20190301


まだまだ先だと思っていたのに、その日はやってきた。三月一日、高校の卒業式。学校なんか嫌だなあと思った事もあったけど、さすがに三年間通った高校に「もう来なくても良い」だなんて寂しいし、感慨深い。

皆は三年間の思い出とかこれからの事とかで盛り上がっている。私は今ひとつ盛り上がれない。卒業が寂しいからじゃなくて、いつか告白しようと思っていた相手と今日でお別れになってしまうからだ。
次言おう、また次に言おう、そうやって後回しにし続けてもう半年。松川くんとは進学する大学も違うし、今日が本当に最後なのである。


「松川、もうボタンなくなったの?」


そんな言葉が聞こえてきて、一気に落胆した。卒業の時に好きな人の第二ボタンを貰うという風潮があるのは知っているけど、まさか全てのボタンが無くなってしまったなんて有り得るの?私も貰いたかった。ちょうだいって言う勇気はないけど…と、勝手に一人で悶々していると。


「うん。部員に持っていかれたよ」


松川くんがこんなふうに返すのが聞こえた。制服のボタンはバレー部の部員たちに無理やり引っぺがされて行ったらしい。女の子にあげたわけじゃなかったんだ。さっき落胆した気持ちは少しだけ浮き上がった。


「女子じゃねーのかよ」
「ないない。誰にも欲しいとか言われてないし」
「へー、意外」
「そうでもないよ」


松川くんはあまり女の子にきゃあきゃあ言われるタイプではないものの、私のようなファンが少なからず居ると思っていたのに。だからって私にチャンスがあるわけでは無いけれど、やっぱりちょっとホッとした。


「ねえ!ちょっと!ボタンちょうだい」


しかしそれも束の間、松川くんたちのところに女の子がやって来たのだ。しかもボタンを寄越せと言っている。
口調は少し荒っぽいけど私はその声を聞いただけで分かった。あの子、勇気を出しているのだと。だけど案の定私は肩を落とした。なんだ松川くん、女の子にモテてるじゃん。


「…えーと、松川はもうボタンないって言ってたけど…?」
「松川じゃない!あんたのやつ!」
「俺?」


ところが女の子が求めていたのは松川くんではなく、もう一人の男子のボタンだったらしい。本人達はもちろん、近くで盗み聞きしていた私まで驚いて目をぱちぱちさせてしまった。
やがて男の子はその子に腕を引っ張られ、でも満更でもなさそうに、二人きりになれそうな場所へと移って行った。青春だなあ。


「…うわー、青春」


松川くんも私と同じことを思っていたらしく、そのように呟いて彼らの背中を見送っていた、が。


「ん」
「!!」


私がじっと見ていたせいで視線に気付かれた。松川くんがチラリと私の方を見て、目が合ってしまったのだ。今のを見ていたのも気まずいし私は松川くんを好きだし、どうすればいいのやら。


「白石さん。なんか、あんま喋る機会なかったけど一年間ありがとう」
「えっ?う、うん。こちらこそ」


連れが居なくなった松川くんは席を立ち、一人で座っている私の元にやってきた。どうしよう。私たち、彼の言うとおりまともな会話なんかした事が無いんだけど。


「まだ帰らないの?」
「え、うーん…友だちが、バスケ部の子に告白しに行ってて…その子が戻って来たら、かな」
「わー。どこもかしこも告白だ」
「そ、そうだね」


友だちが告白しに行っているのは本当だ。その結果を持って戻るまで、私は教室で待機しているのだ。ただ松川くんを盗み見ていただけではない。
だけど松川くんの言い方だと、「卒業式だからって雰囲気に任せて告白なんて」とあまり良く思っていなさそう。私もチャンスさえあれば松川くんに告白しようと思っていたのに。


「白石さん誰かに告白しないの?」
「え」


それなのに、松川くんときたらピンポイントでこんな質問をしてきた。一歩間違えば、いや間違えなくてもデリケートで答えづらい質問を。


「…ええと…私は…ええと」


松川くんがわざわざそんな事に興味を持つなんて、ただ会話を繋げるためだろうか。それとも私に少なからずの興味があって?もしかして私の気持ちに気付いているとか。まさか昨日の夜、部屋で告白の練習をしていたのを聞かれてた?それは無いか。冷静になれ。


「それは…その…あの…私は」


言うべきか言わないべきか、考えていうちに何分も経過したかのように感じた。松川くんが痺れを切らせていないので、実際は数秒なのだろう。
でも松川くんの「うん」という相槌が私をさらに追い詰める。言えって事ですか。あなた、知ってるんですか。


「…ま…松川くん…が、その、…です」


とても小さな声で、私は言った。「すき」っていう単語だけ、かすれてうまく発音出来ていなかったかも。
松川くんは先程までにこやかに私の話を聞いていたけど、彼の顔から笑顔は消えていた。むしろ青くなっていた。「やべぇ事聞いた」っていう顔に。


「…あー、えっ、嘘…ごめん」
「いや、松川くんが謝る事では」
「いやマジでごめんなさい。俺最低だ」
「最低とかではっ」


私がもっとうまく会話して、うまく告白していれば良かったのだ。「そんな事聞かないでよ、私が好きなのは松川くんだよ」と言えれば可愛げもあったし、反応を見てから誤魔化す事だって出来たかもしれない。もう遅いけど。
私も松川くんも、このめでたい日にお通夜みたいに肩を丸くしていた。だけど私からは言いにくいと思ったのか、松川くんが頭をかきながら話し始めてくれた。


「本当にごめん。全然気付かなくて」
「それは、ほら私…隠してたし…」
「いつから?」
「夏休みの前…」
「え、そんなに」


私の気持ちは意外だったのだろうか。そりゃあ私たちは特別仲良くなんて無かったけど、人並みにクラスメートとしての会話はあった。好きになったのは何がきっかけだったかな、松川くんがインターハイに出られなくて少し落ち込んでる雰囲気だったのが意外で、それでだんだん目を奪われるようになったのだ。あまり部活に熱心というか、熱血には見えなかったから。
それから夏休みを挟み、二学期も特に関わりが無く、二人きりになる機会があれば(プラスその時に勇気があれば)告白したいなぁと思っていたのだった。


「…だから今日、言おうかなって思ってたんだけど…言わずに帰っちゃおうかなとも思ってたから。良かったかな、はは」


松川くん本人に聞かれて答えたって言うのが完全に想定外だけど、言わずに後悔するよりは良かったかもしれない。松川くんが冷静なおかげで恥ずかしさもそこまで大きくないし。卒業式のいい思い出って事にして高校生活を終えられそうだ。それで終わらせてくれれば良かったんだけど。


「言ってくれてよかった。ありがとう」


…などと松川くんが言うので、ちくしょう期待させるような事を言うなよ、と初めて松川くんに負の感情を抱いた。


「…うん。言いたかっただけだから、あんまり気にしないで」
「んー、うん…それは無理な話ですけど」
「ごめんなさい」
「いや、いいんだけど」


松川くんはやっぱり返事に困っているようだった。ただのクラスメートから告白されたのだから無理もない。しかも今日は卒業式、特別な日だ。


「でも、今すぐ答えられないな。ごめんね」


結局松川くんから返ってきたのは、こんな謝罪の言葉だった。
そりゃあ告白したって上手くいく保証は無かったし、そもそも言うつもりは無かったし。気持ちを知ってもらえただけで万々歳だし。


「…だいじょぶ…」


私は平静を装ったけどそれなりのショックを受けてしまい、それを隠し切れてはいなかった。

松川くんはまだ私の近くで、居づらそうにもぞもぞしている。困らせちゃったな。「言ってくれてよかった」なんて社交辞令なんだろうな。
早く私の友だち、あるいは松川くんの友だちが戻ってくればいいのに。早くこの気まずい空気を変えて欲しい。
しかし、空気を変えたのはほかの誰でもなく松川くんであった。


「俺、白石さんの連絡先知ってるっけ?」
「え?」
「メールとか」
「えっ?あ、うん…一応クラスのグループには入ってるけど、」
「分かった」


そう言ってスマートフォンを取り出し、グループから私の名前を探しているようにみえた。それからすぐに私のスマートフォンに通知が届く。『松川一静さんがあなたを友だち追加しました』、え、うそ。


「俺あんまり白石さんの事知らないから。誘って良い?また」
「……え?」
「白石さん、引越しとかする?忙しい、」
「しな…いや…あの、県内の大学だから」
「俺も。一緒」


そして松川くんは「そっちも友だち追加してね」と、スマホで私を指した。そんなの言われなくても喜んでするけど、あまりに急展開で鵜呑みにしていいものか分からない。


「ほ…本当にいいの?私なんか」
「いいの。ていうか俺、こういうの憧れてて…憧れっていったらおかしいけど」
「こういうのって?」
「卒業式で告白されるとか。そういうロマンチックなのってさ、一生の事になりそうだなって思うから」


わざわざ告白に卒業式を選ぶって、そういう覚悟があるんだもんね?と。そこまで松川くんが言い終えるのを私は冷静に聞けていたかどうか。
この人、そんな事考えてたんだ。いや、私だって女だし、付き合うって事はいつか結婚するって事だよなぁとは思ってるけど。それが夢ではあるけれど。


「遊びに誘っても良い?」


まだ答えを得られていない先程の内容について、松川くんは再び質問した。


「…ダイジョブです」


そんなもん、喜んで。
後から聞いた話、松川くんは本当にこういうシチュエーションを夢見た事があるらしい。私の事は正直言ってノーマークだったようだけど、卒業式に告白してくれたっていう事に惹かれたのだとか。まあ言わせたのは松川くんなんだけど、その日のうちに松川くんから誘いの連絡が来たという事は、やっぱり言えてよかったのかも。

Happy Birthday 0301
誕生日感は皆無ですが、おめでとうございます!!