04
吹けば散る夢と知っていても


花巻くんの試合を見に行くのはいつぶりだろうか。
一年生の頃、花巻くんがバレー部だと知ってから初めて試合を見に行った。だけどその時は当然花巻くんも一年生で試合に出ておらず、二階で私たちと同じように応援していた。それでも自分の出ていない試合を一生懸命応援する姿は格好よかった。花巻くんに限らず、あそこに居た部員の人たちは全員そうだったけど。
どうしても私の目には花巻くんだけが素晴らしく、突出して、ライトが当たっているかのように映ってしまうのだ。

あれ以降、バレー部の試合を見に行く事はほとんど無かった。誘われる事が無かったし、特別仲が良いわけでもないのに応援に行って、気持ちだけが強くなるのが怖かったから。叶わない恋を手放しで続けられるほど、私には度胸が備わっていなかった。
それでもうちの学校は強豪だし、去年の秋には同じクラスだった湯田くんの呼びかけもあり、クラスメートは応援に駆けつけた。

だけどその時、花巻くんの彼女である黒田さんも応援席から声をはりあげているのを見て思ったのだ。「私はこの子のように堂々と花巻くんへ声援を送ることは出来ない」と。その権利は持ち合わせていないのだと思い知らされた。

それからはバレー部の練習にも試合にも行くのを避けていたけれど、今日、この青葉城西高校で練習試合が行われる。花巻くんとはこの間二人で日直をして、昨日はアルバイト中に話しかけられたりして、少しだけ仲良くなれた気になっていた。自惚れだって分かっているけど。
花巻くんの勇姿を見たくないわけじゃない。むしろ、見れるものなら何度でも見たい。だから今日はせっかく学校での練習試合だし、友だちにも誘われたし、という口実で観戦を決意したのだ。


「相手、あんまり強くなさそうだよね」


試合前、隣に立っている友だちが言った。
確かに失礼を承知だけれども、青葉城西の部員の方が背が高くて、なんとなくオーラがある気がする。それに、なんと言っても花巻くんが居るんだから当たり前だ。
及川くんの姿は見当たらなくて、及川くん目当てで来ていた女の子たちは落胆していた。だけど及川くんが居ないからと言って帰ろうとはせずに、試合を見届けようとしているのは凄いなぁと思えた。


「あ」


二階から花巻くんを見つめていると、不意に上を向いた花巻くんと目が合った。が、花巻くんは一瞬だけ私に反応したかに見えたけど、すぐに視線を別の方角へ。
避けられたのかな、と思ったけれどどうやら様子が違う。私を避けているのではなく、別の誰かを探すように見回しているようだ。そして、それが誰なのかは簡単に予測できてしまった。


「そういえば彼女、来てないね」
「えっ?」
「花巻くんの」


黒田奈々さん、花巻くんの彼女。付き合っている彼氏の練習試合を当然見に来ていると思ったけれど、周りを見ると確かに姿は無い。


「…ほんとだね」
「黒田さんも来ると思ってた」


私は花巻くんへの気持ちを誰にも明かしていない。友だちにも親にも、家で飼っているインコにだって内緒だ。黒田さんについての話題はなるべく聞こえないふりをしたい。と思っていたら、ちょうど試合が始まってくれた。



試合は長かったような、短かったような、とにかく活躍する花巻くんを目で追うのに必死だった。
去年の秋の試合だって凄かったけど、とても落ち着いて余裕を持って見えるというか。今日は入ったばかりの一年生も試合に出ていたから、余計に頼もしく見えてしまった。だけど、結果的にはギリギリのところで負けてしまった。


「あーっ負けちゃったあぁ」


及川くんを応援していた女の子たちや、他の人も肩を落としている。私も凄く残念だった。花巻くんが勝利で喜ぶ姿を見たかったんだけどな。だけど練習試合だからか、あまり悔しくて辛そうな表情では無さそうで安心した。
だけど、花巻くんを見に来ただけの私でも分かるほど、このチームを支えているのは及川くんなのだと思い知らされた試合でもあった。


「及川くんが入るとやっぱり凄いね。引き締まるっていうか」
「わかるー。ファンが増えるのも納得だね」


試合が終わってから、そんな事を話しながら階段を降りていく。体育館内は相手チームの人が残っているし、まだ練習自体は続くだろうから入りづらい。それに、入ったところで花巻くんに何を言ったら良いか分からない。「凄かったね」って言ったところで、恋人でもないクラスメートの私に褒められても嬉しいかどうか。
そう思っていると、近くの扉がすっと開いた。


「おっ」


そして、出てきた人物に仰天した。花巻くんが扉の中から現れたのだ!花巻くんは、すぐ前に居た私たちを見て目を丸くした。


「白石さんたち、見に来るの珍しいね」


そして、いつもの笑顔を向けてくれた。
普段私たちが見に来ていない事、知っているようだ。本当は花巻くんの姿を嫌というほど見たいのに、自分の気持ちが膨れ上がるのが怖くて見に来れないなんて言えない。自分が花巻くんの彼女ではない事実を目の当たりにするのが恐ろしいなんて、絶対に引かれてしまう。


「いやね、ココでやるの久しぶりだから、たまには見に来ようかなって思って」


私が答えに困っていると、友だちがシレッとそう言ってくれた。そして「ね」と私に同意を求めてくれたので、ウンと頷くことで肯定しておいた。良かった、不自然な間は出来ていないはず。


「それにしても及川くんのファン凄いね」
「確かになー。来るなとも言えないしな、実際応援が盛り上がるとテンション上がるし」
「そうなんだ。いやでも花巻くんも凄かったよ、ねえすみれちゃん」
「え!」


二人が上手く会話してくれているのを聞いていたら、突然話を振られてしまった。しかも先ほど躊躇っていた「凄かったね」を言わなくてはならない会話だ。
咄嗟のことだったので何も考えることが出来ず、私は思い切り頭を縦に振りながら答えた。


「う…うん。ビックリした。凄かった」


こんな陳腐な感想を貰って喜ばれるのか分からなかったけど、花巻くんは「ほんとー?照れるわー」と嬉しそうに笑ってくれた。優しい。例え嘘の笑顔だとしても、私たちに嫌な思いをさせないように振舞っているところが。


「ふたりとも、また気が向いたらインハイ予選も来てよ」
「えっ?」


更にはこんな誘いを掛けてきた。花巻くんに直接応援に誘われるなんて初めてで、思わず聞き返してしまった。友だちは私の慌てっぷりにに気付いていないみたいで、私に予定を確認してきた。


「だってさ。行く?」
「え、う、うん。行ってもいいの?」
「もちろん。応援ほしい」


もちろん、だって。舞い上がってしまいそうな返事をいとも簡単に言ってのけるなんて、花巻くんはどれほど私を誘惑してくるんだ。


「応援が欲しいって、花巻くんはいつも彼女が応援してくれてるでしょ」


ところが私の友だちは、私の気持ちを知らないとは言えこんな事を言った。花巻くんに対しての冗談だって分かってるけど。グサッと心臓に棘が刺さった。この場に黒田さんは居ないのに、思わぬ友だちの発言で黒田さんへの劣等感を抱いてしまうとは。

私の顔は曇ってしまったろうか、楽しくなさそうな表情を花巻くんに見られた?慌てて少し顔を背けてみたけれど、間に合ったかな。


「そうだけど、だからって他の人からの応援がどうでもいいわけじゃないし?」


でも、花巻くんはそんな私の暗い気持ちを吹き飛ばした。どうしてそんな言葉選びができるのか不思議なくらいに。まるで「白石さんの応援が必要なんだ」と言っているかのように。
それが花巻くんの魅力であり、私の心を離してくれない恐ろしさでもある。彼はこれを無意識に、本心で言っているのだから。


「だから来て。ねっ、白石さんも」
「え…」
「あ、でもバイトあるんだっけ」


私が返事に困っているのは、バイトのせいではないけれど。親戚繋がりのお店だからテスト期間に長期で休んだり、学校行事で休むのは簡単だ。バレー部の応援に行くという大事な予定だって同じ事。
花巻くんがせっかく誘ってくれたのだ。少なからず私からの応援を欲してくれているという事。こんなの、面と向かって言われて断る理由はない。


「…大丈夫。休み、申請するから」
「まじ?」
「うんっ」
「ヤッタネー。じゃあよろしくな」


そう言って、花巻くんは廊下を歩いていった。トイレかどこかに行きたかったらしい。ひとりで歩く花巻くんの背中は大きくて頼もしくて、すらっとしてて格好いい。そんな人に直々に「応援に来て」と言われるなんて有頂天だ。


「楽しみだね!インターハイの予選も」


友だちも公式戦の応援は久しぶりなのか、うきうきしている様子であった。


「……うん。楽しみ」


私はその何倍もうきうきわくわくドキドキしてる。今まで応援に行くのを渋っていたくせに、こんなにも簡単に「行く」と答える自分が笑えてくるけれど。だけど仕方ない。好きな人からのお願い事を断るような勿体ない事をする女の子は、なかなか存在しないと思うから。