をくすぐる指示。


「すみれ、静かにして。出来るよな?」


普段セックスの時にこんな事なんか言わないのに、自分が自分じゃなくなるような感覚。だけど癖になりそうだった。俺が名前を呼び捨てた途端に、すみれが俺にしがみついて来たものだから。


「ん、する…するから、もっと」


そう耳元で懇願されては、言いなりになるしかない。手だけでなく脚まで俺を拘束するように回してきて、今以上の刺激を求めているようだった。そんな姿を見せられたら、そんなふうに求められたら思わず歯が浮いてしまう。


「…やっべぇなお前」
「あ…ぁ…っ!」


すみれの声を抑えさせなきゃという理性はギリギリまでは残っていたけれど、途中からそれはどうでも良くなった。気付けば彼女の腹の上に、みっともないものをぶち撒けていたのである。


「ごめん…なんか…」
「なんで謝るの。気持ちよかった」


何とも情けない今の状況を説明すると、俺が部屋にあったティッシュですみれの腹を拭いているところ。ついでに自分のなよなよした柔らかいモノも拭いた。この瞬間っていつも寂しくなるのは何故だろう。賢者タイムだ。
そしてその切なさを噛みしめながら後処理をしていると、脱ぎ去ったハーフパンツから音がした。俺のスマホの着信音だ。


「…あ。ヤベ、黒尾だ」
「あれぇ…残念」
「俺もう行かなきゃ」
「うん」


完全に忘れてたけど、俺は男仲間と花火の真っ最中なのであった。この部屋の女の子たちはまだ入浴中だからすみれは何も問題無さそうだけど。ぐしゃぐしゃの布団やゴミ箱の中身を見返すと、冷や汗が垂れてきた。


「…ええと。すみれちゃん、なんか今日は…色々…」


ワンナイトラブってどんな感じだろうと思っていたものの。勢いで抱いてしまった罪悪感は少なからず、いや大量にあった。すみれから誘われたとはいえ、もしもレイプだなんだと言われたら俺が不利に決まってる。
しかし俺の心配はどこへやら、すみれは手際よくゴミ箱の袋を結んで新しいゴミ袋を設置し始めた。そしてけろりとした様子で一言。


「呼び捨てでいいってば」


どうやら俺は今夜の事で性犯罪者にまつりあげられる事は無い…と信じたい。今のところ。
だけどそのビクビクした気持ち以上に大きかったのは、今夜のセックスが過去最高に気持ち良くてそそられてしまったという事。今後あんなに楽しく気持ちよくなれる事は無いだろう、と若くして思えてしまった。