18


練習を終えた夜、帰りの電車に揺られながら携帯電話を取り出した。白石さんへLINEをする為だ。

木葉さんに言われた通り、俺は少し肝が据わってきたのかもしれない。告白する覚悟を決めた強さなのだろうか。

その運命の日は明後日、日曜日だけれども今日木葉さんに聞いた事が気になっている。
白石さんがバレーボール部の顧問のところへ行っていた、という話だ。


『こんばんは』


挨拶文を送った。

夕食時だから返事はなかなか来ないかも知れない。…もしかして、好きな相手とデートをしていたり。さすがにそれを想像するときりきりと心が痛む。

でも、先日のようにくだらない喧嘩をして険悪になるよりはよほど良い。

自分の降りる駅に着くまでちらちらと画面を見ていたところ、白石さんからの返事が来た。


『こんばんは!練習終わったところ?』


たったこれだけの文章で、俺は都内で今一番幸せな人間なのではないかと感じた。


『うん。いま電車』
『お疲れ様ー』
『聞きたい事があるんだけど』
『なになに?』


そして、はてなマークのついたスタンプ。
驚くほど俺の心は穏やかになった。

少なくともこの文章を打つ間、白石さんは俺の事を考えている。俺へ送るためのスタンプを選んでいる。他の誰でもなく、俺のための時間なんだ。


『バレー部の顧問のとこに行ってたって本当?』


そして、マネージャーになってくれるの?と聞きたいけれどそれは我慢した。既読がついて数分経つが返事がなく、首を傾げていると降車駅に到着した。

自慢じゃないけど真面目なほうだから一度改札を出て、駅前のベンチに腰掛けて再びスマホを開く。


『見られてましたか』


正確には見かけたのは木葉さんなんだが、どうしようか。変な嘘をついてまた険悪になるのは御免なので正直に話す事にした。


『先輩が見かけたって言ってたから、なんとなく気になって』
『直接言いたいから、日曜話していい?』


どきん。と、身体ごと心臓が跳ねた。
俺はちょっと前に、チアリーディングで落ち込んでいた白石さんをバレー部に誘った。

しかしあまり乗り気では無かったのか、頻繁に見に来るような事は無かった。
青山さんとの会話の中にも「運動部は勘弁」といった言葉が出ていたし、マネージャーにはなってくれないだろうと諦めかけていたのに。


「期待しちゃうじゃん」


この言葉は画面には打ち込まず、呟くだけで終わらせた。





そして二日後、日曜日。
6月中旬だが本日も快晴。


練習試合開始までの約1時間、音駒の部員とともに練習とウォームアップを行う事となった。

他の連中は「あの高身長美人きてるかな!?」と話しているが俺だけは違う。「白石さんきてるかな?」

着替えてロッカーを閉める前にスマホが光ったので画面を見やると、白石さんからのメッセージ。


『今日暑いね!楽しみにしてます。梟谷ファイトー』


「赤葦くんファイト」じゃなくて「梟谷ファイト」なのが逆に嬉しかった。もう絶対勝たないと。気合を入れてロッカーを閉めた。


「ほれ黒尾、BLEACH返す」
「遅えんだよ!髪毟るぞ」
「ヤメテ俺のチャームポイントだから!」
「はあァ?ちゃーむぅ?チャームポイントの意味分かってるゥ?他人を惹きつける魅力って事ダヨ?」
「合ってるだろォが!」


雰囲気は上々、それは梟谷も音駒も変わらない様子。
学校間の仲が良すぎるのもいかがなものかと思うけれど、そのお陰で俺も又借りしたBLEACHが読めているんだから良しとする。


はじめに部員だけでウォーミングアップや練習をするためまだ見学の人は来ていない。と言うのを知りつつも、やはり体育館内を見渡してしまう。

それを音駒のリベロに見られていたらしい。


「誰探してんの?」
「……いや」
「リエーフの姉ちゃんなら今日は来ないってよ!残念だったな!」


そっちじゃない。
けれど高身長美人が来ないとなれば俺以外の面々は大層残念がる事だろう。なので代わりに答えておく。


「そうなんですね…残念です」


夜久さんは、わははと笑いながら俺の背中をぽんぽん叩いた。そこへ気だるそうに欠伸をしながら寄ってきたのはセッターだ。


「違うと思うよ夜久くん」
「へ?」
「………」
「違うよね?」


孤爪研磨。どこからどう見られているか分からない恐ろしい男。やりにくいのは試合中だけにしてほしい。


「どうかな」
「…何?俺だけ分かんねえんだけど」
「分かんなくていいです」
「オーイやっくんリエーフの世話放り投げないでよー」
「ああ!?投げてねえし世話役じゃねえしリエーフサボんなし!」


音駒のリベロ、兼灰羽リエーフの世話役である彼はぐちぐち言いながらもきちんと灰羽のもとへと向かって行った。
苦労人の気持ちは痛いほどによくわかる。ああ、痛いほどに。


「今日もあの子、来るんだ」


そして孤爪の視線も、痛い。





「ええー!あの姉ちゃん来ねえの!」


梟谷の部員たちは灰羽姉の不在を知って激しいブーイングを浴びせてきた。
美人の一人や二人居ないからって試合に差し支える事は無いだろうけど、…木兎さん以外は。


「木兎さん大丈夫ですか」
「ンー?当然!」


あれ?落胆していない。


「…どうかしました?」
「赤葦あそこ!美人発見!」


木兎さんの指差す先、体育館の入り口付近、そこには確かに美人が二人。白石すみれと、青山さやかだ。
俺の中では前者のほうが美しく見えるのは言わずもがな。


「あの子アレじゃん?チアの次期リーダー候補!…とヘタッピの子!」
「木兎さんお願いですから本人の前ではよして下さいね」
「わーってるって!」
「はあ……。挨拶に行っても?」
「おうおう行け行け」


主将の許しを得て女性二人のところへ行くと、向こうもすぐに俺に気づいた。白石さんはともかく青山さんまで見に来るなんて珍しい。


「おはよ〜来ちゃった〜」
「赤葦くんおはよう」
「公式戦じゃないのにありがとう。青山さんまで」
「いいのいいの。午後からチアでココ使うから、ちょっと早く来て見ようかなって」
「そうなんだ……」


チアリーディングがこの体育館を使うという事は、そのうち白石さんはチアの人たちの目に触れるのでは。
余計なお世話だけど、それってお互いに問題ないのかな。


「赤葦??たぶんそれ余計なお世話」


読まれていた。


「すみれはちゃんと挨拶して辞めたし、みんなすみれの事好きだもん。友情は不滅だもーん」
「そ、そう」
「ちょっと。赤葦引いてる?」
「引いてないよ」


女の子独特の友情の示し方に困惑していると、ちょうどよくやって来たのは対戦相手の部員たちだった。


「赤葦?女の子二人も侍らせるなんて余裕ダネ」
「すみれさんこんにちはー!わあきれいな人ですね!」


灰羽姉までは行かずとも青山さんだって身長は女子にしては高いし顔も小さく、かなりの美人だ。
よって音駒の部員たちは新しく現れた美女にすぐに目をつけた。

と言うか灰羽まで白石さんを下の名前で呼ぶとは何事か。


「えーと君は…リエーフの嫁候補」
「ええっ」
「それは姉ちゃんが勝手に言ってるだけですよ?」
「…変な事言うのやめてもらえませんか」


黒尾さんの冗談に聞こえない冗談で白石さんも青山さんも苦笑い。俺はぴくりとも笑えない。


「じゃあ…赤葦の嫁候補?」
「違います。あっち行ってください」
「えーと…、端のほうに座ってまーす」
「うん。ごめんね変な人居て」


ふたりは居心地が悪そうだったので、そそくさと体育館の隅に歩いて行った。
白石さんが一人で暇しなくて済みそうだから良いけど黒尾さんの余計な冷やかしはいただけない。


「…黒尾さん」
「ゴメンッて。赤葦怒った??」
「……怒ってます」
「肯定かい」


この試合必ず勝つ。
珍しく闘志に火がついてしまった俺は大股で梟谷の部員のもとへ戻り、木兎さん…は今のところ元気なので素通り。
木葉さんの前で立ち止まった。


「木葉さん」
「んん?」
「約束覚えてますね」
「………はい。」


一昨日の部活で俺に脅迫(そのつもりは無かったけど)された事を木葉さんは覚えていたらしい。

今日は木葉さんにはガンガン動いてもらい、いつも以上にオフェンス強化に徹する事にする。
18.目覚めよスピリット