恋にスピードは関係ない.後


「王様そんな顔してどうしたの?」


月島のボキャブラリーはここ数日増えていないようだった。それとも、そうとしか言えないほど毎日俺が変な顔をしているのだろうか。

それは仕方の無いことだ。一昨日、そして昨日の2日間で俺に突然好きな人が出来て、恋人が出来たのだから。
いくら俺でも多少は顔が緩むだろう。


「影山!トス!」
「おう」


日向に声をかけられた。

朝練の後の少しの間、授業が始まるまで日向のスパイク練習に付き合っている。こいつも精が出ているし、今朝は自分も調子がいい。

昨夜白石が西郵便局から走って逃げた後、取り残された俺はしばらく白石が戻ってくるのを待っていた。

しかし戻ってこなかった。代わりに『よろしくお願いします』とLINEがきたので、『うん。また明日』と返した。

次にお風呂のスタンプが来たのでこっちもウサギのスタンプを返して、自転車に乗り帰宅した。


「昨日さ、俺白石さんの教科書借りたじゃん」
「ああ」
「すげー色々書き込んであった」
「ふーん」
「谷地さんのノートもスッキリして見やすいけど、なんかこう、あの教科書一冊あれば全部分かりそうなくらいになってた。勉強できるやつってすげーよな」
「だろ」
「だろって何だよお前の手柄じゃねえだろ」
「でも俺の彼女だし」
「ッはあ!!!??」


日向のスパイクが今日一番のスピードで俺の顔の横を通り過ぎた。
風がびゅんっと吹いて、ばしーんとボールが勢いよく壁に当たる音が聞こえた。


「おいコントロール…」
「聞いてねえ!聞いてねえぞ俺は!」


そして、跳ね返ってきたボールを無視して大股で近づいてきた。


「何で言わなきゃいけないんだ」
「お…俺だって毎日顔合わせてんのに、知らないなんて水臭いだろ!」
「気にすんな。昨日からだ」
「ホヤホヤかよ!」


怒って…は、いないようだ。一瞬日向も白石のことが好きだったのかと思ってひやひやした。


「ぐぬううぅ…」
「何だよ」
「またお前に…先を行かれた」
「あ、やべチャイム鳴る」
「聞け!!」





昼休み。

いつもは弁当を食べた後は寝て過ごしたり、体育館に寄ったりするのだが、ふと思い立って携帯を取り出した。

…彼女は昼休み中、携帯を見るだろうか?

LINEをしようとしてみたけど、勉強していたり、誰かと一緒にいたりしたら迷惑だろうか。そんなことを考えていると向こうからLINEが来た。


『ちょっとお話しませんか』


何かそれが嬉しかった。
向こうも「昼休みに連絡してもいいだろうか、迷惑じゃないか」と気にしながら打った文章なんだろうなと思うと口角が上がった。これが恋か。


体育館裏のベンチに座って待っていると、白石が小走りでやってきた。

途中で何かにつまずき、転びそうになったのを立て直して、照れくさそうににこにこしている。…ううん。なんだ、これ。むずがゆい。良い意味で。


「ごめん寝てた?」
「寝てない…」
「よかった」
「何話す?」
「えっ!…考えてなかった」


俺も自分から誘おうかなあと思ってはいたものの、会話のネタなんか持ってなかった。いざ付き合って、何かを話す時間があったとして、皆何を話してるんだろう。


「えっとじゃあ…昨日ゆっくり話せなかったから、色々聞いてもいい?」
「ウン」


話せなかったというか、お前が逃げたんだよなあと思いつつそれを口に出すのは我慢した。それくらいは弁えているつもりだ。


「………付き合うの、何人目?」
「え、初めて」
「初めて!?」
「なんで?」
「だって絶対もてもてジャン」
「…無ぇーよ」


わあっと、校舎のほうから昼休みに騒ぐ生徒たちの声が聞こえてくる。静かな体育館裏との対照的な音。


「白石は何で俺なんだ」
「え」
「俺バレーしかしてないし、白石とそんなに喋った事無い」
「うん…」
「なのに何で好きになったの」


まさか好きだとは知らなかったから。

そんな俺もたった1日で彼女に心奪われたのだが自分の気持ちは理解できる。はじめに、何故白石が俺という人間を好きになったのかが知りたい。


「…バレー頑張ってるから」


溜めに溜めて、白石が言葉をしぼり出した。


「…みんな頑張ってるけど。」
「そッそれは分かってる!けど!影山くんがバレーしてるところは、何か…ずっと見ていたくなる」
「…ふーん……へええ…んん」


ずっと見てたくなる、だって。
何だこの気持ち!

嬉しいやら照れるやらでどんな顔をしていいのか分からなくなった。白石も白石で何か恥ずかしい事を言ってしまったと感じているらしく、頭やら顔を触りまくって慌ててる。

この時初めて、かわいいと思った。


「で、あの、影山くんは!」
「ん」
「何で好きになってくれたの」
「………かわいいから。」
「かッ!!?」


いけない。見た目で判断したとか思われたくない。かわいいと思ったのは今が初めてなんだから。


「ゴメンかわいいのは嘘」
「うううう嘘!?」


あ、間違えた。


「いや、かわいいけど、それが理由じゃない」


それが理由じゃないけど、好きになるのに理由って必要だろうか?

なぜバレーを好きなのかと問われると言葉にはしづらい。それと同じなんじゃないのか?好きなものは好き。

一度好きになれば後からその魅力が出てくるたびに「好き」が増していって、どうしようもなく大切になる。
俺にとってのバレーはそうだし、白石の事も、そうだ。


「それに、多分もっと好きになる」


そして、ちゅううとぐんぐんヨーグルを吸い上げていると、横で白石が震えていた。


「………カゲヤマクン」
「何?」
「私のほうが好きだから!!!」
「ッ!」


そう叫ぶと、白石がまた全速力で走り去ってしまった。デジャヴ。

でも多分ああいう奴なんだろうな、これからも同じ様なことがあるだろうな慣れないと。でも聞き捨てならない。私のほうが好き?そんな筈はない。


「…負けねえし」


いつでもどこでもバレーも恋愛も、サーブもトスも好きな気持ちも何もかも、誰にも負けたくない俺はきっと、もっともっと白石を好きになる。