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数日後、金曜日。

顔の痛みはまあまあ無くなり、やっと絆創膏をはがしたは良いものの傷痕は痛々しい感じになっていた。

でもこの顔を見たらまた白石さんが可愛らしく心配してくれるのかなと思うとわくわくする。決してわざと負った怪我では無いのに。


「赤葦!?やべッ痛そー」


でも、その前に朝練があるのでどうしてもバレー部面々の反応が先なのだ。


「イケメンが台無しだねえ」
「思ってもない事は言わないで下さい」
「エヘヘ ばれた」


マネージャーさんたちまで珍しげに傷を覗いてきては面白おかしく反応してくる。この人たち揃ってハロウィンははしゃぐタイプの人と見て間違いない。

日曜日までには治さなければ音駒の人たちにも騒がれそうだが、それまでには消えないだろうと諦めた。


早く教室に向かいたい、と言うより白石さんに会いたい一心で一人着替え終わりそろそろと部室を出る。

普段から一人で黙々と作業をする事が多いので変に怪しまれなくて済む事については、日頃の自分に感謝した。





教室に入ると、まだ白石さんは来ていないようだった。青山さんが急いでこちらに駆け寄ってきて、席まで歩く俺の隣をついてくる。


「おはよ!顔ヤバッ!まだ痛いの?」
「おはよう、もう痛くは無いよ」
「そうか…あ、すみれなら今日はギリギリにくるよ。忘れ物して一回帰ったみたい」


…白石さんの状況を報告してくれたのは有難いがどうしてわざわざそれを教えてくれたんだろう。
その疑問が顔に出ていたようで、青山さんが続けて言った。


「何か喧嘩してたんだって?」
「…喧嘩じゃないけど、まあ俺がちょっと…あの日だけだよ」
「ふうん」


青山さんは白石さんの席に座って、俺が席について鞄の中身を机の中に仕舞うのを見ていた。

その視線からたくさんのものが伝わってきた。何を言いたいのか、何かを聞きたいのかがなんとなく伝わってくる。女の子のこういう勘の鋭さは本当に恐ろしい。

青山さんは周りを少しだけ気にしながら、小さな声で言った。


「あのさ、違ったら悪いんだけどさ…あんた達付き合ってるの?」
「………っえ」


でもそれは俺の予想を超えた。
「すみれの事好きなの?」という感じの事を聞かれるのかと思っていた。

いや似た内容なんだけれども、見方によっては俺たちは付き合っていると思われるのか?それともカマをかけている気なのか。


「…や、無いけど」
「そーなんだ」
「何で?」
「んーん〜」
「なにそれ。」
「何も…あ!すみれきたッ」


それを合図に俺も入口を振り返ると、白石さんが急ぎ足でやって来た。少し息を切らしていて、机に鞄を置くと大きく息をつく。


「…ま、間に合ったあぁ」
「意外と早かったねー」
「ダッシュした!」


ホームルームに間に合ったことに安堵した表情で笑う白石さんは相変わらず太陽みたいに俺の心を照らしてくれる。

それに俺が見惚れている事に青山さんはどうやら気付いている。
少しだけ俺のほうを横目で見ていたから目が合って、俺が青山さんにしか気付かないように首を横に振ると「分かってる」と口パクしてウインクした。

本当に、「好きな女の子の親友」としては完璧な人だ。


「はあー…あ、赤葦くんおはよ」
「おはよ、忘れ物したんだって?」
「そうそう、お弁当をさ!玄関に置きっぱなしだったの。危なかったー」


忘れ物すら可愛いってどういう事だよ。

朝から幸せな気分に浸っていると白石さんが勢いよく俺のほうを見た。顔を凝視してきて、そして眉をへの字に下げて目を細めて言った。


「…怪我そんなにひどかったの!?」


これだ。
今日、これを待っていた。

何度も言うが怪我をしたのはわざとでは無い。しかし怪我をした事により白石さんから心配してもらえて、白石さんからの注目を得られるというご褒美がある。


「結構派手に転んだから…俺がぼーっとしてたんだけど」
「珍しいよね…」


赤葦くんが体育で怪我なんて、と白石さんが続けた。

確かに俺は走るのもそこそこ速く、人並みに水泳もできるし、反射神経だって良いほうだ。
そんな俺が何故、ぼんやりして怪我なんかしたのかと白石さんが不思議そうにしているので、少しだけいじめたくなった。


「うん。白石さんがあんな英単語知ってるなんて驚いて呆然としてたら怪我した」
「な…、!?わッ、忘れてお願い忘れて」
「無理。ほら先生きたよ」


慌てる姿を横目に見ながらホームルームが開始される。

俺ならこんな姿も、怒りに任せて似合わないスラングなんか使ってしまうところも全部受け止めて大切にできるのに。

こんな彼女の心を射止めた男は一体誰なんだろう。





翌日の土曜日は丸一日体育館を使うことが出来たので、朝から午後の3時くらいまでバレーボールに明け暮れていた。

明日は音駒との練習試合、負けたく無いのは当然だが好きな子が見に来るとなってはより一層力が入るもの。

そして1年ちょっとだが、昼夜体育館で同じ時を過ごした部員にもそれは簡単に伝わってしまうのだった。


「やっぱり赤葦おかしいわ」


休憩中に水分補給をしながら木葉さんが言った。後ろで小見さんもうんうん頷く。


「…そうですか?」
「おかしい。なんかこう…生気を感じる」


生気って。いつもやる気がなさそうに見えるような言い方はやめて頂きたい。


「それって良い事じゃないですか」
「お前いっつも色々ソツなくこなすのに、最近はソツが無さすぎる」
「…だから、それは良い事でしょう」
「そう。良い事だ」


木葉さんは口元をシャツで拭うと、また一歩近づいてきた。嫌な予感がする、とても嫌な予感が。


「良い事あったろ?赤葦」


普段から面倒事に巻き込まれないように、特に自分の事については表に出さないようにしてきたのに、やはり厄介な人だ。
そういう事を躊躇せず聞いてくるところも。


「…思い当たりません。」
「すみれちゃんだったっけ?最近見てないけど」
「だから白石さんは…」
「この前あの子顧問のトコ行ってたぞぉ」
「!!」


顧問のところ。
バレーボール部の顧問のところ?
何をしに…いや、まさかそれは無い。
そんな都合のいい事は。


「おやおや?気になって仕方が無さそうだね」
「なりません」
「マネージャーなってくれるのかな?聞きに行く?」


何故わざわざ顧問のところへ、2年6組の白石さんがマネージャー志望で来ましたか?なんて聞きに行かなきゃいけないのか。その必要はない。

俺は白石さんとは隣の席で、怪我を診てあげた仲で、ふたりでご飯に行く仲で、一度は喧嘩をした仲だ。


「…いいです」
「えっ?」
「本人に聞きますから」


そう本人に聞けばいい。
明後日は試合を観に来てくれるし、その後はこの思いをぶつけるつもりだから今夜にでもLINEしてみよう。


「…赤葦なんか肝座ったな」
「そんな事無いです。それより」


休憩を終え、床に転がるボールを拾い木葉さんへと投げ渡す。


「明後日の試合、期待してますね」
「………おう。」


それを脅迫か何かかと捉えたようで、木葉さんはこの後いつもよりも練習に励んでいた。

17.最高の親友