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乙女っぽいもの


告白して言い逃げするって、どこの少女漫画だよ。
走りながら俺は笑いそうになってしまった。白石先生に告白するつもりなんてなかったのに、勢いに任せて言ってしまうとは。俺は生徒で先生は先生だからと、割り切ろうとしていたはずなのに。

俺は寮には戻らずに、ペース配分なんか無視して全速力で走った。ジョギングでもロードワークでもない、ただのヤケ。
おかげで持久力の足りない俺はすぐにバテてしまい、とろとろと歩いて寮まで戻った。ポケットにぐしゃぐしゃになった日本史のテストを突っ込んだまま。

先生に告白してしまった翌日から、春高予選の決勝トーナメントに向けての最後の追い込みが始まっていた。追い込みと言っても元々練習量の多い白鳥沢なので、特別な事は何もしていないのだが。単に俺が「追い込まれてる」って感じているだけで。
しかもそれは練習がきついのではなく、こんな心境でも練習は普段通りに行わなければならない事がきついのだった。この調子じゃあいつか怪我してしまうかも。


「天童さん!」
「えッ」


誰の声がしたのか判別できないくらい、俺はボーッとしていたらしい。ついに心配していた事が起きた。練習中にミスを犯してしまうという事が。
毎日行われる練習でのたった一度のミスだけど、「頑張ったけど無理だった」んじゃなくて「ぼんやりしていて無理だった」事について鍛治くんは特に厳しい。練習でこういうミスをするという事は本番でも同じ事が起こり得るって事だから。


「お前何やってんだ」
「うーん…ゴメン」
「ゴメンじゃねえだろ…あ、ほら監督が」
「うっ」


隼人くんの視線の先、俺の背後からはおぞましい気配を感じたので鍛治くんがすぐそこまで来ているのだと分かった。あーあ、もう、最悪だ。
結局そのすぐ後に物凄い怒号が飛んで、俺はその日、体育館を締め出されたのである。試合前の最後の日曜日だと言うのに全くもう。最悪だよなぁ、分かってますとも。


「珍しいですね、天童さん」


誰よりも先に寮に戻っていた情けない俺に、そろりと近づいて話しかけてきた後輩が居た。味方(だと俺は認識している)の川西太一である。
わざわざ声をかけて来るって事は不調の原因が例の人だと気付いているのだろうけど、そんな素振りはひとつも見せておらず。


「…それって、気付いてないフリしてるつもりなの?」
「なんの事ですか?」
「ちぇっ」


しらを切り通すなら別にいいけど。もしかして、単に俺が心配だったのかな。もうすぐ試合なのに本調子じゃないなんて、大問題だもんな。


「白石先生、試合に来てくれますかね」


ところが俺の隣に腰掛けながら、川西はしれっと先生の名前を口にした。


「やっぱり気付いてんのかよ」
「なんとなくですけど。天童さんが考え込むのって、あの人の事くらいでしょう」
「俺だって一応他でも悩む事あるよ」
「今は違いますよね?」


どうして断言できるのだ、合っているから何も言い返せないけれども。
白石先生が今度の試合を見に来てくれるかどうか、それは正直分からない。学校の事をもっと知りたい、と積極的に色々調べている人だから、バレー部の全国出場をかけた試合ならば見に来るような気もするが。俺が居るから来ないかも。自意識過剰かな。
でも、そのくらい俺は取り返しのつかない事を言ってしまったから。だけどまさか俺が「今週末の試合、来るよね」なんて、どの面下げて誘えばいいんだか。


「試合見に来てって、俺から誘いましょうか」


顎に手を当ててずーっと無言だった俺に、川西が言った。幻聴かな?と思って思わず顔を上げ、隣の川西を見ると小さめの瞳がきらりと光ってる。気を遣ってみましたがいかがでしょうか、という気持ちが伝わってきた。なんだこいつ。俺のために代わりに先生を誘おうと?


「なんかお前、気持ち悪い」
「うわ。じゃあ誘いません」
「いや誘ってよ」
「誘いますってば、ちゃんと」
「怪しまれないでよ」
「何をですか」
「俺が手を回してんじゃないか、とか」


そうだ、これだ。川西が白石先生を誘ってくれるのは正直とてもありがたい話で、生徒から直々に誘いを受ければ先生は必ず来てくれるだろう。だけど心配なのは白石先生が、俺が川西を使って誘わせているのではと思わないかどうか。その場合、よくは思われないような気がする。けど。


「でも怪しまれたほうが、後々やりやすくないですか?」


川西はひょうひょうとこんな事を言うのだった。他人事みたいに。他人だけど。
悔しいのはこいつの言う通り、先生が川西を俺の差し金だと怪しんでくれれば、俺が先生に対してほんの少しでも申し訳なかったり気まずい気持ちを持っている事はアピール出来るだろう。そうしたら試合の後でもいつでも先生に話しかけたって先生に逃げられたりする可能性も少ない。まあ言い逃げしたのは俺のほうなんだけど。

俺は川西に「任せる」とだけ言ったけど(だって後輩にお願いするなんて悔しいじゃんか)、「分かりました」と返ってきたという事は白石先生をきちんと誘ってくれるのだろう。
今日は日曜日で、四日後には決勝トーナメントの始まりだ。今日の練習での失態は明日しっかり鍛治くんに詫びるとして、恥ずかしくない試合を見せるために励まなきゃ。そしたらもう一度ちゃんと告白しよう、言ってからすぐ逃げたりせずに。
あーあ、女の人に告白するとかしないとか、好かれるとか嫌われるとか、こんな事で悩む日が来るなんてなあ。