05
そのハートは被弾する


夢みたいな日が続いている。花巻くんと二人で日直、その次はアルバイト中に花巻くんが通りがかって、見に行った練習試合の後で花巻くんにインターハイの応援に誘われた。
三年生になってからはほとんど会話をしなかった私たちなのに、一年生の同じ班だった時よりも沢山話せているかもしれない。

試合の応援は意図的に行かないようにしていたけれど、行っても罰は当たらないよね。花巻くんの活躍ももちろんだけど、自分の通う高校が勝ち進んで欲しいと願うのは普通の事だ。私は青城のバレー部を応援しに行くだけ。その試合にたまたま花巻くんが出るだけ。


「すみれちゃん、いい事あった?」


アルバイト中、親戚のおばさんに話しかけられてハッとした。何度も何度も同じテーブルを拭きながらニヤニヤしていたらしい。


「な、何でもないよ」
「へえ〜?ふう〜ん」
「何もないってば」


今はお客さんがひととおり捌けているので、店内には私とおばさんの二人だけ。おばさんは私のお母さんの従姉妹で、家族ぐるみの仲良しだ。小学生の時から好きな子が出来たり何かあったりするとおばさんに話していた。だから、今回も私が恋にうつつを抜かしているのは一目瞭然だったのかも。


「好きな子できた?」


おばさんはお母さんより十歳ほど若くて、だからこんな話題でも友達のように突っ込んでくる。それは全く構わないんだけど、簡単に言い当てられてしまう自分に驚いた。


「…なんで分かるのー」
「まる分かりだよ」
「今回の人はおばさんには一回も話した事ないのに」


一年生の時は、同じ班の男の子が好きという話をした事がある。
でもその恋は実らなくて、二年生になってからは花巻くんと全然話していないから、恋バナをする事もなくなった。時々おばさんには「彼氏はまだ?」なんて冗談っぽく聞かれていたけど。
そして三年生になり、好きだった子と再び同じクラスになった事はまだ言っていなかった。


「同じクラスにね、花巻くんっていう人が居て…」


お客さんも居ないので、この機会に花巻くんの事を話してみよう。一年生の時に話してた例の男の子とまた同じクラスになった事を。
でも、私が話し出した瞬間におばさんがお店の入口を気にし始めた。


「ちょっと待って、お客さんかも」


私も入口のほうを振り向くと、確かにお客さんらしき人影があった。
お店の前にはおばさんが可愛くデコレーションした看板を置いているので、その看板に見入った人がよく立ち止まってくれるのだ。たいていは気になって中に入って来てくれるんだけど、今回はお店の前に突っ立っているだけの様子。


「違ったのかな」
「かな?私見てくる」


もしもお客さんだとしたら私がいつも席に案内して注文を取っているので、入口を開けてお出迎えする事にした。カランカランと鐘を鳴らしながら扉を開けて、「入られますか?」と様子を伺ってみようとすると。


「あっ!いたいた」


その人はいきなり大きな口を開けて言い、ついでに目も大きく開いた。
私もあんぐりと口を広げてしまった。なんとお店の前に居たのは花巻くんだったのだ!


「え…!?花巻く、なんで」
「通りがかっただけ!今日は居ないのかと思った」


こんなに嬉しい事ってある?何故かは分からないけど花巻くんがまたこの道を通りがかって、今日は私が居ないのかなと気にしてくれていたなんて。「中で掃除してて…」と答えるまでに一時間くらいかけた気分だった。


「すみれちゃーん、お客さん?」
「!!」


そこへ、なかなか入って来ない私たちを不思議に思ったのか、ついにおばさんも中から姿を現した。


「あ、すみません俺、お客さんじゃなくて…白石さんとはクラスメートで」


花巻くんは申し訳なさそうにペコペコと頭を下げた。全然申し訳無くなんかない、私にとってはウェルカムなのに。


「邪魔してごめん、俺ややこしかった?」


お店の入口に立ち止まっていたのは、確かにややこしかったけれども。花巻くんなら話は別だ。むしろずっとこのまま居て欲しいくらい。


「大丈夫!ぜんぜん大丈夫だから!」
「そう?」
「そう!」
「良かったら何か飲んで行く?」


そこへおばさんがとても良い提案をしてくれた。中に入って寛いでいかないかと、花巻くんを誘ってくれたのだ。
私も声には出さなかったけどウンウンと頷いて、どの席に座ってもらおうかな、花巻くんは何が好きなのかなと考えてみたけれど。


「すみません。俺、あっちで彼女が待ってるので」


花巻くんはアッサリと、私の上がり切ったテンションを氷点下まで下げてしまった。
その言葉を聞いて声の出ない私を見て、おばさんは不思議に思っただろう。あるいは全てを見抜いただろう。だからおばさんは、声が裏返りながらも明るく振舞っていた。


「……あー…そう、なの?」
「ハイ。ありがとうございました」


ぺこりと頭を下げてから「じゃあ白石さん、また」と私に挨拶をして、花巻くんは歩いて行った。彼女の待つ方向に。
そちらを向いてはいけない、向いてはいけないと思いながらも私はちらりと見てしまった。だって、黒田さんがどんな顔をして待っているのか気になってしまったから。

だけど結局、彼女である黒田さんの姿は見えなかった。近くには女の子向けのお店も並んでいるから、もしかしたらそこで時間を潰していたかも知れない。


「………」


黒田さんが居なくて良かった。もしも目が合ってしまったら、私は恋敵として認定されてしまうだろうし。例えそう思われたとしても、私に勝ち目なんか無いんだけれど。黒田さんは明るくて活発で私とは正反対、何より既に花巻くんと付き合っているのだから。


「アレが好きな子?」


ドアを閉めながらおばさんが言った。やっぱりさっきのやり取りで全部バレてしまったらしい。


「……花巻くんには彼女が居るから、私、ただの片想いなんだよ」
「さっきとはテンションがえらく違うねぇ」
「だって……」


だって、最近の私の浮かれようと言ったら思い出したくもない。偶然話す機会が重なっただけなのに、嬉しくなってもっともっと仲良くなりたいだなんて思ってしまった。


「花巻くん優しいから、私にもあんな感じで話しかけてくれて…なんか、舞い上がってたかも」


インターハイの応援だって、何か特別な思いを持って誘ってくれたのだとしたら…と勝手に期待していた。ただ青城の応援を盛り上げたいだけに決まっているのに。私じゃなくても良かっただろうに。
もう行きたくない。花巻くんの格好いいところ、見たいけど見たくない。見てしまったら、駄目だって分かっていてもどんどん好きになってしまうから。


「すみれちゃん、ケーキ食べる?」
「え?」


おばさんが奥のほうに引っ込みながら言ったので、一瞬聞き逃してしまった。いきなりケーキだなんてどうしたのだろう。首を傾げていると本当にケーキが現れて、おばさんが私の前に出してくれた。


「仕方ないから慰めてあげます」


それから今日は、もう暇だと思うから上がっていいよと。
こんな高校生の小さな失恋を気にしてくれるなんて有難い。おまけにケーキまで出されてしまうとは。さすがに今上がるのは申し訳ないので(この後もきっとお客さんは来るはず)、私は帰らずに働く事を選んだ。家に帰ってしまったら、花巻くんの事を考える時間が増えてしまうのが怖いから。
というわけで早上がりは断ったものの、出されたケーキは有難く平らげたのだった。