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「…付き合いませんか。」


影山くんは見た事もないほど赤くなり、少しだけ顔を私から逸らしていた。

机の上をじっと見つめながら私の答えを待っていたようだけど、私は驚きと喜びでなかなか声が出ない。というより、いい返事が浮かばず口をあんぐり開けていた。

私からの返答がない事に気づいた影山くんが机から視線を上げた。


「…私…で、いい、の」


何か言わなきゃ、と思って口から出たのはこの言葉。


「なんで?」


だって影山くんはスタメンで、これから全国に行こうとまさに部活に励んでいる最中。私という存在が彼の妨げになるのではないか、それに。


「影山くんは凄いし…部員とマネージャーが付き合うとか…あんまりよく思われないかな、って」


決して付き合うのが嫌なんじゃない。
むしろこんな夢みたいな事があるなんて、明日にでも私は死ぬんじゃないかと思うほどの喜びだった。

そして逆に、後からのみんなの反応や周りからどう思われるのかが少し怖くなってしまった。

でも影山くんはそんな事気にしていないようで、少し考え込んでから言った。


「お互い好きなのが分かってて、今まで通りの関係を続けるわけか。俺はそっちのほうが無理」


…こんな事を言われて、受け入れない方が無理だと思う。

私は無意識に「よろしくお願いします」と答え、影山くんと晴れて付き合う事になったのだ。


お店を出てから、ずっと考えている事があった。


こういうのは翔陽に報告するべきなのか。または他の部員の人とか清水先輩とかにも。

もし隠していたとしても、私が影山くんに対して部活中、変な態度を取ったらバレるのではないだろうか。


そう、心配していたのだけれど。


「……何してんの?」


振り返るとそこには幼馴染と、バレー部の先輩二人が立っており物珍しげにこちらを見ていた。


「お…お前ボーリング行くんじゃ」
「ボーリング場はココなんだけど。」


翔陽が指差す先には確かにボーリング場の入り口が。このモールは先ほどの説明の通り、いろんな施設が入っているので便利なのだ。

どうやら翔陽たちは今日ここでボーリングの予定だったらしい…校門で声をかけられた時、ボーリングに誘うつもりだったのかも知れない。中学の時も翔陽のボーリングをよく見学していたから。

しかし翔陽はさほど驚いた様子は見せておらず、その隣の田中先輩と西谷先輩はけっこうな驚きっぷりだった。


「成る程…影山くんは女の子とデートするから俺たちの有難ァァいお誘いを断ったワケですかな?」
「ですかな?」
「違…いや…それは…これは…」
「カワイイカワイイマネージャーと何の密会なのですかな?」
「ですかな?」


面倒な人に見つかってしまった。
ついさっき繋ごうとしていた手は慌てて離してしまい、またも私は意味なく鞄を持ち替えたりして手のやり場を探す。

田中先輩がとても怖い顔で影山くんを威嚇している。


「…影山クン。今からボーリングだけど来るよね?」
「え、」
「二人で、来るよね?」


あ、断っちゃいけないやつだ。
わたしと影山くんの意見は一致した。


「「……喜んで。」」





私はボーリングが出来ないので、みんなが投げるのを見学する事になった。

田中先輩と西谷先輩には「そういえばそうだった!無神経でゴメン!」と謝られたが、私も逆の立場なら腰のことなんか何も考えず誘ってしまうだろうし、気にしないでくださいと伝えた。

それに彼らは今回のボーリングのメインを単なるスコア争いではなく、影山くんへの事情聴取にシフトしたらしいのだ。


「んッロォーリングサンダー…スロー!!」


どがしゃーん!と大きな音を立ててボールが投げられ何度か跳ねたのち、西谷先輩のボールは全てのピンを倒した。


「ッしゃあ!ストライク!」
「おっ教えて教えてぇぇローリングサンダースロー教えてぇ」


あまりローリング感もサンダー感もなかったがストライクになった事で、翔陽の心は鷲掴みされたようだ。
ふう、と一息ついて西谷先輩が戻ってきて次は翔陽の番。


「…ところでお前ら手ぇ繋ごうとしてた?」
「ぶっっは!!!」


影山くんがポップコーンを吹き出した。


「見てたんすか」
「見てたから声掛けたに決まってんだろ」


ああどうしよう、隠れて付き合おうと思っていたのにいきなり知られてしまうとは。

影山くんも私も浮ついた気持ちで部活に参加していると思われたらどうしよう。少なくとも影山くんはそんな事無いのに…いや私もだけど。


「白石さんと影山は付き合ってるって事でファイナルアンサー?」
「……ふぁ…」


何て答えよう。

私が勝手に肯定すると、部内での影山くんの扱いが変わってしまう気がして口をつぐんだ。

影山くんに返答を委ねようと彼のほうを見たと同時に、その口が言った。


「ファイナルアンサー」
「んマジかああぁぁぁぁ!」
「何々、え、何々!」


投げ終わった翔陽が席まで戻ってきて(誰も翔陽の投げる様子など見ていなかった)盛り上がっている先輩方に寄っていく。

私も私で影山くんが全く隠そうとしない事に驚いた。すでに怪しまれているとはいえ、知られても大丈夫なのだろうか?


「日向!こいつら!付き合ってるって!」
「えっ?あ、なんとなく思ってました」
「思ってたんかいぃ!」
「実際付き合ってるとは知らなかったですけど…いつか付き合うのかもなぁって」
「な…何でそう思ったの?」


いたって冷静な反応を見せる翔陽にはその場の四人ともが驚いて、私は思わず聞いてしまった。


「何でって」


翔陽は私と影山くんの顔を交互に見た。その様子を全員が見つめていたけど、臆する事なくさも当然のように続けた。


「見てたら分かるもん」
「…だから!それが何でかって聞いてんだ日向ボゲェ!」
「えぇ!?だってすみれはずっと影山の事気になってるみたいだったし…」
「ちょ!翔陽恥ずい!やめて!」
「何なんですかねえ…何なんですかねぇこれはノヤっさん…」
「俺たちには到底手に負えねえや」


それから私たちはボーリングを終え、とりあえずは今日のメンバー以外には口外しない事を約束してもらった。そのうち自分たちで言いますから、と言って。


初めての大会から約1年。

あれはたぶん一目惚れで、その相手にどうにか会えないかと烏野高校へ入学。

運命的に同じ高校だった私たちは、あまり運命的とは言えない過程を経て、今日から恋人同士になった。

19.ファイナルアンサー