三月十四日


クラスの女子にバレンタインチョコをもらった。
小学校の高学年くらいからだろうか、二月十四日になるとクラスの女子がこぞってチョコレートを学校に持って来て、それらをクラスメートたちに配るようになった。配る相手は男女問わず。

一応バレンタインデーがどんな日で、その日にチョコレートを受け取るというのがどういう意味を持っているのかは知っている。だけど明らかな自分宛てのトクベツっぽいものを貰ったのは初めてであった。(もしかしたら過去にトクベツを貰っていたかもしれないが、その時は気付けなかったので今回が初めてという事にする)

白石さんにチョコレートを貰った日、部室に行くと日向が「本命ですか?」とからかって来たので一度殴っておいたあと、俺はふと考えた。これが俺への本命だとするならば、それなりの答えを用意しなければならないのだと。


「影山、ちゃんとお返し渡すのー?」


一ヶ月後の朝、顔を合わせるなり日向が言った。俺が白石さんに貰ったのを覚えていたらしい。


「一応」
「まあ!つかお前がホワイトデー覚えてたのがビックリ」
「ウルセー。これ谷地さんのぶんの金」
「うい」


俺はポケットから五百円玉を取り出し日向に渡した。谷地さんがくれたバレンタインのお返しを一年生四人でまとめて渡す事になっていて、それを日向が買ってきてくれたので。俺は選ぶセンスが無いし。というより白石さんへのお返しを用意するのに精一杯であった。


「ふー…」


教室へ入る前に深呼吸して、ドアを開ける。既に沢山の生徒が登校しており、先月バレンタインチョコを配っていた女子も何故かまたホワイトデー用のお菓子を持ち寄っていた。つまり女子達はこういうイベントが好きらしい。それか、甘いものが好きなのか。

白石さんは友だちと会話していて、俺が教室に入った事には気付いていないようだった。
朝のホームルーム前に彼女たちの会話に割って入る度胸はない。渡すなら昼休みか放課後か、ああでも放課後はすぐに部活に行かなくては。というわけで、選んだタイミングは昼休みの弁当を食べ終えた後だった。


「白石さん、ちょっと」


白石さんの友だちがトイレかどこかに行ったのを見計らって、俺は席を立ち声を掛けた。すると白石さんは椅子ごと飛び上がっていて、俺もその勢いに驚きちょっと仰け反ってしまった。


「…な、なんでしょっ?」
「コッチきて」


それだけ言って手招きすると、白石さんは一瞬固まった。早くしないと昼休みが終わってしまう。動かない白石さんにもう一度手招きしてみせると、ようやく我に返って立ち上がってくれた。

俺と白石さんはクラスが同じと言うだけで特別深い関わりはないけど、一学期には同じ班になったりもした。うたた寝している俺にプリントを回す時、よく起こして貰った記憶がある。二学期以降は正直あまり印象が無い。
そしてバレンタインデーから今日にかけての一ヶ月も、挨拶を交わすぐらいで何の会話もしていなかった。だからなのか、こうしてわざわざ呼び出すのは少し緊張する。教室の中で軽く渡せば良かったのかも知れないけど、どうも人の目がある場所で渡す気にはなれなくて。


「今日、ホワイトデーなんで…」


誰も居ない家庭科室に勝手に忍び込んで、俺は持っていた袋を渡した。
声を掛けた時から俺はコレを持っていたんだし、少しは予想しているものだと思っていたが。白石さんは飛び出そうなくらい目を丸くした。


「…くれるの!?」
「っす」
「で、でも…え、他の子からも貰ってたよね」
「他のは…なんか、こういうのじゃないと思ったから」


谷地さんからの手作りは確かにちゃんとしていたし、他の女子がくれたものも市販であれ手作りであれ立派なものだった。でも白石さんから貰ったものは、モノが良いとか悪いとかではなく、あの時白石さんから感じた雰囲気がその価値を上げていた。


「トクベツにはトクベツで返さないと」


と、思わせるようなものだったから。
だけど白石さんは「特別」という単語に意外な反応を見せた。


「…とくべつ!?」
「白石さんがくれたの、アレって特別なやつだろ」


まさか違ったのか、だとしたら恥ずかしい。しかし「うん」と静かに頷いてくれたので、俺の予想は当たっていたのだと安心した。白石さんがくれたチョコレートに俺もしっかり応えてお返しをする事が出来た。これで任務は完了だ。


「…じゃあ、そんだけだから。ありがとう」
「えっ?」


要件を終えたので頭を下げてから去ろうとすると、突然白石さんが慌て始めた。


「ちょ、ま、影山くん」
「ん?」


家庭科室のドアにかけた手を外して振り向くと、どうやらまだ話が終わっていなさそうな白石さんが居た。まだ何かあったっけ。もしかして要らなかったとか?そんなはずは無いと思うのだが。
白石さんは腹のあたりで両手の指を十本とも絡めて、もごもごと話した。


「あの…あれ…特別って、気付いてくれてたんだよね」
「おう」
「じゃあ、えっと…よかったら、返事…」
「返事?」


俺の耳が悪いのか、それとも本当に「返事」と言ったのか。返事だとしたら何の返事なのか。色んな疑問が浮かんで首を傾げると、白石さんはさっきよりも大きな声で言った。


「影山くんのこと、好きだから!その…返事ください」


そして、はっきりと聞こえた。だけど聞こえた内容があまりにも驚きである。


「……えっ」


全く予想だにしていなかったので、自分でも間抜けな声が出た。白石さんが俺の事を好きだとは。バレンタインチョコをくれるぐらいだから嫌われてはいないと思ったけど。好きってつまりそういう意味なんだよな。


「…悪い。それは初耳だった」
「え!?嘘」
「そういうの書いてなかったから…」
「え、ごめん…?いやでも特別って事はそういう事だから、」
「そうか…やべえ全然考えてなかった」
「嘘」


白石さんは何度も「嘘…」と青ざめていた。完全に俺の考えが至っていなかったのだと思われる。
良く考えればバレンタインに「特別なもの」を貰った時点で白石さんが俺に好意を持っていると理解すべきだった。日向も「本命ですか?」なんて言っていて、俺も「本命なのか?」と一瞬思ったものの。最終的には、なんか立派なものをくれたなぁ、他の奴には渡してなさそうだなぁ、としか思っていなかった。

けど、だからって「俺の事を好きなのかな」なんて思うのは自意識過剰じゃないか?今回は過剰になっておくべきだったらしいが。


「…でも、そうだよね…ごめん。私が勝手に告白した気に…その気になってただけだし…」


目に見えて生気を失っていく白石さんを見て俺は慌てた。まるで盛大に失恋したかのような顔をするから。


「えっと…俺、そういうのちゃんと考えた事なくて」
「…うん」
「白石さんの事もなんとも思ってなくて」
「うっ…うん」
「けど、気持ちは嬉しいから」


やっと白石さんの顔が少しだけ上がった。これが嘘では無いことは伝わるだろうか。なにせ俺は嘘がつけない。好意を持たれるのは単純に嬉しくて、白石さんが先月俺にバレンタインチョコをくれたのも嬉しかったし、だからお返しをしたんだし。礼儀とかそう言うのもあるけれど。
白石さんは口を真一文字に結んだままだったけど、ゆっくりと頷いた。


「…でもね、お返し貰えただけで充分嬉しいから。くれるなんて思わなかったから…」
「それは…そりゃあ」


お返しは必要だと思ったし、あまりにも白石さんのくれたものに気持ちがこもっていそうだったし。その気持ちを「俺への好意」だと読み解けなかった俺の落ち度なだけであって。
お互いに上手く言葉が出ないまま入り口の前に突っ立っていたけど、白石さんが口を開いた。


「ありがとう。大事に食べるね」


そして俺から受け取ったものを大切そうに両手で抱え、家庭科室のドアを開けたのだった。


「……」


女子に何かをあげて、こんなに感謝されて大事そうにされた事ってあるだろうか。たぶん、無いな。そして、何かをもらってわざわざ自分でお返しを用意したのも初めてだ。何より女子に「好き」だと言われたのも初めてで、その言葉が何度も頭の中でこだまするのも初めて。

きっとこれは初めての経験だからドキドキしているだけであって、白石さんにドキドキしているわけではない。
と、思うんだけど。
谷地さんに「影山くん、お返しありがとう」と言われてもドキドキしなかったという事は?頭がこんがらがってきた。仕方ない。明日もう一度白石さんを呼び出して決着をつけよう。