20190214


好きな人へバレンタインにチョコレートを渡すかどうか、誕生日にプレゼントを渡すかどうか、女子にとっては重要な問題だ。
私にとっては初めてその問題が同時にやって来た。同じクラスで大絶賛片想い中の山形くんは、バレンタインデーが誕生日という珍しい男の子なのだ。

去年はクラスが違ったので、彼が二月十四日をどのように迎えたのかは分からない。だけどいくつかのプレゼント・チョコレートを受け取ったのだろうというのは簡単に予測できた。山形くんはバレー部のメンバーだからである。「バレー部のレギュラー」と言えば白鳥沢の中で有名で、問答無用で「人気者」という称号を与えられるのだった。
だからきっと今年のバレンタインに山形くんは、溢れんばかりのチョコレートを貰うんだろうなあ。


「ごめん。俺、甘いの苦手なんだ」


ところが教室内で聞こえてきたその声に、私はびっくりした。山形くんがバレンタインの前日に、クラスの女の子にこう言ったのだ。甘いものが苦手であると。甘い食べものが得意とか好きだとかは聞いたことが無いけど、まさか苦手だったとは。

しかし、何名かの女子に紛れてチョコレートを渡すつもりでいた私は困ってしまった。山形くんの誕生日にどうしても何かをあげたかったのに、チョコレートが無理となってしまうと何も渡せない。私は山形くんに特別な何かを渡せるほどの仲ではないし、そもそも告白するつもりなんて無いのだから。好きっていうか、ファンっていうか。

そんなわけなので「バレンタインも誕生日も何もしないまま今年度を終えてしまうのか」という残念な気持ちを抱く事になったのだった。



そして翌日、バレンタイン当日。山形くんはやっぱり「悪い!俺チョコ無理」「甘いもん食えないんだわ」という台詞を朝から夕方まで何度も何度も繰り返していた。
その度に女の子たちは「な〜んだ」と引き下がり、山形くんにあげる予定だったらしいチョコレートは別の男子の手に渡ったり、じゃあ自分で食べようかと話していたり。今のところ、女の子たちはあっさりと引き下がっているので本命のチョコレートは無さそうだ。

自分が山形くんに渡すチャンスが無い事は残念だけど、別の女の子から何かを受け取る心配が無いのは安心できる。だからって私と山形くんの間に何かが起きる訳ではないのに、だ。人間って自分に都合のいい事ばかり考えてしまうものなんだなあ。


「お前、ほんとに一個もいらねえの?」


あっという間に放課後になり、山形くんはとうとう誰からも何も受け取らないまま一日を終えようとしていた。今日一日の山形くんを見ていたクラスの男の子は、心底驚いた様子で山形くんに聞いている。それに対して山形くんは頷くのかと思いきや、なんだか煮え切らない様子で首を捻ったのだった。


「んー、まあ…くれるからって全部貰うのもアレだろ」


どうやら山形くんは彼なりの理論に基づいて、バレンタインや誕生日の贈り物を断っているらしい。過去に貰いすぎて食べきれない事でもあったのだろうか。捨てるのが勿体なくて、とか?

とにかく今日、私の見る限り全てを突き返していた山形くんはバレンタイン・誕生日というものを全く堪能しないまま過ごしたようだ。私にとっては嬉しいような悲しいような。だって、私も山形くんに何も渡せず終わってしまったから。
もしかしたらチャンスがやって来るかも、と思ってこっそり持ってきたチョコレートは、そのまま私の鞄に入っている。これは帰って弟にでも食べさせようかな。


「あ」


下駄箱に着くと、人の姿があったので立ち止まった。
しかもその人は山形くんだった。タイミングをずらして教室を出たはずなのに、下駄箱近くのトイレにでも寄っていたらしい。ちょうどバッタリ出くわしてしまった。


「バイバイ」
「ん」


私たちはとても短い挨拶だけを交わした。
元々そんなに親しくはなく、一日のうちに一度話すか話さないか程度。 だけど二人とも同じタイミングで下駄箱に来て、同じタイミングで靴に履き替え、同じタイミングで歩き出したもんだから妙に無音の時間が長く感じられた。
しかも校門とバレー部の部室までは途中まで同じ道のりなので、そのまま同じ方向に歩く羽目になったのだ。いや嬉しいんだけど、話題が無い。普段会話なんかしないんだし。


「えっと。山形くんさ、意外だね。チョコいらない派なんだねー」


ちょっとわざとらしい声色だったかもしれないけど、山形くんに話しかけた。
私にしては丁度いい会話のネタだったのではないかと思う。バレンタインの事に触れつつ、だけど山形くんは要らないんだよね、ちゃんと分かってるよ、というアピールをしつつ。


「いらないわけじゃないけど」
「…ええっ!?」


だけど山形くんから返ってきた答えが予想外だったので、笑顔が一気に引きつった。


「でも、今日…」
「そんな大量にいらねーって事」
「ああー…」


なんだ。甘いものが苦手というのは嘘だったのだろうか?少しだけなら欲しかったという事?
でも、確かに今日は全員分を断っていたはず。もしかして朝教室に来る前とか、昼休みのうちに本命の人から貰っていたりするのだろうか。大いに有りうる。山形くんは格好いいもん。モテるに決まってる。
…なんだか一気に気分が落ちてしまった、元々高くも無かったけれど。


「じゃあ私、帰宅部だから…」
「んー。バイバイ」
「ばいばーい」


分かれ道まで来るとあっさりお別れをして、私たちはそれぞれの方向に歩き始めた。山形くんは部室へ。私は昨日頑張って作ったチョコレートを持ったまま自宅へと。


「…渡せなかったな」


鞄の中からチョコレートを取り出して、そのラッピングを見ると思わず溜め息が漏れた。渡せなかったのは自業自得なんだけどさ。渡す度胸だって無いし、山形くんは昨日の時点で「甘いの苦手」と言っていたんだし。受け取ってもらえないのを分かっていながら作るなんて、暇だなあ私。


「それ、誰の?」
「いっ!?」


悲しみに暮れながらチョコレートを戻そうとしていた時、肩のすぐ後ろで声がした。
見られた!って事よりも、声の主が山形くんだったおかげで怪うくチョコレートを落っことしそうになってしまった。


「え、やっ!?山形くん!何故」
「コレが飛んできた」
「えっ」


山形くんが手にしていた「コレ」とは、紙切れであった。というか私が山形くん宛てのチョコレートの袋に入れていたメッセージカード。
一瞬にして血の気が引いたけど、改めてカードを見ると宛名を書いておらず『好きです』の四文字だけ。はあ、よかった。全然よくないけど。


「誰かに渡す予定だったんだな」


私にそれを差し出しながら、山形くんが低い声で言った。


「……まあ…うん、まあ…まあね」
「へー…」


あなた宛なんですけどね。なんて口が裂けても言えないので、おずおずとメッセージカードを受け取ってチョコレートの袋に突っ込んだ。
弟に食べさせる前にこのカードは捨てておかないと。渡せなかった本命チョコだなんて知られたら絶対馬鹿にされてしまう。

山形くんは私の表情を見て、本命の相手に渡すのを諦めたのだとすぐに理解したらしく。あまりメッセージカードの内容について深く触れられる事はなかった。その代わり、私ではなく自分の話が始まった。


「俺さあ、今日は全員断ったけど…」
「うん」
「それって何でか分かるか?」


分かるか?って面と向かって聞かれて、すぐには答えられなかった。理由なんて本人にしか分からないだろうに。何で私にそんな事を聞くのかがそもそもの謎だ。
私はポカンとして首を振ったけど山形くんは笑いもせずに、低い声のままで言った。


「好きなやつからしか受け取りたくなかったから」


思わずドキッと心臓が鳴った、あるいは停止したのか分からないほど、とにかく激しく私の胸に衝撃が走った。
山形くん、好きな女の子が居るんだ。
不思議とショックではない。むしろそれを告白する山形くんがひどく真剣だったので、まるで自分が山形くんに「好きだ」と言われたような錯覚に陥ってしまった。


「ま、貰えなかったんだけどな」


私が硬直している事には気付いてないようで、山形くんは自らの台詞で肩を落としていた。
山形くんは好きな女の子からのチョコレートだけを、あるいは誕生日プレゼントだけを待っていたのに、肝心のその人からは貰えなかったのだそうだ。それ以外の女の子は沢山彼に話しかけていたけれど。

そんなにも一途で真面目なところがあったなんて、ますます山形くんに心を奪われてしまった。まあ、好きな子が居るのを知ってしまった直後なんだけどさ。山形くんのような素敵な人でも、好きな人からチョコが貰えない事なんてあるんだな。


「…私も、勇気がなくて…渡せなかったなあ」


その子に教えてあげたい。山形くんはあなたからのチョコレートを待ってるみたいだよ、と。なんなら私のこの行き場のないチョコレートをあげるから、代わりに山形くんに渡してくれればいいのに。なんちゃって。


「じゃあそれ、俺にくれよ」
「えっ?」


予想もしない言葉を投げかけられて、今日何度目かになる変な声が出た。


「で…でも、好きな人からしか受け取りたくないんじゃ」
「その好きな人がくれなかったんだから仕方ねえだろ」
「そりゃそうだけど」
「だから白石のソレ、俺がもらう」
「ええー…」


私からのチョコレートなんて、貰ってうれしいのだろうか。誰からも貰えないよりは、こんなものでも受け取るほうが良いって事?
私としては「山形くんに渡したい」という願いを叶えられるのは嬉しいけれど、「渡せなかったのなら俺にくれ」だなんてなんだか複雑だ。だって、山形くんに渡したかったのだから。結局渡せなかったのは私の責任なんだけど…いや、渡しても断られたのだろう。好きな人からのものしか受け取るつもりが無かったんだし。
うーん、ややこしくなってきた。


「……山形くんがいいなら、じゃあ…ドウゾ」
「さんきゅー」


山形くんはすんなりと受け取ってくれて、意外と興味ありげに袋の中を覗き込んでいた。甘いものが苦手というのはやっぱり嘘のようだ。
不本意な渡し方だけれども、せっかく受け取ってくれたのなら少し我儘を言ってもいいだろうか。


「…えーと…じゃあ…あのー…よかったら味とか、感想もらえると…嬉しいです」


一応これは、山形くんのことを思いながら作ったものだから。って言ったら気味悪がられるかな。味の感想が欲しいとだけ伝えると、山形くんはこくりと頷いた。


「わかった。明日な」
「うん」
「で、ホワイトデーなんだけど苦手なもんとかある?」
「んーん。…へっ?」


あまりにも流れるようにホワイトデーの話をされるので、普通に返事をするところだった。


「お返しなんていいよ、余りものだし…」
「いや、それは駄目だろ」
「だって仕方なく貰ってくれたんでしょ。本当は好きな子からのが欲しかったのに」


それなのにわざわざお返しの事を考えてくれるなんて、山形くんはなんて律儀なんだろう。その子に告白しちゃえばいいのに。山形くんからの告白なら誰だって、喜んで受け入れるに違いない。
それが私だったらいいなぁなんて考えるのはもう、だいぶ前にやめた。のに。


「……白石って、女子のクセにそういうとこ鈍いのな」


山形くんが不満げな様子で、眉間に思いっきり深いしわを寄せて言った。
それを聞いた瞬間に、私の眉間にも深い深いしわが出来たのは言うまでもない。だってそんなの、すぐに理解出来るはずなんて無いのだ。
山形くんが「なんだその顔」って吹き出してもなお、暫くはしわが消えることは無かった。

Happy Birthday 0214