18




以前、日向からの予期せぬリークにより白石が俺の事を好き、少なくとも白石にとっての特別な存在であるという事を知った。

半信半疑の状態だったが一度意識をし始めると、俺も白石のことが気になって気になって仕方が無くなっていた。

あまり無理はできないのに、毎日朝練も放課後の練習にも最初から最後まで出席してあれこれと動いている。

頼るところは素直に頼って、ありがとうございますと大きな声で礼を言う。

青城との試合の日、頭に血が上りそうになった俺を制し冷静さを取り戻してくれた。俺のバレーをする姿に目を奪われると言っていた。真っ直ぐ真剣なところが好きだと言ってくれた。

俺も、そんな白石を好きになった。

その相手は今コーラにむせて派手にえづいている。


「オイ…」
「…ご、ごめん。コーラ飲めないの」


渡したペーパーナプキンで口の周りを拭きながら白石が言った。コーラを吹いた事にも驚きだがその前に突っ込みたい事は山積みである。


「飲めないなら飲むなよ」
「ごめん…テンパった」
「どんなテンパり方だ」
「だって!好きな人が私の事好きなんて、テンパるよ!テンパらないの?」


テンパったからコーラを飲むって少し意味が分からないが、普通なら女子がコーラを吹き出すなんてただただ引くだけなのにあまり引かない。

この慌てようにも少なからず惹かれているという事なのか。つまりは俺もテンパっている、という事なのか。


「ホントに信じられなくて…影山くん、最初は私の事嫌ってたから」


それは白石を嫌っていたわけではなく、チームプレーが上手くいかない事やその原因が自分だと言われる事に苛立っていただけだ。

そして、俺の虫の居所が悪いタイミングで白石がやって来たから仕方なく。と言っても初対面であの仕打ちは相当堪えたのだろう。


「…嫌ってたわけじゃないし、それはさっき謝っただろ。あの時は頭に血が昇ってた」
「うん。…うん」
「でも烏野にきて、日向と会って…」


日向は贔屓目なしで見ても素晴らしいパートナーであると自分でも感じている。

その日向を支えているのが白石だと思っていたがそうではなかった。

白石は日向の事も俺の事もこの短い間だがずっと見ていて、俺自身では気づけない事にも沢山の気を配っていた。

それは、俺に気があるという事を差し引いても完璧な働きぶり。


「日向と会って白石と会って、なんか変わった」
「…?」
「今までそんな風に真っ正面から色々言われる事、無かったから」
「そうなんだ…」
「だから、」


気付いたら好きになってた。
中学時代の情けない選手だった俺ですら尊敬してくれ、また烏野に来てからの情けない姿を見ても変わらず接してくれる。

明るく活発な性格についてこれない身体を必死に駆使する姿や「真っ直ぐなところが好き」と言ってくれる、その真っ直ぐさに俺のほうが惹かれてた。


「だから好きになった」
「……」
「こんな時、何て言うのが正解なのか分かんねえけど」


正解は分からない。模範的な台詞など出てこないけれども言うべき事は一つであると、俺は知っている。誰にだって分かる。


「…付き合いませんか。」


そう言うと白石は口をあんぐり開いて、30秒ほど動かなかった。


「…私…で、いい、の」
「なんで?」
「影山くんは凄いし…部員とマネージャーが付き合うとか…あんまりよく思われないかな、って」


白石の言わんとする事は理解できた。

でも烏野の部員たちはそんな事にはこだわらないのではないかと感じた。気になるならば、付き合っているのを隠しておけばいい話。

それに、俺の考えは以下のとおり。


「お互い好きなのが分かってて、今まで通りの関係を続けるわけか。俺はそっちのほうが無理」
「………!」


しばらく無言で固まっていた白石だったが、小さく「よろしくお願いします」と呟いた。

その後もなかなか動かず喋らず、やっと動いたと思った時には黙って立ち上がりドリンクバーに向かおうとしたので、「コーラは駄目」と言うと大人しく座った。





店を出て、とりあえず歩き出すと白石が後ろを付いてきた。この店に入る前と同じ、二歩ぶんほどの間を空けて。

これから付き合うんだよな?という事は後ろを歩かれるのは変なんじゃないか。


「白石」
「んっ?」
「こっち」
「…えっ?」
「横、歩かねえの」


恋人というのは隣を歩くものだと思ったから、照れくさいけど。

白石もびっくりして顔を赤く染めた。この反応は少し予測ができた…ということは、俺はこれが見たくて「横に来い」と指示した事になるのか。

自分の行動の理由付けすら分からなくなるなんて、恋ってとても難しい。


白石は小走りで二歩、寄ってきた。
それを確認して前を向き、同時に歩き始める。隣を女子が歩くなんて不思議だ…と、そのとき手が触れた。


「ッ!!!」


互いに手を引っ込めて俺はその手で頭をかき、白石はスカートの裾をつかんだりして触れた手の居場所を探した。

そして、居場所なんかいちいち探さなくても良いのではないか、という考えが出てきた。


「…あのさ。」
「は、はい?」
「手…」


繋ぎませんか。

という意味を込め、右手を白石のほうへ。

彼女はその意図に気づいた。気づいた瞬間さらに顔が赤くなっていて、あ、ちょっとカワイイと思った。

白石が左手を出し、俺の右手の中へ。
いよいよ握るかという時。


「……何してんの?」


突然の背中からの声に振り向くと、日向・田中さん・西谷さんの3名がボーリング場の入り口前に立ち、固まった様子でこちらを見ていた。


18.あと二歩すすめ