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知りたい痛みに伴う痛み


俺は気になった事はすぐ口に出してしまう性格だけど、だからって空気が読めないわけじゃない。白石先生の彼氏が別の女と車でイチャイチャしていたのを、馬鹿正直に先生に言えるはずは無かった。

もしかしたら見間違いかもしれないと思ったけど残念ながら英太くんも途中までは一緒に見ていたので、アレを無かった事にするのは難しい。
白石先生は彼氏の浮気に気付いているだろうか。願わくばとうの昔に気づいてて「あんな浮気男振ってやった」と言ってくれれば救われる。


「天童くん、二日連続なんて珍しいね」


職員室に会いに行くと、白石先生は優しく俺を迎えてくれた。
俺は一応、毎日毎日通って邪魔をするのは控えていたので連日会いに来るのは確かに珍しいと思う。だけど今回は拠ん所ない事情があるのだ。


「うん…どうしても聞きたい事があって」
「聞きたい事? どこ?」


俺の葛藤を知りもしない先生は、俺が日本史の質問をしに来たと思っているらしい。そんなノーテンキな話題じゃない。昨日先生は彼氏とはラブラブみたいな言い方をしていたのに、その彼氏が別の女とラブラブしていたのだから。だけどそれをそのまま伝えるわけにも行かない。


「先生、なんか変わった事ない?」


こんなフワッとした聞き方しか出来ないのが悔しいけれど、ここが職員室である事を考えるとコレしか言えなかった。


「……? なにもないけど…?」


白石先生はきょとんとした様子で首を傾げた。俺の質問が何を意図しているのかは全く分かっていない様子。こんなに重大な事なのに、すぐに確認出来ないのがもどかしい。


「昨日、彼氏と連絡とった?」
「な、」


ついに「彼氏」という単語を出して質問すると、先生は思わずお尻を浮かせていた。
だけどこの場で俺を叱るなどして騒ぐのは良くないと判断したのか(内容が内容だし)、俺を手招きして外に連れ出した。職員室から少し離れた渡り廊下の近くである。


「天童くん! 職員室でその話はやめて」
「だってさあ」
「一体どうしたの急に」


先生にとっては急なのだろうけど、俺にとってはそうじゃない。とはいえ昨日目撃したあの光景は急だったけれども。


「…昨日は連絡してないよ。どうしてそんな事聞くの」
「どうしてって…」


昨日、先生は「彼氏は仕事が忙しい」と言っていたけれど。忙しいのって本当に仕事のせい?別の人と浮気をしているから忙しくて、先生に構う暇が無いのではないか。

車での様子だと、彼氏とあの女の人はそのままどちらかの家・あるいはホテルにでも行ったに違いない。まだ夕食時だったというのにお盛んである。
ああいう事をする男はきっと手が早い。先生は駆け引きが上手ではなさそうだし、既に雰囲気に流されて既に身体を許してしまっているかも。そんなの考えたくもないが。


「…彼氏とはもうやったの?」
「!? ちょ」


あまりにもとんでもない質問だったろうか。白石先生は物凄い形相で慌て始めた。


「な…何言ってるの!?」
「普通の質問でしょ」
「普通じゃないよ!そんなこと聞かないで」
「答えてくれるまで帰らないよ」


先生の眉間にはこれまで見た事がないほど深いシワが出来ていた。それについては申し訳なく思っている。
だけど俺だって男として譲れない事がある。もしも白石先生が彼氏に遊ばれているだけの存在だったら? 身体だけをぞんざいに扱われて、気持ちを踏みにじられていたら。そんなのは耐えられない。例え先生が許すと言っても俺は許す事なんか出来ない。

だから俺はどうしても知りたいのだった。先生がもう彼氏とセックスしたのか、していないのか。それを基準にするのもおかしな話だが、残念ながら最も分かりやすい分け方がソレなのだ。


「……お…大人に、そういうこと聞くもんじゃありませんっ」
「大人って、どこからが大人?」
「へ?」
「俺はもう選挙権だって持ってるんだよ。免許さえあれば運転出来るし、身体だってそのへんの大人より大きい自信ある」


先生の彼氏よりも背は高いだろうな、体重は知らないけど。それでも先生はそれについての話をしないように口ごもっていた。


「…でも、そういう…彼氏とするとか、しないとか…そんなの、大人がする話でしょ」
「子供だってするよ。初体験済ませてるヤツなんか沢山いるじゃん」
「て…天童くん!」


途端に白石先生の顔は真っ赤になって、声もいくらか大きくなった。
もしかして怒りのスイッチを押してしまったのかと思ったけど、どうやら違う。先生は頑なにセックスの話をしない。したくないのだ。あるいは出来ない。何らかの理由で。
俺の頭にはいくつもの可能性が浮かんだけれど、どれもこれも「嘘でしょ」と言いたくなるような事ばかり。もしかして先生はレズビアンだとか、実は男だったとか。はたまた、白石先生はこの年齢までずっと処女であるとか。


「とにかくダメ、そういうのはまだ…早いから。天童くんには」
「え。馬鹿にしてる?」
「違うっ」


先生はどうにかこの話を終わらせたくて必死のようだ。だけど終わらせ方が定まっておらず、自身の慌てっぷりだけが露呈されている。おまけにセックスの話は「俺にはまだ早い」なんて、俺はもう高三の男なのに冗談も大概にして欲しい。


「俺、先生の事が心配だから言ってるんだけど」
「心配なんか要りません」
「だけどさあ、」
「私たちまだ、そんな仲じゃないの! 天童くんには馬鹿みたいに思われるかも知れないけど…まだ三ヶ月も経ってないのにそんなこと出来ないよっ」


そこまで言うと白石先生は自分の発言が恥ずかしくなったのか、両手で顔を覆って走り去ってしまった。

ぽかんとしたままその場に取り残される俺。セックスの事だけ極端な反応を見せる先生を、俺は失礼だと思いつつも確信した。白石先生はまず間違いなく処女だ。大学時代には彼氏が居たような事を言っていたけど、それだってドコまで進んでいたのやら。
とりあえず先生があんな浮気野郎の毒牙に侵されていなかったのはひと安心だけど、気持ちはきっと侵されている。彼氏の事、夢見るみたいにダイスキなんだと思う。だから変な質問をした俺の事は敵対視されてしまうかも。どうしたら白石先生は、自分の彼氏がとんでもないやつだって気付いてくれるんだろう?