01
青い水の溜まり場へ


大学生になって三度目の夏だけど、つるむ相手は高校時代と特に変わり無かった。相談したわけじゃないのに偶然黒尾や夜久と同じ大学を受けて合格したし、となれば部活は男子バレー部に決まっている。別の大学に進学した赤葦や月島も同じ都内に住んでいるから、そのメンバーで集まる事も多かった。バレーをするのは勿論の事、車を借りて遠出をするのも高校の時には出来なかった遊びだ。

まずゴールデンウィークにはバーベキューをした。大学生になったばかりの月島にいきなり彼女が出来たのをいじっていたら、過去最高にキレられたのを覚えている。「そういう木兎さんはおひとり様ですか?寂しいですね」って言い返されたんだっけ。悔しかったが事実なので何も言えなかった。
そして今は夏休み。いつもの面子でやって来たのは、大人気の海水浴場である。


「あー…ねみぃ」


シートの上で仰向けになっているのは黒尾鉄朗だ。ビーチまでの運転を担当したせいで疲れているのと、アルコールを飲み過ぎたらしい。ちなみにここから旅館までは月島が運転してくれるので大丈夫。その月島は、ぐでんぐでんになった黒尾を見て顔を引き攣らせていた。


「飲みすぎでしょ」
「コイツ酒よえーの。身体真っ赤だろ?」


黒尾の顔や体が赤いまだら模様みたいになっているので、俺は笑ってしまった。「笑うなよ」と弱々しく言う様子は普段の黒尾からは考えられなくて、余計面白い。そんな光景には目もくれず、赤葦は時計と睨めっこして言った。


「いつごろ旅館行きますか?」
「そうですね。早いとこチェックインして寝なきゃ」
「おいおいツッキー、温泉で裸の付き合いが残ってるだろ?」
「あ、結構です」


つれないやつだ。無理矢理にでも誘ってやろう。彼女と上手くいってるのか聞き出さなくては。


「…あ。あの子たち戻ってきた」


寝転んだままの黒尾が言った。
「あの子たち」が何なのか、それを説明するためにはまず数時間前に溯る。シートを敷いてビーチパラソルを置いた俺たちは、大きな浮き輪やビーチボールを膨らませようとあれこれ準備していた。そこへ女の子たちの黄色い声が聞こえ始め、「このへん空いてる!」とそのうちの誰かが言った。俺たちのすぐ近くに、彼女たちがビーチパラソルを設置したのだ。
しばらくキャッキャと写真を撮って楽しんでいるようだったが、浮き輪を持って海に入っていったのが一時間前ほど。そして、ようやく今戻ってきたのである。


「青い子かわいーな…」
「けど、もう帰っちゃうみたいだな」
「くそー残念」


黒尾はもしかしたら眠たい振りをしているんじゃないだろうか、と言うくらい全ての女の子を観察しているようだった。俺も気付かれない程度に見ちゃってるけど。男だらけのグループの隣に同い年くらいの女の子グループが現れたら、意識するのは当然だ。しかも全員水着だし、結構レベルが高いのだ。

しかし彼女らは既に荷物をまとめ始めていて、俺たちよりも先に撤退するようだった。少し残念、とか思ったり思わなかったり思ったり。


「あのー…すみません」
「ハイッ!?」


その時、黒尾が非常に高い声で返事をした。俺もビクッとしてしまった。黒尾が勢いよく飛び起きたせいもあるけど、今話しかけて来たのが女子グループのうちの一人だったから。


「パラソルが上手く畳めなくって…手伝ってもらえませんか?」


真っ青なビキニを着た女の子は、濡れた髪をかきあげながら自分たちが使っていたパラソルを指さした。先程「青い子かわいい」と呟いていた黒尾はどこを見れば良いのか分からない様子。しかし、恐らくそれは飲酒も起因していた。


「え…お…はい、いいですよー」
「わーい。助かります」
「黒尾フラフラだろ。俺やるよ」
「なぬ」


別にこれは黒尾の手柄を取ろうとしたんじゃなくて、単に酔っぱらいの黒尾が重いパラソルを持つのは危険だろうと判断したからだ。
…と言うのは半分嘘で、女の子の前で格好付けたかったのも本音。月島は嫌がりそうだし赤葦は一番遠くに座っているし。夜久がやってもいいかなと思ったけど、俺たちの中で明らかに小柄な彼に力仕事をさせるのは、第三者から見るとあまり良くない光景だろうから。決して夜っ久んの力を甘く見ているわけではない。


「これ一本だけですか?」
「そうですー」
「ほーい」


俺は立ち上がって女子の中にお邪魔した。物凄くラッキーである。浮かれてるのを顔に出さないようにしなきゃ。

パラソルを片しながら「どこから来たんですか〜」なんて聞かれたので、東京から車で来てます、と無難に答えておいた。もっと早くに仲良くなればよかった、もう帰ってしまうのでは話を弾ませるのは難しい。夏のワンナイトラブとか憧れてたんだけどな。

それからは浮き輪等もレンタルしているテントまでパラソルを運んでやり、返却までを代わりに済ませてあげた。「力持ち〜」って拍手されたのは気持ちが良かった。


「…なあ。あの子ら、女子だけかな?」


男だらけのシートに戻ると、黒尾はすっかり酔いが覚めたように目を開いていた。最近彼女と別れたばかりで寂しいらしい。


「僕らに頼んだって事は、女性だけなんじゃないですか」
「なあ!花火とか誘っちゃわない?そのへんで買ってさあ」
「おお…いいな」
「でも、俺たち今夜は泊まるんですよ。あの子たちは日帰りかも」


俺含む数名が盛り上がっているところに、赤葦が的確な予測を立てた。確かに俺たちは近くに泊まるけど、女子たちが日帰りしてしまうなら花火は無理だ。どうしよう。まあ男だけの花火もそれはそれで楽しいだろうな。
と、俺は諦める気になってしたのだが。


「皆さん、泊まりですか?日帰り?」


なんと黒尾が立ち上がって、荷物をまとめる女の子たちに声を掛けたではないか。俺たちみんな仰天した。ちなみに月島だけは軽蔑していた。女子グループの面々は一瞬だけ目を丸くしたけれど、すぐに答えてくれた。


「泊まりです。このへんの旅館に」
「あ、女子旅なんですね」
「ふふっ。そうそう女子旅。ねー」
「ね」
「夜、予定あります?良かったら花火でもしませんか」


あでやかに笑う女の子たち。色とりどりの水着を着て、思い切り海に入ったのか髪は濡れており、化粧は恐らく崩れているのにそれが色っぽい。年上かな?でも幼い感じの子も居る。
五人いる女の子のうち、黒尾に受け答えしている青いビキニの子が中心なのだろうか。俺もその子をジッと見ていると、突然彼女は別の女の子に目をやった。


「どうする?すみれ」


俺もつられてそちらを見た。そしてドキッとした。この中で一番タイプだったのだ。さっき海に入っていくのを見た時、お尻が大きくてすごく良かった…じゃなくて綺麗だった。今はラッシュガードを着ててお尻がよく見えないけど、名前はすみれちゃんと言うらしい。すみれちゃんはウーンと考え込んでいたが、やがて真顔で言った。


「…まだちょっと決められないかな。疲れちゃったし、一回くつろいじゃったら出れるか分かんないかも」


すみれちゃんは冷静にリスクを話していた。どうやら論理的な女の子である。


「ですよねー、いや、無理にとは思ってなかったんで大丈夫っすよ」
「なら連絡先交換しときますか?私たち、もし行けるなら連絡するので」
「えっ!いいの」
「うん。いいよねぇ皆」
「いいよー」


一気にその場に華やかな笑顔が広がっていく。うわ、美人の女の子が集まってるとこんなにも空気が変わるんだ。潮風が吹いてるのに、心なしか甘い香りが漂ってる気がする。
俺は「ワンナイトラブに憧れてる」とか思ってはいるが容易に連絡先の登録を増やしたくないので、交換は黒尾に任せる事にした。


「…えっと、カオリちゃんね」
「うん。そっちは…これ?鉄朗くん?」
「そうそう」
「ちなみに、みんなは何歳なの?」


カオリちゃんと言う青いビキニの子が言った。待ってました、その質問。


「俺ら大学三年。こいつが二年、こっちが一年」
「あ!近い。私たちみんな三年だよ」
「おお。偶然」


女の子は全員同い年らしい。それなら話しやすくて良さそうだ。大人っぽく見えたから社会人かなと思っていたけど、濡れ髪効果だったのかも。


「じゃあ私たち行くから!また連絡しまーす」
「はーい」


本気かどうか分からない「また連絡します」を黒尾も軽く受け取って、先に撤退する女子に手を振った。
青い子、確かに可愛いな。花柄の子も可愛いし、小麦肌の子もかなりイケてる。だけど俺はやっぱりすみれっていう子かな。そう思いながらすみれちゃんを眺めていると、ちょうど俺の前を通る時に目が合った。


「ねー、」
「ん」


そして、なんと向こうから話しかけて来た。ラッシュガードを羽織っているだけで前のジッパーは開いており、胸の谷間が丸見え。その谷間だけを凝視しないよう、俺は努めて目を見た。


「パラソル、戻してくれてありがと」


すみれちゃんは満面の笑み、というほどでは無かったが少しだけ口角を上げていた。それが「可愛い」とも「綺麗」とも言えない色っぽい感じがして、ちょっぴり背筋を伸ばしたのは秘密である。


「…ああ。いいよそんなの」
「助かったよ。じゃあね」


五人のうち最後にすみれちゃんが挨拶をして、ついにその場にはむさ苦しい男だけになってしまった。他にも海水浴客はいるけど。一気にサウナみたいになった。


「…ホントに連絡くれんのかね、あの子たち」
「いや社交辞令でしょ」


夜久と月島は特に期待していない様子であった。俺も実は、期待はしていない。好みの女の子も居たけれど、本当にさっきのは社交辞令の可能性が極めて高いからだ。きっと女子だけでホテルの部屋に入った時、「アイツらどーする?」「ナシナシ!」みたいな会話をされるんだろうなあ。だが黒尾は諦めきれてないようで。


「はーっ…カオリちゃんタイプだったな」
「軽そうでしたよね」
「コラ!」
「だから声掛けたんでしょ?」
「それもあるけど!可愛かったからです」


カオリちゃんという青いビキニの女の子に、相当お熱のようだ。焦げ茶色のロングヘアがべったりと肌に張り付いていたのは、確かに目を見張るものがあったよなあ。
でも、俺はそんな色気のある話には向いてないかもしれない。さっきあんなに美しい女性たちを見ていたのに、もう別の事が気になっているのだ。旅館の晩飯、何が出て来るんだろう?って事である。