ついつい華やかそうな印象だけで入ってしまったチアリーディング部は、意外と体育会系の厳しい部活であった。

…というのは私が感じているだけで他の部員はそうでもなさそうなんだけど、私が単に体力もセンスも無いらしい。ゴールデンウィークの練習でついにダウンしてしまい、保健室で休んでおくように言われてしまったのだ。


「…帰ろっかな」


孤独な保健室ではマイナス思考ばかりが先行する。ここには誰もいないし、私ひとりが居なくなっても誰も気付かないだろうし、ヘタクソは居ないほうがいい。たぶんそうだ。きっとそう。
都合よく考えた結果私は帰る事にしたけれど、まだ上手く身体を操る事ができなくて横になったまま十数分が経過した。


「失礼します」
「まーす」


その時、保健室に何名かの男子が入って来た。連休中に来るって事は運動部だと思われる。カーテンの向こうに神経を集中させると、彼らがだんだん近付いてくるのを感じた。


「ほらココで休んどけ」
「だいじょぶです、やります練習やれますから」
「休んどけっつーの!」


一番声の大きな人がそう言うと、思いっ切りカーテンを開けた。お約束だが、私が寝ているベッドのカーテンを。


「ひっ!?」
「うわっ!?」


私は驚いて布団を頭から被り、相手も目玉を見開いて一気にカーテンを閉めた。
不細工な寝顔を見られなかったのが不幸中の幸いだけど、疲労困憊のこの顔も充分な不細工だ。だけど「女子が寝ているところを勝手に見た」という罪の意識が大きいらしく、カーテンの向こう側からは大きな謝罪が聞こえてきた。


「やべえ!人居た!すんません!」
「いえ、こちらこそ…」
「あっちのベッド使おうぜ」


その人は、もう片方のベッドを隠すカーテンを開いた。さすがに先程よりもゆっくり開けたように聞こえる。隣のベッドには誰も寝ていなかったらしく、「嫌です大丈夫です」と暴れる男子をベッドに押し込んだ。


「じゃ、一時間くらい経ったら様子見に来るからな」


そう言ってカーテンを閉め、一名は保健室から退室して行った。
聞こえてきた内容から察するに、運動部の先輩が後輩を保健室に連れてきたのだと思われる。休むのを嫌がっているって事は、本人はそこまで苦しくないのだろうか。もしかしてイジメ?…そんなわけないか。


「…あーもう…」


隣からはこんな声が漏れてきた。そんなに休憩させられるのが嫌なのだろうか。だけど無理やり保健室に連れてこられたという事は、私みたいに練習について行けなくて倒れたんじゃないかと思うのだが。それなら回復するまでゆっくりしておけばいいのに、私なんかもう帰る予定だし。

だけど、この人が来た直後に帰るのも気が引ける。もう少しこのまま寝ていようか。あの男の先輩が戻ってくるまでに帰ろう。
そう思って目を閉じようとした時、なんと再びカーテンを開けられた。


「あの」
「わっ」
「さっき、勝手に開けてすみませ…あれ」


勝手に開けられたのは今もですけど。という突っ込みは出て来なかった。この人の顔には見覚えがある。同じクラスの男の子。隣に連れてこられたのは、私のクラスメートだったのだ。


「あ。五色くん?」
「あー…ええと…白石さん」
「そうそう」


五色くんは私の名前をうろ覚えだったらしい。無理もない、まだ入学して一ヶ月ほどしか経過していないのだ。私は偶然五色くんの名前を覚えていた。彼は背が高くて目立っているのと、バレー部のスポーツ推薦だって事で少し有名なのである。


「調子悪いの?何かの部活?」


寝転んだままの私に五色くんが聞いてきた。
保健室で寝ている女子に、勝手にカーテンを開けた挙句に質問してくるのはいかがなものか。しかし今はほぼ気分が良くなっていたので、それは指摘しない事にした。


「私、チアの練習してて…ついていけなくてさ。休んでた」
「そっか」
「五色くんは?」


私はゆっくりと起き上がり、髪を手ぐしで整えながら聞き返した。すると五色くんは目に見えて眉を寄せ、ブスッとした様子で一言。


「……まあ同じようなもんだよ」


布団を睨み付けながらそう言ったのだった。保健室で休むのは不本意らしい。先輩命令だから仕方なく従っているだけ、とでも言いたげである。
五色くんは熱血なのだろうか、さすが推薦枠で入って来た人はやる気が違う。そんな人と並んで寝ているのも申し訳ないし、仕切りがあるとはいえ男の子の隣で寝るのは避けたい。もう身体を起こしてもフラフラしないし、帰る事にしよう。


「あの、じゃあ私はもう行くね」
「俺も」
「えっ?今来たばっかりじゃん」
「だって、大丈夫なのに無理やり連れて来られたんだよ俺!」
「ええー…でもさ、」
「休んでる間に他の人が別の練習してんの、ずるくない!?焦んない?」


五色くんは、せっかく押し込まれた布団からすでに身体の半分以上をはみ出した状態。そして部活に対する熱意もちょっぴりはみ出ているみたいだ。自分が休んでいる間に他の人が練習するのはズルいって、そんなの考えた事も無い。自分が頑張ってるのに他の人は休んでてズルい、という気持ちならば分かるけど。


「…私は…そういうのちょっと…わかんない」


ただチヤホヤされそうで華やかな部活だから入っただけの私には、彼の気持ちは全く分からなかった。


「…そうか。わかんないか」
「ごめんね…」
「ううん」
「まあ私は運動とか向いてないからさ。もう辞めちゃおうかと思ってるし」
「なにを?」
「部活」
「えっ!?」


また五色くんが布団からはみ出してきた。 掛け布団が危うく床に落ちそうなくらいに。


「辞めんの?チア?」
「え、うん。だっていくらやっても上手くなんないし…練習きついし…」
「へえー…うん…気持ちは分かるけど」


五色くんの目はギラギラしてて、「そんなの有り得ない」って思っているのが伝わってきた。ただ、それをそのまま私に言わないようにする努力みたいなのも伝わってきた。


「せっかく入ったんだから続ければいいのに」


そして、恐らく色々考えて選んでくれた言葉を発した。
五色くんからすれば、そう思うのが普通なのだろう。スポーツをするために生まれてきたような身体をしている。それに比べて私は平凡で、運動能力なんて無いに等しい。それでも可愛い衣装を着て応援して、「あのチアの子可愛い」みたいな事にならないかなぁ、なんて下らない理由しか持ち合わせていないのだった。結局そんなのは上手く踊れる事が前提で、他の部員はみんな真面目に取り組んでいたのだけど。


「私は、続けるくらいの目標が無くて…情けないっす」
「目標とか何でもいいじゃん。最初は体力づくりとかさあ」
「え、そんなのでいいの?」
「そのうちもっと高い目標ができるよ」


そんなのは考えた事も無かったけれど、五色くんの言葉には妙に説得力があった。
ひとつ達成したら次の目標、それも達成したらまた次へ、と彼もやって来たのだろうか?そしてまだ、それは途中段階なのだろうか。だとしたら私も少し聞いてみたい、かも。


「…五色くんの目標は?」
「俺は…あっ!?」


しかし、答えてくれる前に大声で叫ばれてしまい思わず耳を塞いでしまった。五色くんはベッドから降りながら時計を何度も確認し、シューズに足を押し込み始めた。


「ていうか!休んでる暇ないんだって!ごめん俺もう行く」
「え」
「じゃ!今日はお大事に!でも続けること考えてみて!」
「ええっ」


まだきちんと履き終えていないシューズに無理やり足を突っ込んで、五色くんは保健室から出て行ってしまった。
彼の滞在時間はわずか五分程度。五色くんが「休め」という先輩の命を無視したのは決して褒められたことでは無いのに、私は感心してしまった。


「…目標かあ」


体力づくりでも何でもいいから目標を。そうしたら次はもっと高い目標ができるはず。
五色くんがそう言うのならチアリーディング、続けてみようかな。だけどその時は、私がどんな目標を設定したとしても文句を言わないでもらいたい。たとえば「バレー部の応援に行って、五色くんに意識してもらいたい」とか。

そこまで考えてちょっぴり笑えてきたので、どうやら私は元気になったようだ。帰るのはやめにして、練習に戻ってみようかなあ。


まことしやかに夢を囁く