05


翌日から俺は、今まで以上に朝の電車を楽しみに過ごすようになってしまった。
あわせて少しの緊張も伴うようになった。

7月末から始まるインターハイに向けて朝練はこれまで通り毎日行われ、青城もまた春高バレーに向けて今からさらなる練習をしているようだ。
よって、俺たちは毎朝の電車の時間は変わらず通勤ラッシュよりも早い時間帯。


「白布くん!こっちこっち」


俺が電車に乗り込むと、席に余裕があるときには白石さんが俺の席を取っておいてくれるほどになった。
そこに何食わぬ顔で座るには、かなりのパワーを消耗する。今日も彼女の呼び声でそこに座り、一息ついた。


「練習はかどってる?」
「うん…まあ。そっちは?」
「フフフ。及川さんのサーブが以前にも増してキレキレです」


嬉しさを隠せない様子で白石さんが言った。
これ以上及川徹のサーブが威力を増すと、ますます俺との力の差が出てしまうんだけど。…しかし。


「…それ俺にバラして良いわけ?」
「わっ!やばいかな?内緒にして…」
「んー、どうしよ」
「他校に情報漏らすなんて最悪だあー」


慌てる姿がもっと見たくてついつい意地の悪い事を言ってしまう自分に驚く。そして、もっともっと俺に向けていろんな顔を見せて欲しいと思っている事にも。


「…じゃあ俺もひとつ教えてあげる」
「えっ」
「うちも最近、ストレートがキレキレの1年がスタメン入りしたところ」
「ほっ…ほんと!?」


1年生!?それは大変だ来年も再来年も戦力じゃないか!と白石さんは目を輝かせながらあたふたしていた。
俺の与えた情報で白石さんが嬉しそうにしている。こんなところで五色に感謝する事になるとは。


「……これでおあいこ。だな」
「立派なスパイだね私たち」
「俺、バレたら殺されるかも」
「大丈夫!その時は私も共犯だから道連れ」


明るく笑う白石さんの姿は「この子と一緒に殺されるなら悪くないか」という変態思考を俺に与える事となった。何考えてるんだ俺、冷静になれ。

そして駅に着いてこの楽しい会話も今日は終わり、「また来週」と声をかけて金曜日の朝が始まった。





「あ!おはようございます!」


着替えて体育館に入ると、俺の中で今朝の会話のMVPである五色を中心に1年生がネットを張り、朝練の用意を終えたところだった。


「…はよ。準備ありがとな」
「!? し…白布さん…大丈夫ですか?」
「は?」


五色が短い前髪を揺らせながら顔を近づけてきた。近い。そして見下ろすな。
選手としての才能も身長も悔しい程に持ち合わせている五色工は、俺の中では扱いにくい後輩ナンバーワンだ。


「今までいちいちお礼なんか言われた事無かったですから…」
「…あぁ?」
「ひえっ」


五色が後ずさりしたところへちょうど太一が居合わせて、怯える五色を笑顔で宥める。


「賢二郎は最近ご機嫌だから。なっ」
「……太一」
「ご機嫌!それはそれは素晴らしいです!」
「うるさい五色」
「えぇー!?」
「はい工はアッチで天童さんと愛のマンツーマンレッスン〜」
「えー!天童さん苦手なんですけど…」


五色は太一に押されて、たった今体育館へ入ってきた天童さんのところへと走って行った。

俺だって天童さんは得意じゃないが、白鳥沢の名前を背負って試合に出る前には必ず天童さんからの洗礼を受けるのが恒例となっている。…らしい。


「…で?毎日会ってんのにまーだ連絡してねえの」


ストレッチをしながら太一が面白そうに話し出す。俺がいつもより少しだけ虫の居所が良い事に気付いているようだ。


「毎日会ってるからこそだろ」
「電車内だけで互いの時間を共有するわけね…どんな昭和のドラマだよ。聞いてるコッチの身にもなれ」
「………」


だって、そもそも白石さんに連絡したところで青城のバレー部内に彼氏でも居たらどうするんだ。とすれば俺の完全なる片想い。笑えやしない。
そんな恐ろしい事実が発覚するくらいなら俺は、毎朝の時間を共有するだけで構わない。

…と、いう旨を手短に伝えると太一は目ん玉ひんむいて抗議してきた。


「おま…彼氏居るか聞いてねーの?」
「聞いてない」
「聞くだけタダじゃん!」
「な…」


そもそもの出会いは痴漢に遭っている白石さんを助けた事だ。そこから偶然仲良くなって偶然同じ部活だっただけで、偶然俺が彼女を好きになった。
…痴漢に怯えた女の子の弱味につけ込んでるみたいじゃないか。


「いやいや。まずその出会い方から結構なデスティニー感じるわ」
「デスティニーとか。きも」
「応援してんだけど!?」
「ゥオラ太一!賢二郎ォ!うるせえぞ!」


ちくしょう、いつの間にか監督が体育館に来ていたらしく盛大に怒られてしまった。


05.若きスパイたちの運命